第1051話:VS.【預言天使】ジブリール“異聞”⑤ / “Horoscope”
「証明を。弊機たちの上に立つ者である事の証明を」
「そう焦るな……すぐに見せてやるよ」
――――ジブリールは俺をジッと凝視している。俺が先に仕掛けてくるのを待っているのだろう。
離れた位置に居るノアが何かを騒いでも俺もジブリールもピクリとも反応しない。無視されたノアが怒りのあまり踊り出しても視線がブレる事はなかった。
(本物のジブリールよりも強い……)
さっきまでの攻防でいくつか理解できた事がある。まず、この“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトで再現される幻影は本物よりも強い。ゼクス兄さんのように異なる運命を迎えたから実力に差異があるのかと思ったが、どうもそれだけではない。
再現された幻影たちはいずれも“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの管理システムから魔力に相当する光量子の供給を受け、身体能力にも相当の補正が入っている。
(しかし、供給されるリソースには限度がある)
ただ、再現された幻影に送れるリソースには限りがあるのだろう。だから倒された幻影は再生や復活などせずに消滅する。それがこの迷宮の仕掛けだ。
ジブリールも本物同様、機能停止に追い込めばそのまま倒せるだろう。問題は今のままでは“異聞”ジブリールと互角だと言うことだ。
(そろそろアレを使うしかないか……)
ジブリールは『もっと高みに登れ』と促している。そして、その挑発に応える準備もある。問題があるとすれば、その“準備”には然るべき“手順”が必要になると言う事だ。
『いいですか、ラムダさん……いいえ、我が騎士よ。貴方が帝都ゲヘナでの戦いで見せた武装の数々……あれは貴方の独断で使用してはなりません。全て私の承認をとってからにしてください……あまりにも周囲への影響が、そして貴方自身への負担が大きいからです』
ここまでの戦いで俺はある武装を意図的に使わないでいた。“輝跡書庫”レーカ・カーシャに予め記録されていたアーティファクト群、強力な兵器の数々だ。
まるで最初からラムダ=エンシェント用に用意されていたとしか思えない調整をされた武装。ノアはその強力さ、使用事の負担の大きさから安易に使用する事を禁じていたが……それもそろそろ限界らしい。
「我が王……許可を」
「そもそも何故、戦闘の余波に紛れて私は酷い目に遭わねばならぬのでしょうか? 考えたことありませんか? 私はただ我が騎士の勇姿を最前線で克明に記憶するという使命の為に……はい? 何の許可ですか?」
「アーティファクト『星間兵装』の使用許可を……」
アーティファクト『星間兵装』――――“輝跡書庫”レーカ・カーシャと融合した事で手に入れた武装。我が王たるノア=ラストアークの許可の下、使用可能になる俺の“切り札”だ。
無視されているのにご講釈を垂れていたノアは突然の許可要請にすぐに真顔になった。遂に例の武装を使うときだと俺が判断したからだ。
「そのアーティファクトは貴方を侵食します……生身の人間の心臓をジェットエンジンに換装するような自殺行為です。それでも使用するつもりですか?」
「全てはあなたを宇宙の彼方にお連れする為に」
「…………分かりました、使用を許可します。ただし使用時間は三十秒。その間に……一撃で決着を着けなさい。それ以上の使用は……貴方の肉体は形を保てずに崩壊し、その精神は“輝跡書庫”に取り込まれる可能性を高めますよ」
ノアは暫しの熟考の後、武装の使用を許可した。同時に、俺が纏う“機神装甲”の各部が蒼く発光し始めて、各部から蒼い粒子が放出し始めた。
それを黙って観測していたジブリールは僅かに杖を強く握り、より警戒心を高めて身構えた。
「各武装、インストール……ふぅ~。待たせて悪かったな、ジブリール。これでお望みの性能を見せてやれる……出し惜しみして悪いな。あまりにもリスクが大きいから、おいそれとは使えないんだ」
「問題ありません」
「トネリコ……どうせこの戦いを監視してるんだろ? 俺の手札を全部見せてやる……だから今のうちに降参する用意でもしときな!」
ノアの許可を受け取り、武装の準備を整えたと同時に、俺は両手に持っていた魔剣と可変銃をその場に手放した。
ジブリールは一瞬攻撃を仕掛けようとした。だがすぐに彼女は動きを止めた。武装を手放した俺から尋常ではない量の魔力が溢れ出したからだ。
「対城撃墜星穹“サジタリウス”――――展開」
「これは……弓?」
左手を弓を握るように、右手は弓矢を番えるように構える。それと同時に両手の手甲から光量子で形成された蒼い量子状の“弓”が、そして蒼炎に輝く一本の“矢”が形成されていく。
弓矢の先端には蒼炎が灯り、蒼い量子が火の粉のように舞い散る。その武装を見たジブリールは分析しようとバイザーを光らせている。
「この一矢を形成するのに大森林が一年肥沃になる程の魔素を込めているんだ。悪いが一撃で仕留めさせて貰うぞ……ジブリール」
「…………」
「それと……防御も回避もできると思うなよ? こいつは俺の手から射ち出された瞬間、光速に達する。光った瞬間にはもう手遅れだ……その瞬間にお前は射ち抜かれるからな!」
弓矢を限界いっぱいまで引き絞る。そして、俺が口にした『回避も防御も間に合わない光速の矢』が事実であると悟ったジブリールは射撃の姿勢に入った。
しかし、反撃の体勢を取っていたジブリールでは俺の攻撃に間に合わせる事はもう不可能だった。
何故なら、弓矢から手を放した時点で――――
「星穹、放て――――“蒼”」
「これは……光が……視え――――」
――――戦いは決着したからだ。
弓矢から右手を放した瞬間、階層全てが蒼い光に包まれた。同時に“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの外壁が破壊され、蒼い弓矢は遥か彼方の空へと一条の光になって翔んで行った。
発射の一秒後、攻撃の余波が階層を包み込み、射線から離れた位置に立っていたノアは衝撃波に巻き込まれて吹っ飛ぶんで壁に激突して『ふぎゃ!?』と悲鳴をあげて潰れたカエルみたいなった。
「ジブリール……これでお前の理想に届いたか?」
俺の目の前には崩壊した“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの光景しか広がっていなかった。外壁が破壊された事でホログラムが維持できなくなったのか、“逆光時間神殿”ヴェニ・クラスの風景は消えて、本来のビル群の光景が現れている。
ジブリールの姿は何処にも見当たらない。
俺が放った弓矢で塵も残さずに消滅した。
ジブリールの消滅を見届けると同時に全身に一気に疲労感が押し寄せ、全身の関節から火花が飛び散り出した。星穹“蒼”、極限まで凝縮した魔力の弓矢を放つ一撃。都市一つ一撃で消し飛ばす天からの流星。どうやらたった一矢射っただけで、俺の身体はガタガタになったらしい。
「くっ、一発でこれか。まだまだだな……俺も」
片膝をついてその場に崩れ落ちてしまった。それでもガーディアンであるジブリールを倒した事に変わりはない。
いくつかの試練を俺に課せ、いくつかの戦争への心構えを俺に説き、いくつかの謎を俺に残して、“異聞”ジブリールは撃破されたのだった。遺す言葉も無く、ただ光に呑まれて消え去って。




