第108話:天使は来たりて鐘は鳴る
「ラムダ様……どうしてノアさんを……!?」
「みんなを脱出させるには俺の心臓の出力が無いと間に合わなかったんだ……! あぁ、ノア……無事でいてくれ……!」
「ラムダ卿が操ったトラム……速すぎ……うっぷ、気持ち悪いですわ……オェーーッ!!」
「うぅ……レティシア様がどんどん『汚れ』になっていってますぅ〜(泣) このままではコレット達は第二王女を辱めた大罪人にされてしまうですぅ〜(泣)」
逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】、【天ノ岩戸】――――旗艦『アマテラス』を脱出した俺たちはこの【光の化身】を閉じ込めていた“檻”の前まで到達できていた。
「はぁ……はぁ……私、疲れた……」
「はぁ……はぁ……ぼ、僕も……」
「うっぷ……このままでは、わたくしただの『ゲロイン』ですわ……! はいはい、皆さんシャキっとしなさい! 急いで神殿まで戻って体勢を立て直してノアとアウラ様を救出しますわよ!」
しかし、トラムを除いても全員がかなりの距離を走っており、レティシアやツヴァイ姉さんのような体力に自信のある者以外は肩で息をしている状態だった。
とは言え、この【天ノ岩戸】前も安全では無い――――俺の右眼がずっと警告を発している。
間もなく、“光”が来ると。
「あわわわ……!? 地響きがするですぅぅぅぅ!?」
「まずいわね……! コレット、あなたの固有スキルにある“強化蒼焔”を全員に使いなさい!」
「了解致しましたぁぁぁぁ、ツヴァイ様ぁぁぁぁ!!」
「来る……! 全員、全速力で走れーーッ!!」
コレットの強化の焔で身体能力を底上げしたミリアリアたちが駆け出した瞬間に破壊される【天ノ岩戸】の“門”。
そして現れるは――――光の怪物。
巨大な“門”にすら収まりきらないような巨躯、獲物を捕らえんとうねる無数の光の触手、到底まともな生物とは思えないような手足も目も口も無い無機質な造形……蠢く“光”の化身【アルテマ】。
「ひっ……!? 大量の触手をウネウネさせた怪物……!? 魔王様でもあんな悪趣味な魔物は飼ってないわよ!?」
「アーティファクト【超電磁回転式多銃身機関銃】――――これ以上は誰ひとりお前には渡さないぞ、アルテマ!!」
まともに走っても追いつかれる――――そう思い俺は機関銃を両手に構えて迫りくる“光”と対峙する。
「ラムダ!! ひとりで戦う気なの!? 無茶よ!!」
「分かっている、無茶だよ! 大丈夫だよ、時間を稼ぐだけだ! 行って、姉さん!」
ひとりふり返った俺を案じて足を止めた姉さんに『大丈夫だよ』と言って背中を押す。
もう護られるだけの弱い弟じゃない。
それに……もうすぐ“彼女”がやって来る。
「うぅ……このバカ弟! 死んだら承知しないからね!!」
「平気さ……! だって――――俺はひとりじゃないから!!」
「荷電粒子砲【ソドム】【ゴモラ】――――発射!」
遥か後方、先頭を走るミリアリアたちよりも更に奥から“光”に向けて飛来するは2本の白光――――【天ノ岩戸】の基礎部分を完全に破壊するのは、天使が放ちし古の兵器の一撃。
そして、現れるは――――白き翼の【機械天使】。
「遅刻だぞ――――ジブリール……!」
「起動、起動、起動――――対艦戦闘用人型戦闘兵器【機械天使】……タイプ“β'”【ジブリール】、起動開始。遅くなりました――――ラムダ=エンシェント……我が“マスター”!」
「嘘……天使……!?」
名を【ジブリール】――――旗艦『アマテラス』を護り続けた孤独な【機械天使】。
自動修復を終えた天使は、死闘を演じた俺たちの危機に颯爽と駆け付ける――――その碧き眼を輝かせながら。
「ノアの“再調整”……上手くいったみたいだな」
「肯定――――おかげさまでいい気分ですね♪ あと弊機の眠っていた棺をこじ開けた青い肌の幼女の顔面に鉄拳を加えておきましたー♪」
「レイズの連れていた幼女か……! 主が消えたのにまだ動いていたんだな……!」
「……で、ノア様は何処に?」
「目の前の怪物に飲み込まれた……」
「ハァーーッ!? 何やってんですか、この女誑し!! あわわわ……ノア様がぁ……!!」
「分かっているよ、ごめん! でも、ノアもあいつの中で戦っているんだ……俺はノアは無事だって信じている!」
「マスター……あぁ、もう、分かりました! なら――――あの【光の化身】にはさっさと倒れて貰いましょうか!!」
「同感……! まずは姉さんたちを上に逃す、付き合えジブリール!!」
「命令受諾! 機械天使:ジブリール――――戦闘開始!」
俺とジブリールの目的は同じ――――ノアとアウラの救出。
少しだけ俺を詰ったジブリールだったが、ノアの生存を信じる俺に愚痴を言いつつも協力を快諾してくれた。
そして、朱い“一つ目”が特徴的なバイザーを装着し、ジブリールは迫りくる【光の化身】に向けて両手の荷電粒子砲を構える。
天使は来たりて戦いの鐘は鳴る。
「荷電粒子砲【ソドム】【ゴモラ】――――発射!」
「【超電磁回転式多銃身機関銃】――――全弾発射!!」
鳴り響くは機関銃の射撃音と荷電粒子砲の発射音――――爆音を響かせて撃ち出された弾丸と砲撃が神殿の通路を埋め尽くす“光”に直撃していく。
「効いてるのコレ!?」
「肯定――――実弾兵装と粒子兵装は有効打です! 反面、光量子兵装は無力化どころでは無く、吸収されますのでご留意を!」
「そりゃ全身ピッカピカだもんな! 効く訳無いか!」
「否定――――そも、“光量子”こそがあの【光の化身】から発見されたエネルギー体! 我々が稼動できるのはあの怪物のお陰なのです!」
「なるほど――――勉強になった!!」
容赦無く攻撃を続けるが手応えは無し――――だが、心なしか【光の化身】の侵食のスピードは弱まっている気がする。
可能な限り此処で足止めして、なんとか姉さんたちの脱出の時間を稼がないと。
「無駄ダ……! 我ニソノヨウナ玩具ナド効カヌ……!」
「アルテマ……!! 大人しく喰らっとけ!!」
「フハハハハ!! 効カヌ……セイゼイ、メッチャ痛イダケダ……!」
「めっちゃ効いてますね……! ならもっと叩き込んであげますね!!」
ノアとふたりで夜なべして作った機関銃の弾丸を惜しみ無く撃ち出していく。
絶え間なく光る発射炎、散らばっていく薬莢、朱く熱を帯びていく銃身――――それでも、撃ち出すのを止めはしない。
「ノアを……アウラを……返せ!! 返せーーーーッ!!」
「無駄ナノダ……『ノア』モ、『アウラ』モ、既ニ我ガ侵食シタノダ……!」
「逆に語尾がアウラに侵食されてるのだ!?」
「出力最大――――砲身荷重負荷、無視なのだ!! ノア様を返せなのだ――――アルテマ!!」
「なんでお前も侵食されてるのだ!?」
出し惜しみをしないのはジブリールも同じ――――手にした荷電粒子砲の砲身から煙があがっても射撃を止めはしなかった。
互いに全力全開、全身全霊―――炉心の回転を最大まで押し上げて、迫りくる脅威に抵抗を続ける。
「弾切れ……!? くっ……固有スキル――――【煌めきの魂剣】……“蒼穹百連”!!」
「砲身機能停止……冷却開始……! 兵装換装――――【オーバー・レール・ガトリング・キャノン】!! 弊機が所持している弾倉をそちらに回します!」
「頼む、ジブリール!」
弾が尽きれば次の武器を取り出して攻撃を。
ひたすらに攻撃を加え続けて【光の化身】の侵攻を精一杯に遅らせていく。
ただ、それでも『限界』はやって来る。
「ぜぇ……ぜぇ……もう弾が残っていない……!」
「残弾……0……! 動力炉機能低下……エナジー残量……10……!」
死力を尽くし過ぎた……もう、撃ち出せる弾どころか、逃げる分の魔力も残っていない。
ジブリールも俺の隣で地に足をついて動きを鈍らせている。
「姉さんたちは……避難できたかな……?」
「先にご自身の心配をされては如何ですか、マスター……!」
「痛イゾ……! ヨクモ我ヲ“コケ”ニシタナ……! コノママ飲ミ込ンデクレル……!!」
「逃げよう……ジブリール……」
「無理ですね……間に合いません……」
もう数時間ぐらい攻撃を撃ち続けても【光の化身】はまったく怯む気配は無く、俺たちへの怒りに燃えて動きを激しくしていく。
迫りくる“光”の壁――――万事休す。
でも……このまま飲み込まれたくない。せめて、一矢でも報いないと。
「来い……【残光流星撃墜剣】……!!」
「近接兵装……!? 駄目です、マスター! 返り討ちにされるだけです!! んっ……その剣……まさか!!」
「馬鹿ナ……!? 何故、貴様ガソノ剣ヲ持ッテイル……!?」
「――――ッ!?」
そう思って流星剣を右手に構えた時、【光の化身】の反応が変わった。
『かつて、この惑星を襲った【光の化身】を斬り裂いた人類の叡智――――【残光流星撃墜剣】。その剣は、あらゆる“光”を斬り裂いて、人類に光の“向こう側”を指し示す……!!』
そうだ、思い出した――――深淵牢獄迷宮【インフェリス】で勇者クラヴィスと対峙した時にノアが通信越しで言っていた意味不明な戯言。
その中に【残光流星撃墜剣】と【光の化身】の関係性が示唆されていた。
この剣は――――アルテマの弱点。
光を斬り裂く性質を持つ『星屑の因子』で造られた流星剣は、“光”そのものであるアルテマを斬り裂ける。
「……と、言いたいところだが、流石にこの消耗具合じゃどうしようも無いな……!」
「ソノ剣ハ嫌イダ……! 気ガ変ワッタ、今スグニ我ノ“光”デ溶カシテヤロウ……!!」
「しかも【光の化身】も警戒して勢いを上げてきましたね……」
目前まで迫った光の触手……このままじゃ俺たちも飲み込まれる。
ノアとアウラを救いたいのに、これじゃ『ミイラ取りがミイラに』なったようなものだ。
ならいっそ……飲み込まれてでも【光の化身】を倒してやる。
そう思った矢先だった――――
「居た! ツヴァイ卿、あそこにラムダ卿ともう一人が!」
「ラムダーーッ!! 私たちの飛竜に掴まってーーーーッ!!」
「姉さん……!」
――――飛竜に乗ったツヴァイ姉さんとツェーネルが駆け付けてきたのは。
きっと神殿に戻った姉さんはツェーネルと共に飛竜に跨って俺たちの救助に来たのだろう。
姉さんたちは【光の化身】のギリギリで大きく旋回しながらUターンをして俺とジブリールを回収していく。
間一髪だった――――俺たちが飛竜に回収された直後、元いた場所は“光”に飲み込まれていった。あともう数秒遅かったら、俺もジブリールも【光の化身】に飲み込まれていただろう。
「助かった……! ありがとう、姉さん!」
「良かった……間に合って……良かったぁ……!!」
「ふふっ……ツヴァイ卿、まだ泣く時ではありません! 急いで神殿の外で待つ皆さんと合流して迎撃準備を!!」
「はい……分かっています、ツェーネル卿! 私、まだ泣きません!」
「泣くのは泣くんだ……」
「ふぃ〜、助かりましたね~! やい、覚えていなさい【光の化身】――――このあとすぐ、ギッタギタのボッコボコにしてあげますからねーーッ……マスターが!!」
「手伝え!!」
竜騎士の魔力の供給を受けて高速で飛翔する飛竜は、【光の化身】を引き離してぐんぐん進んでいく。
とりあえず窮地は脱した。
しかし、【光の化身】との戦いはここからが本番――――【逆光時間神殿】はおろか、グランティアーゼ王国、ひいてはこの世界そのものを飲み込まんとする“終末”との戦い。
その『厄災』を討つ、俺の英雄譚はここからが正念場だった。
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