第1045話:落ちこぼれからあなたに贈る言葉
「ラ、ラムダ……テメェ……ぐうっ!?」
「ゼクス兄さん……悪いけど俺の勝ちだ」
――――俺が下した一撃はゼクス兄さんに致命傷を与えた。振り下ろされた刃はゼクス兄さんの胸に深々と突き刺さり、急所である心臓を貫いた。
それまで驚異の執念で立っていたゼクス兄さんはとうとう膝を地面について崩れ落ちてしまった。そして、“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトがこれ以上の戦闘は不可能と判断したのか、ゼクス兄さんの身体は徐々に黒い霧になって消滅を始めていた。
「チッ……あ~あ、なんだよ。俺様の負けってか? あともう少しでラムダちゃんにトドメを刺せたってのによぉ……判断が早ぇっての」
「…………」
「クッ、クククッ……ガハっ!? フッ、驚いたぜ、ラムダちゃん……まさかテメェが……実の兄を手ずから斬るなんてよぉ。てっきり……いつもの虚勢かと思ったぜ……」
これ以上戦えないのはゼクス兄さんも自覚しているのだろうか、さっきまでの怒りに満ちた態度は消え失せ、いつものような嫌味ったらしいゼクス兄さんになっていた。
消える瞬間には弱みを見せない。ゼクス=エンシェントなりの流儀だ。そして、それは同時に兄から弟に向けられた最期の言葉になるのだと俺は思っていた。
「テメェの護るべき主の為に……親兄弟を斬る覚悟をしたか。ケッ、ケヒヒ……これでテメェも一端の騎士って訳だな。あの泣き虫ラムダちゃんが……よくそこまで至ったもんだ」
「…………」
「あの人形……ノアっつたか。テメェをそこまで本気にさせるとは……俺様の眼でも見抜けなかったぜ。へッ、へへへッ……そりゃ、落ちこぼれの俺じゃテメェには敵わねぇわな……」
自虐的で、俺を皮肉っているようで、実は自分自身を嘲笑っている。ゼクス兄さんは『自分は駄目だった』と自虐する事でなんとか体裁を保とうとしているのだろう。
声は震え、兜から覗く眼からは涙がボロボロと零れている。兄姉たちに差を付けられ、弟にも超えられてしまった屈辱は計り知れない。
「ちくしょう……俺だって活躍したかった。俺だって……騎士なんだって……みんなに認めさせたかったのに……」
「…………」
「俺はただの幻影で……俺が観た景色はただの“幻想”で……俺は最後まで落ちこぼれだった。なぁラムダちゃん……俺はいったい何だったんだ? 俺は何のために生まれて、何のために死んだんだ?」
ゼクス兄さんの問い掛けに『正解』は存在しない。彼は【死の商人】との戦いで命を落とし、舞台から退場した。ただそれだけである。
ゼクス兄さんが望むものを俺は与えられない。できるのはただ慰めの言葉を掛けて、ほんの少しの気休めをさせれるぐらいだ。
「亡くなった人の“死”に意味を持たせられるのは生者だけだ……かつて、母の墓前の前でゼクス兄さんはそう語りました。その言葉を今も俺は忘れていません……」
「ラムダ……」
「ゼクス兄さんが命と引き換えに、俺に【死の商人】を討つ力を遺してくれたから……俺は此処まで来れました。あなたの“死”は俺の道になり……今もこうして続いています」
ゼクス=エンシェントはすでに死んでいる。しかし、その“死”は俺たちの旅路を切り拓き、今もこうして続いている。
その“死”は無駄ではない。
その“生”に意味はあった。
俺からゼクス兄さんに掛けれる言葉はそれだけであった。もう取り戻せない運命の分かれ道の話をしても仕方がないのだから。
「なんだよそりゃ……安っぽい台詞だな、ラムダちゃん。そんなんじゃ気休めにしかなんねぇよ。もうちょい嘘でもなんでもつけねぇのか……」
「…………」
「ケッ……なんだよ、結局テメェ、まだ甘ちゃんじゃねぇか。そんな状態でよく覚悟を決めたな……呆れを通り越して感心するぜ」
ゼクス兄さんは俺を見て笑っている。どういう感情かは理解できない。栄光を掴めなかった自分への憐れみか、或いは俺の言葉に少しでも感じる事があったのか。
「一応訊くが……他の兄姉はどうなった?」
「ツヴァイ姉さんは一緒に居るよ。ツェーン母さんも無事だ。けど……アインス兄さんと父さんは……」
「ケッ……なんだよ、クソ親父とアホ兄貴もくたばったのか。そりゃ愉快だ……ひゃっはははは。どうやら……マヌケは俺だけじゃねぇってことか……」
「そう……かもしれませね……」
「いいよ、もう……どうやら伝統の固執したエンシェント家が……俺たちは詰んでたって事だな。ラムダ……自分の信念に従ったテメェの勝ちらしいな。ほらよ……さっさと次に征け」
そして、ゼクス兄さんは俺を乱暴に突き飛ばすと、上層階へと続くエレベーターを指さした。それに乗ってさっさと上に向かえという事らしい。
これ以上、ゼクス兄さんに掛ける言葉を俺は持っていない。大人しく言うことに従った俺は小さく一礼すると、ノアに合図を送ってエレベーターへと向かい始めた。
「ラムダ……何処まで征くつもりだ?」
俺の背後で、ゼクス兄さんは兜を脱いで、振り向かず背中を向けたまま語ってきた。何処まで征くのか、そう問い掛ける。
「騎士として死ぬ……その瞬間まで」
俺の答えは決まっていた。“ノアの騎士”として、ノアの願いを果たすまで、彼女の意志を貫き通すまで、そして騎士として死ぬ瞬間まで……それが俺の答えだった。
「そうかい……なら、テメェの死に方もきっと碌でもねぇな。その道の先に栄光は無ぇ……それでも征くのか?」
「それでも征きます」
「じゃあ征け……そんで派手に死んでこい。俺が観れなかった景色を観て来い……そんで死んだら語り聞かせろ。テメェの生き様を……」
騎士は碌な死に方をしない、今際の際にゼクス兄さんが語った言葉だ。きっと正しい、俺は何処かで戦死して、無様な死に方をするだろう。
それでも構わない、それでも“ノアの騎士”として生きると決めた以上、立ち止まる事はない。ゼクス兄さんの言葉を胸に受け止めて俺は歩いていく。
「おい、人形……ノア=ラストアーク。テメェにはラムダが付いてんだ。みっともねぇ真似すんじゃねぇぞ。テメェがラムダの価値を示せ……分かったな」
「はい……もちろん分かっています」
「せいぜい頑張れや、馬鹿ども……この先の試練も乗り越えて、誰も至れなかった高みに行ってこい。テメェ等が世界最高の主従だって言うのなら……負けた俺様も納得してやるよ、ヒャッハハハハハハ!!」
ノアを名前で呼んで釘を刺して、ゼクス兄さんは最後に大きく高笑いをした。“異聞”として呼ばれた敗者の幻影はそれでも矜持をみせ、俺に他者を踏み潰す業の深さを伝えて。
「じゃあな……“ノアの騎士”さんよ」
振り返った時、其処には兄の姿は無く。一匹の黒い蝶だけが誰も居ない闘技場で、俺たちを見送るように静かに舞っていたのだった。




