第1043話:VS.【黒騎士】ゼクス=エンシェント“異聞”④ / 凡夫たちの決戦
「逃さねぇぞ……ラムダちゃんよォォ!!」
「これは……躱しきれない……!」
――――ゼクス兄さんが放った黒い蝶、“黒死蝶”と呼ばれる使い魔が俺へと襲い掛かる。周囲を完全に包囲し、逃げる隙間は存在しない。
空間転移で逃げようにも演算が完了する前に刺されるだろう。ゼクス兄さんは俺が空間転移を使う事も想定して策を練り込んでいる。
(考えている暇は無い……一か八か!)
接触までのコンマ数秒、僅かな時間の中で俺が至ったのは『肉を切らせて骨を断つ』という“選択”だった。
瞬時に右手から可変銃を手放し、俺は右手を高く掲げて掌を花が咲くように開いた。
「魔力放出、吸引開始……蜜に寄って来い!」
「何をする気だ、ラムダちゃん……まさか!」
天高く掲げ、大きく開いた掌から魔力を放出し、同時に周囲を吸い込む“風”を発生させた。“黒死蝶”たちは掌から発せられる魔力に誘われ、風に乗って右手へと吸い寄せられていく。
周囲の蝶が蜜に誘われるように俺の右手に群がった。ゼクス兄さんは俺が何をするか察したらしい。彼は俺に攻撃しようとしていた。
だけど、ゼクス兄さんが動くよりも疾く――――
「今さら気が付いても遅い……爆破ッ!!」
「――――ッ!? 自分の手を……!?」
――――俺は右手を群がる蝶ごと爆破した。
ゼクス兄さんが使役する“黒死蝶”は口部に備えられた針を刺す事で術式を発動させる。それは裏を返せば刺されなければ弱体化は発生しない事を意味する。
ならば、蝶たちを敢えて身体に密着させ、針を刺されるまでの刹那の時間の間に、その部位を消失させてしまえば弱体化を受ける前に蝶たちをかき消す事ができる。それが俺が“選択”した手段だった。
「ぐっ……痛ぅ……」
「正気か……あの野郎……」
右手が消し飛んで流石に激痛が走り、思わず表情を顰めてしまった。しかし、この策はゼクス兄さんの想定外だったのだろう。彼は動揺して僅かだが隙を晒していた。
その隙を逃すほど俺は甘くはないつもりだ。激痛を歯を食いしばって耐えながら演算をして、空中で立っているゼクス兄さんの目の前に転移する準備を密かに進めていく。
「“量子転移”……!!」
「これは……しまっ、空間転移!?」
そして、俺は空間転移でその場から離脱、ゼクス兄さんの目の前に転移して急襲を仕掛けた。魔剣を振り抜きながらの急襲だ、瞬時の防御は間に合わないだろう。
ゼクス兄さんはギリギリで攻撃に勘付いたのか、上体を逸らしつつも足場にしていた魔法陣を解除し、自由落下による回避を試みていた。
「チッ、うざってぇ……ぐおッ!?」
「クソ……兜を掠っただけか……!」
首を狙って振り抜いた魔剣は落下と回避を試みたゼクス兄さんの兜を掠っただけだった。だが、その掠った拍子で頭部にダメージを受けたゼクス兄さんはそのまま地面に落下していった。
俺はそのまま自由落下してゼクス兄さんを追いかける。彼は地面に着くと同時に後方へと後転して落下の衝撃を分散し、瞬時に体勢を立て直して俺の接近に備えていた。
「――――ッ!!」
「ラムダちゃん……テメェしつけぇぞ!」
ひび割れた兜からゼクス兄さんのギラギラとした蛇のような碧い瞳が睨みつけてくる。同時に凄まじい殺気が俺に向かって放たれた。
そんなゼクス兄さんに威圧感を感じつつも俺は魔剣を構えた。弱体化して重くなった魔剣を片腕だけで握るというハンデを抱えているが、この機を逃せす訳にはいかなかった。
「――――ウォォッ!!」
「うぜぇんだっつぅのッ!!」
俺が振り抜いた魔剣とゼクス兄さんが振り抜いた黒剣が激突して火花を散らす。同時に、俺の握る魔剣がまた少し重くなった。
「魔剣駆動……ハァァ!!」
しかし、同時に魔剣の刀身から魔力を放出し、ゼクス兄さんが握っていた黒剣を手から弾き飛ばした。
弾かれた黒剣は刀身が粉々に砕けながら壊れ、武器を失ったゼクス兄さんは慌てて魔法陣を展開、専用の空間に収めた別の武器を取り出し始めた。
「俺様がテメェ如きに……殺られるかよ!」
次にゼクス兄さんが取り出したのは二本の片手剣だ。二刀流で手数を増やして俺を素早く弱体化させていくつもりなのだろう。
俺は身体を回転させつつゼクス兄さんの思考を分析し、自分があとどれぐらい弱体化耐えられるかを計算しながら魔剣を再度ゼクス兄さんに向かって振り抜いた。
「オラオラァ!! 死ねやラムダ!!」
「――――ッ!! ハァァ!!」
ゼクス兄さんは俺が振り抜いた魔剣を二本の片手剣で防ぎつつ、後方に跳躍して威力を殺しながら距離を取る。
また少し重くなる魔剣、そして自分の身体を無理やり奮起させながら、地面を強く蹴ってゼクス兄さんとの距離を詰める。
「“駆動斬撃刃”……俺を守れや!!」
ゼクス兄さんの命令を受けて、俺たちの周囲で激しく激突していた“駆動斬撃刃”の数基が俺に向かって突進してくる。
その攻撃を身体を捻りながら小さく跳んで躱しながら、俺は再度ゼクス兄さんに向かって魔剣を向ける。今度は心臓を狙った刺突攻撃だ。
「あめぇよ……“次元鞘”、展開!!」
「これは……魔法陣での防御か!?」
しかし、ゼクス兄さんは咄嗟に武器の出し入れを行なう魔法陣を胸元に展開して魔剣による刺突を防いでみせた。
魔法陣に突き刺さった魔剣はそのまま異空間に吸い込まれてゼクス兄さんを傷付ける事はなかった。そればかりか魔法陣に固定されて容易に引き抜けなくなってしまった。
「ヒャッハハハハハハ! “次元鞘”にはこういう使い方もあんだよ……迂闊だったなぁ、ラムダちゃん!!」
「…………ッ!!」
「右手を無くして、一番の得物も押さえた! これで俺様の勝ちだ! じゃあなラムダちゃん、テメェの幸運も……此処までだァ!!」
ゼクス兄さんが両手の剣を“鋏”のように思いっ切り振り抜き、俺は胸元から身体を真っ二つにされてしまった。
「ざ、ざまぁみろ、ラムダ……」
「いいや、それじゃあ俺は死なない」
「…………ッ!? な、なんだと!?」
しかし、全身ナノマシンである俺は身体を両断されても死にはしない。ナノマシンによる自動治癒で再生できる、精々めちゃくちゃ痛いだけだ。
身体を両断した事で勝利を確信していたのか、ゼクス兄さんは決定的な隙を晒していた。もとより、右手の再生をわざと止めてゼクス兄さんを誤認させたのだから作戦通りだが。
そして、俺は右手を一気に再生させ、右手から魔力で構成した光刃を伸ばして――――
「俺だって凡夫さ……だからあなたの意表を突く!」
「右手が再生して……テメェまさか、ゔッ!?」
――――ゼクス兄さんの腹部を光刃で貫いて重傷を負わせる事に成功したのだった。




