第1041話:VS.【黒騎士】ゼクス=エンシェント“異聞”② / 奪われた栄光
「良いぜ、楽しくなってきたじゃねぇか!」
「ゼクス兄さん……邪魔をするなら斬る!」
――――俺とゼクス兄さんはお互いに剣を振り下ろし、火花を散らしながら鍔迫り合いをし始めた。どちらも一歩も退かずに剣を握っている。
ゼクス兄さんは俺が想像するよりも膂力が強くなっている。“異聞”の彼はアーティファクトで底上げされた俺に対抗してくるまでに力を付けたのか、それとも“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトが幻影を強化しているのか、そのどちらかだろう。
「くっ……だが押し切れない程じゃない……!」
「ケッ……全身アーティファクトってのは厄介だなぁ、オイ。こっちもそれなりに鍛えるつもりだが……ちょいと押し負けそうだわ。ヒッヒヒヒヒ……!!」
「その割には余裕そうですね?」
しかし、膂力自体は全身アーティファクトである俺の方が僅かに上回っていた。ゼクス兄さんもそれ自体は自覚しているらしい。
それでもゼクス兄さんは愉快そうに笑っていた。力で押し負けていても策はあると言うことだ。そして、その策が何であるかを俺は知っている。
「固有スキル【衰弱死針】――――発動ォ!」
それがゼクス=エンシェントが女神アーカーシャから授けられた固有術式【衰弱死針】の存在だ。この術式は視認できないほど極小の針を相手に射ち込み、対象に身体能力を弱体化させる“衰弱”の状態異常を付与するものだ。
一発でも喰らえば相当な不利を強いられるジャイアン・キリングの芽もある術式だ。ゼクス兄さんは左手を自由にして、人差し指から針を射ち出す動作を取っていた。
「“可変銃”!!」
「――――ッ! 武器の転送か……!」
咄嗟に右手を自由にして可変銃を取り出して、ゼクス兄さんの術式を妨害しようとした。
ゼクス兄さんが衰弱の針を射ち出す前に彼の手を撃ち抜こうとしたのだ。だが、ゼクス兄さんは俺の行動をつぶさに観察していた。
「ケッ……あめぇんだよ、ラムダちゃん!」
ゼクス兄さんは瞬時に俺を蹴り飛ばして、自分自身も宙返りするように高く跳躍してみせた。針を射ち込まれること自体は避けれたが、蹴られた拍子に俺は仰け反ってしまった。
高く跳んだゼクス兄さんは空中から針を射ち出す動作に入っている。俺は体勢を立て直し、空中にいるゼクス兄さんに向かって銃撃を行なうとした。
その時だった――――
「――――ッ!? なんだ……力が抜けて……」
「ヒヒヒ……やっと巡ってきたか……!」
――――不意に全身から力が抜けてしまった。
全身の筋肉が弛緩して、その場に両膝をついてしまった。何が起こったかは明白、これはゼクス兄さんの【衰弱死針】による衰弱効果の発露だ。
だが、俺はまだ針を受けてはいない筈だ。なのになぜ術式による弱体化を受けているのか少し理解に時間が掛かった。
「魔剣まで弱体化を……まさか!?」
そして、俺は手にしている“神殺しの魔剣”ラグナロクまでもが弱体化を受け、お持ち上げられない程に重くなっている事に気が付いた。
魔剣も当然、衰弱の針を受けてはいない。そもそも無機物だ。思い当たる節は魔剣がゼクス兄さんの剣を受け止めたぐらい。該当するのはそれしかない。
「そう言うこった、俺様は自分の武器に“衰弱付与”の特性を与える事ができるのさ……自分の得物に針をぶっ刺してなァ!!」
「なんだって……!?」
「この特性が付与された武器で斬られた、或いは接触したものは有機物・無機物問わずに衰弱していく。針を直接射ち込む方法に比べりゃ遅効性で扱いに難があるがな……」
「まさか……」
「その様子じゃ……この性質は把握してなかったみてぇだな、ラムダちゃん。まぁ無理もねぇ……これは俺様が王立ダモクレス騎士団に入ってから改良したものだからなぁ!」
「くっ……なるほど……!」
「最初の斬り合いの時点で俺様は剣に針を射ち込んでいた。それが今になってようやく効いてきたって訳だ。どうよラムダちゃん……身体が重いだろ?」
足下に魔法陣を展開して空中に立ったゼクス兄さんは術式の種明かしをしてきた。それは自分自身の武器に針を刺し、衰弱付与の特性を武器に付与する内容だった。
その剣で相手を斬れば遅効性ながら相手に衰弱を付与できるという事だ。俺はそんな使い方を知らない、“異聞”のゼクス兄さんが独自に改良したようだ。
「【死の商人】をトリニティと結託して撃退した俺様は晴れて王立ダモクレス騎士団の一員となった。そんでなぁ、第六師団に配属された俺様はそこであの生意気なメスガキに嫌々ながら師事して術式の改良を成したんだ」
「ルチアに……」
「そして、俺様は王立騎士として、姉貴たちと共に魔王グラトニスとの戦争にも臨んだ。俺様が夢見た王立騎士としての活躍を、この俺様は成し遂げたんだよ!!」
「それは……」
「本来、あの死神を倒した名誉は俺様に与えられる筈だった! なのにこっちの世界じゃテメェが英雄で、俺様は戦死者だ……納得できる訳ねぇよな? テメェは俺から成功の道を奪ったんだ!!」
ゼクス兄さんは“異聞”でのゼクス=エンシェントを語った。【死の商人】をトリニティ卿と共に撃退したゼクス兄さんはその功績を讃えられ、王立ダモクレス騎士団第六師団に迎えられた。
その栄光に俺は関与していない。
そこが運命の分岐点なのだろう。
そして、ルチアに師事したゼクス兄さんは術式の強化を施して実力を付け、ツヴァイ姉さんたちと共に魔王グラトニスとの戦争に従事した。エンシェントの騎士としてこれ程の誉れはないだろう。
「俺様が欲しかったのは王立騎士団での栄光だ! クソ親父も俺を褒めてくれたぜ……お前も立派なエンシェントの騎士だってなァ! 分かるかラムダちゃん……俺はこれが欲しかったんだよ!」
「…………」
「なのにテメェが出しゃばってきて、こっちの俺様は無様に死にやがった! テメェに花を譲るって屈辱的な行為をしてなァ! そんなダセェ俺様が本物で、この俺様が偽物か……冗談じゃねぇ!!」
俺があの事件に関わったせいでゼクス兄さんは戦死した。そう告げられて後ろめたい気持ちになってしまった。ゼクス=エンシェントが歩むはずだった未来を俺は踏み躙ってしまったのだ。
本物のゼクス兄さんは今も“享楽の都”アモーレムの墓の下で眠っている。俺が殺したようなものだ、全ては俺の責任だろう。
「俺は……あの時、あなたを討ちました。今でも後悔しています……今も一緒ならと夢に観ます。あなたは俺の罪悪感の具現なのですね……ゼクス兄さん」
「なら……詫びる方法ぐらい分かってんな?」
「いいえ、詫びません……俺はどんなに後悔しても、この路を否定はしません! たとえどんな結果になろうとも、どんな“選択”が先に待っていようとも……俺は“ノアの騎士”としての使命を果たします!!」
「…………その先に破滅が待っていてもか?」
「俺はノアに仕える為に生まれてきた……彼女の意志を貫くことが我が存在意義!! だから消え去ったあなたの“異聞”に惑わされません……俺はあなたを斬って、我が王を生かします!!」
だけど、そんな罪悪感でいま歩いている路を否定する訳にはいかなかった。ノアの意志を貫く為に、俺は“異聞”ゼクス=エンシェントすら否定しなければならない。
俺が力無く、それでも立ち上がったのを見てゼクス兄さんは冷ややかな視線を向けた。自分の全てを否定する理由と覚悟を俺が持っている事を決めて、彼も決断をしたのだろう。
「良いだろう、そんなにもゼクス=エンシェントを否定するのなら……俺様も斬っていきな。ただし、俺様だってタダでは斬られねぇ……テメェが情けない騎士なら、ぶっ殺してテメェを否定してやんよ!」
「動け……俺の身体……!!」
「見せてやるよ、ラムダちゃん……テメェが踏み潰した“可能性”を! テメェが殺したゼクス=エンシェントの本気をなァ!! 来いよ、アーティファクト……“駆動斬撃刃”ォォ!!」
そして、ゼクス兄さんは本気で俺を潰すべく、展開した魔法陣からあるアーティファクトを召喚した。それは自律して空中に浮遊する短剣型のアーティファクト。
以前、この闘技場で戦った際にゼクス兄さんが使用して、そして制御できずに自滅してしまった忌回しい武器だ。それをゼクス兄さんは取り出してきたのだった。




