第1039話:その道に苦痛と祝福を
「ぐっ……これは……ッ!?」
「これで……どうだ……!!」
――――魔剣で胸を貫かれ、勇者クラヴィスは敗北を喫した。聖剣は手からこぼれ落ち、勇者クラヴィスはその場で力無くフラフラとしている。
もう抵抗する力が残っていないのだろう。俺が魔剣から手を離しても彼女は何もする事はなく、ただ俺を静かに見つめていた。
「あ〜……容赦ないなぁ。心臓を思いっきりグッサリなんて……がはッ! これでは……もう戦闘続行は……不可能かな?」
「なら……降参ですか?」
「降参? 馬鹿を言うね……これはどう考えても完全敗北だ。“無限螺旋迷宮”が作る幻影でなければ私でも即死だからね……だから完敗だ」
そして、悟ったような表情をして勇者クラヴィスは自身の敗北を認めた。その瞬間から彼女の身体はノイズが走り、足下からゆっくりと消滅し始めた。
勇者クラヴィスは“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトが再現した幻影で、階層を守るガーディアンである。倒された以上、幻影を維持する理由は無くなったのだろう。
「まだ消えるまで猶予はあるな……なら最後に言葉を伝えよう。君の征く道は決して正義の道ではない……君はこれから多くの命を奪うだろう。悪人だけではない……善人も無垢な子どもたちも、君はその手に掛けねばならぬだろう」
「…………」
「心して征け……ラムダ=エンシェント。それが君が“選択”する未来だ。すでに自覚しているだろうが……君は決して“正義”ではない。“傲慢の魔王”の二つ名で呼ばれている事の意味を……よく考える事だ」
消滅までの間際、勇者クラヴィスは俺に戒めの言葉を伝え始めた。それはこれから俺が“ノアの騎士”として進む道が如何に過酷を知らしめるものだった。
そう、俺は“ノアの騎士”であって正義の味方ではない。そして、俺が戦う相手は決して極悪非道な悪党ばかりではない。それも理解しているつもりだ。
「君がこれから戦う相手は……世界そのものだ。そこには善も悪もない……いいや、善も悪もが君の行く手を阻む敵になるだろう」
「はい……分かっています」
「敵が愚かな悪党ばかりならどれほど楽だろうか……悪に挑む者は何をしても正義として称賛されるからね。でも君は違う……君の行ないを“悪”だと糾弾する者は必ず現れるだろう。それでも征くのかい?」
「それでも……征きます」
「なら……私は君を祝福はしない、祝福はできない。ラムダ=エンシェント、その剣が成し得る全ての“業”を背負い征くが良い……私という骸を踏みしだいて」
胸元に突き刺さった魔剣を抜き取り、勇者クラヴィスは魔剣を俺の目の前に投げて突き刺した。そして、勇者クラヴィスは道を譲るように背後を指さした。
彼女の指す先には扉が開いている。次の階層に向かう為のエレベーターのドアだ。俺は魔剣を地面から引き抜くと、ノアに合図して歩き出した。勇者クラヴィスはすれ違った俺を無表情のまま見送っている。
「ああ、そうだ……我が聖剣シャルルマーニュは君の旅の役に立ったかい? あれは口煩くて大変だったろう? 随分と世話を焼かれた筈だ」
「ええ、おかげで此処まで来れました」
「それなら君に聖剣を託した甲斐があったというものだ……最後は君たちを護る為に自らを生贄に捧げたようだね。まったく……自分を犠牲にするなと私に言っていたくせに、最後は自分がそれをするとは……」
「あなたに似たのだと思いますよ、クラヴィスさん」
「おや、そうかい……なら悪いのは私か。まぁ、三千年も迷宮でガーディアンをしていれば仕方ないか。やれやれ、勇者なんて引き受けるものじゃないね」
勇者クラヴィスは振り向かず、背中を向けたまま俺に語り掛けてきた。すでに彼女は腹部まで消滅している。あと喋れても数十秒程だろう。
俺は振り向かず、ノアの傍らに付きながらエレベーターに向かって歩いていく。勇者クラヴィスという善人を斬った感触を噛み締めながら。
「それから最後に……君には礼を言わねばと思っていたんだ。私の最期の心残りを君は見事に解決してくれたからね……」
「…………」
「アウラ=アウリオン……私がついぞ“逆光時間神殿”から救えなかった巫女様だ。君が解放してくれたのだろう……本当にありがとう」
「はい…………」
「君はこれから多くの大罪を犯すだろう……だが、同時に多くの善行も成す筈だ。私は君に二度も救われた……だから、君の“選択”を信じているよ。臆せずに征きなさい……君の信じる道を」
そして、最後にかつての心残りが消えた事を、その礼を伝えて勇者クラヴィスの幻影は消え去った。振り返っても其処に彼女は居ない。
ただ“破邪撃滅の聖剣”シャルルマーニュだけが地面に突き刺さった状態で佇んでいた。その聖剣に深く一礼して、俺は再び歩き出したのだった。




