第1035話:今は去りし英雄の帰還
「ここが次のガーディアンが待つ場所……」
「見覚えのある場所ですね。ここはたしか……」
――――“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフト、第二十階層。俺たちは戦闘態勢を取りながら、次なるガーディアンが待ち受ける階層へと降り立った。
逆光が明けて視界に飛び込んできたのは見覚えのある空間だった。月光を模した魔光に照らされた花園、青白い光に照らされた其処には一面の彼岸花が咲き誇っている。
「“深淵牢獄迷宮”、第七階層『試練の間』か……」
そこはグランティアーゼ王国、“迷宮都市”エルロルに存在する迷宮“深淵牢獄迷宮”インフェリスのある階層だった。最深部へと至る冒険者たちを試すある勇者が待ち構える場所。
俺たちはかつてこの場所を訪れ、俺は彼女との死闘を制して聖剣を手に入れ、そして最深部に潜む“強欲の魔王”アワリティアと相対した。今でもその時の事を鮮明に思い出せる。
「よく此処まで辿り着いた、冒険者たちよ……」
そして、“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトがこの場所を再現するのならば、俺が超えるべきガーディアンは必然的に彼女になるのだろう。
彼岸花の花園の中央で、白銀の剣を地面に突き刺し、騎士甲冑を纏う骸骨が威風堂々とした立ち姿で俺たちを待ち構えていた。
「クラヴィス=ユーステフィア……」
「如何にも……君を待っていた。旅人よ……」
その骸の剣士の名はクラヴィス=ユーステフィア。三千年前、女神アーカーシャの名代として“勇者”に選ばれ、後に“迷宮都市”エルロルと呼ばれる地で魔王アワリティアと死闘を繰り広げた女性だ。
勇者クラヴィスとは“深淵牢獄迷宮”インフェリス攻略時に戦い、聖剣を譲り受けた後に彼女は冥界へと旅立った。俺を認めてくれた偉大な人物だ、今でも強く印象に残っている。
「あなたも……“異聞”の存在ですか?」
「ははは……まさか。私は君が生まれた時にはすでに故人。君が何をしようとも私の結末は何も変わらない……私は過去の“遺物”さ」
「なら……あなたは一体……?」
「“異聞”の幻影が君に問うのは『踏み潰した可能性』だ。そして、私という“遺物”が問うのは……君が『選択した現在』の是非だ。私はラムダ=エンシェントという男の軌跡を見定める為に再現された」
「俺がした選択した現在……」
俺が生まれた時にはすでに故人である勇者クラヴィスは“異聞”ではない。彼女は俺の現在を見定める“遺物”として現れたのだという。
今回のガーディアンはそういった趣なのだろう。勇者クラヴィスは微動だにせず、真っ直ぐに俺を見つめている。
「随分と……長く歩いたようだね。初めて逢った時とは別人のようだ。まだ夢を追い求めていた少年が……現実を知って大人になり、それでも理想を追うのだと覚悟して足掻くのか」
「…………」
「しかし、その旅は困難を極める……君たちの選択は世界を大いに狂わせ、数多の人間の運命を変えた。その独善、その宿業、その決意……如何なる結末を以って完遂する?」
勇者クラヴィスが俺を見定めるような台詞を呟くと同時に、彼女を中心に風が吹いた。身を切るような凍えた空気が髪を靡かせ、足下に咲き狂う彼岸花が揺蕩う。
そして、勇者クラヴィスが聖剣を一度浮かせ再度地面に突き刺した瞬間、彼女を囲むように白い魔法陣が出現した。
「起きなさい……“破邪撃滅の聖剣”シャルルマーニュ」
その聖剣の名を聞いた時、胸がチクリと痛んだ。“破邪撃滅の聖剣”シャルルマーニュ、勇者クラヴィスから譲り受け、俺たちの冒険を支えてくれた聖剣だ。
長く苦楽を共にしたが、先日の女神アーカーシャとの激戦の最中、アーティファクト【月の瞳】からの“落涙”を防いで失われてしまった。疑似人格であるe.l.f.と共に。そんな聖剣が本来の主の手の内で輝く。
「今の私は“無限螺旋迷宮”が投影した幻影……“虚空情報記録帯”に刻まれた『クラヴィス=ユーステフィア』を再現した存在だ」
「つまり、あなたは……」
「君が以前出逢った時のような骸ではない……正真正銘の“勇者”として相手をしよう。アーティファクトを操りし騎士よ……無限の彼方へと征きたくば、此処で“罪”を一つ重ねていくが良い」
魔法陣から発せられた光を浴びて、骸の勇者が生前の姿を取り戻していく。
風に靡く鮮やかな金色の長髪、淡く輝く翡翠の瞳、絹のように白く透き通る肌、重い使命には似つかわしくない少女が聖剣を握って其処には立っていた。
「我が名はクラヴィス=ユーステフィア! 女神アーカーシャの代行として、彼岸より来たる厄災を討つ者である! 希望を求め、先見えぬ闇夜を歩む者よ……我が聖剣の輝きを超えて征け!!」
「“神殺しの魔剣”ラグナロク……起動!!」
「我は魔なる王を討つ者……勇者である! ラムダ=エンシェント、次代を歩む旅人よ……此度は我が全盛期、全身全霊の姿を以ってお相手しよう!!」
勇者クラヴィスが聖剣を引き抜いた瞬間、嵐のような凄まじい暴風が階層を包み込んだ。ノアは腕で眼を覆い、俺は魔剣を握りしめて眼前の勇者を睨む。
今度の彼女は前のような勇者クラヴィスの燃え滓ではない、“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトによって再現された全盛期の姿での対峙になる。
「さぁ……私を超えて征きなさい」
「言われなくとも……超えて征きます!」
そして、“破邪の勇者”クラヴィス=ユーステフィアと“傲慢の魔王”ラムダ=エンシェントの決闘が、ノアの見守る中で静かに始ろうとしていたのだった。




