第1033話:そっちの私の方が……
「あっ、がっ……私の角がぁぁ……!?」
「これで……どうだ……!!」
――――自慢の四本角を切断され、リリエット=ルージュはその場に膝をついた。魔族にとって角は“力の象徴”、へし折られた場合は折った相手に精神的に屈服する。
本物のリリエット=ルージュもそうだ。だから彼女は角を折った俺に執心している。“異聞”である彼女も同様の反応を示すだろう、そう俺は考えていた。
「あ~……参ったわね。まさか角を全部斬られるなんて……しかも全力を出していない相手に。これじゃあ魔王様に顔向けできないわ……」
「あれ……反応が変だな?」
「私は“無限螺旋迷宮”が再現した幻影……並行世界のリリエット=ルージュを写した鏡像よ。けど、倒された以上、私の役割はおしまい」
しかし、リリエット=ルージュは素っ気ない態度で敗北を認めると、何事も無かったかのように立ち上がってみせた。驚いてすぐに数歩下がったが、彼女はもう交戦の意志は無さそうな様子だ。
リリエット=ルージュの身体はノイズが走ったように所々乱れ、徐々に身体も薄くなっていっている。
「リリエット=ルージュの影は正当な方法で倒された……もはや幻影を維持する必要は無い。そうシステムは判断したわ……つまり私の負け」
「…………」
「ほら……次の階層にどうぞ。エレベーターのロックを解除したわ……息を整えたらそのまま次の階層に行きなさい」
階層を守るガーディアンであるリリエット=ルージュを『倒した』と“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの管理システムが判断したのだろう。
リリエット=ルージュが指を鳴らすと同時に、空間を裂いて俺たちが乗ってきたエレベーターの扉が出現した。それに乗って次のガーディアンが居る階層に向かえという事なのだろう。
「その潰れたカエル……回収してね」
「あ、ああ……分かってるよ」
リリエット=ルージュは白けた表情で俺に退出を促している。すでに身体の半分がノイズになって消えている、あと数分もすれば完全に消滅してしまうだろう。
「立ち去る前に訊きたい事がある」
「ん……何かしら?」
その前に俺は“異聞”リリエット=ルージュに訊きたい事があった。声を掛けると彼女は事務的な返事をしてきた。
だが質問に答える意志はあるのだろう。だから俺はどうしても尋ねたい質問をする事にした。リリエット=ルージュに関する質問だ。
「君は……どんな条件の“異聞”のリリエット=ルージュなんだ? それを教えて欲しい……俺は君とは出逢っていないだけなのか? それとも別の条件があるのか?」
「…………」
「それをどうしても知りたい……俺がした選択が君の何を変えたのかを。知らないならそれでいい……知っているなら教えて欲しいんだ」
それは“異聞”リリエット=ルージュが果たして『どんな人生を歩んで』そうなったのかという内容だった。知りたいのは“異聞”のラムダ=エンシェントの顛末だ。
リリエット=ルージュは少しだけ何かを考えている。おそらくは“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトから必要な情報をダウンロードしているのだろう。そして、リリエット=ルージュはノアを一瞥して、それから俺の眼をジッと見つめてきた。
「簡単よ、私は……『ラムダ=エンシェントがノア=ラストアークと出逢わなかった世界』のリリエット=ルージュよ。あなたは私の世界では、私が引き連れていた魔狼に食い殺された憐れな雑魚の一人……それだけ」
「…………っ!?」
「私はあなたには目もくれなかったし、ノア=ラストアークは最後まで発見されない。そのままグラトニス様がグランティアーゼ王国を攻め落とし、その勢いのままに世界を征服する……そう言う筋書きよ」
明かされたのは『ラムダ=エンシェントがノア=ラストアークに出逢わなかった世界』という条件だった。それだけリリエット=ルージュはまるで別人のような変貌を遂げていた。
さらにグランティアーゼ王国もグラトニスに占領されるという有り様だ。歴史そのものがまったく異なっている。
「この先のガーディアンも一部の例外を除いて、全員同じ条件で出力されるでしょうね……」
「トネリコの嫌がらせだな……」
「さぁ……私を此処に招いた女の考えは分からないわ。さっ、これで欲しい情報は与えたでしょう……さっさと行きなさい」
この先のガーディアンも同じ条件で出力される。そう言ってリリエット=ルージュの回答は終了し、彼女はそっぽを向いてしまった。
これ以上は話す事が無いのだろう。俺は倒れたノアを担ぎ、リリエット=ルージュに背を向けてエレベーターへと向かって歩き出した。
その時だった――――
「そうそう、最後に教えてあげるわ……」
――――リリエット=ルージュが口を開いたのは。
彼女は振り返らず、俺とは真逆の方向を向いて喋っている。きっと独り言なのだろう。俺は振り返らず、ただ立ち止まって彼女の独り言に耳を傾けた。
「私たち魔王軍は世界征服を成し遂げたけど……最終的にはアーティファクト【月の瞳】で魔王城ごと全員消し炭にされて全滅したわ。グラトニス様の野望はアーカーシャに呆気なく潰された……私の“人生”もそこでおしまい」
「…………」
「そっちの私は……楽しくやってるみたいね。羨ましいわ……私は人間への復讐に固執し過ぎて楽しくなかったから。死ぬ瞬間まで人間への憎悪を滾らせていた」
「そうか……」
「私もあなたに出逢いたかったな……どう、私に打ち勝ったご褒美よ。少しは自分の“選択”に意義が見出だせるでしょ? さぁ、もう私は消えるわ……次の階層もせいぜい頑張りなさい」
それは“異聞”リリエット=ルージュの顛末、そして少しばかりの羨望の言葉だった。こちらの世界の自分の生い立ちを垣間見て、彼女なりに思うところがあったのだろう。
振り返った時、其処にはリリエット=ルージュは居なかった。寂しそうな風だけが一陣だけ吹き、視界には消えかけのオトゥールの風景だけが広がっていた。
「さようなら……俺が知らないリリエット」
去っていったリリエット=ルージュに別れの挨拶を遂げて、俺はエレベーターに向かって再び歩き出したのだった。
上層階で待ち受ける次なるガーディアンを討ち倒し、“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの攻略を進める為に。
2025年も拙著をご覧いただき誠にありがとうございました。
今年も去年と引き続きコンテストで最終選考止まりと、個人的には歯痒い1年になってしまいました。読者の皆様により良いクオリティで作品をお届けしたかったので残念でなりません。
しかし、本作のテーマでもある『諦めない』を私自身も胸に引き続き執筆を続けていきますので、どうか変わらぬご声援をお願い致します。
来年は『忘れじのデウス・エクス・マキナ』も終章を迎え、いよいよ完結に向かって進んでいきます。
完結と共に皆様に良いご報告ができるように精進しますので、来年もよろしくお願い致します。
では良いお年を(^o^)ノシ




