第1030話:VS.【吸血淫魔】リリエット=ルージュ“異聞”③ / “Charming order”
「あなたが知らない私の本気……見せてあげるわ♡」
――――リリエット=ルージュの翼と角が魔力を帯びて肥大化する。吸血鬼の証しである牙もより鋭利に、淫魔の証しである尻尾もより強靭に。
幻影でありながらも其処に本物のリリエット=ルージュが居るかのような気迫が俺を襲う。あの時、オトゥールの街で初めて出逢った時、それよりも格段に上の威圧感が放たれている。
「さぁ、あなたを啜るわ――――“吸血淫靡”!!」
俺に敗北しなかったリリエット=ルージュが本来覚醒させれた実力なのだろう。禍々しくも美しい形態に彼女は変身した。
そして、リリエット=ルージュは自慢の尻尾を俺に向け、尻尾の先端に赤黒い魔力を集束させてき始めた。俺は魔剣を握り、背後のノアを護るように迎撃の体勢を構える。
「喰らいなさい――――“血死砲・逆椋鳥”!!」
次の瞬間、リリエット=ルージュは尻尾の先端から魔力砲を撃ちはなってきた。彼女の十八番である攻撃、しかし威力は俺の知っている彼女のものよりも数倍上回っている。
尻尾から放たれた瞬間、魔力砲は一気に巨大化して、人間の身の丈を覆うほどの大きさに変化した。直撃すれば原形も残さずに塵と化すだろう。
「――――ずあァッ!!」
視界を覆うほどの魔力砲、だが今の俺なら対処する事は容易だった。魔剣を勢いよく振り下ろし、迫りくる魔力砲を一刀両断にして塵にして防いでみせた。
問題は魔力砲を防いだ後だ。
リリエット=ルージュの姿は当然のように俺の視界から消えていた。先ほどの魔力砲は一瞬でも俺の視界を覆う為のブラフだ。油断した俺を死角から強襲するつもりなのだろう。
「魔王軍最高幹部の割には姑息だな?」
軽く挑発して揺さぶりを掛けてみるも反応は無い。それでハッキリとした、“異聞”リリエット=ルージュは勝つためなら手段は選ばないタイプの戦士だ。
闇討ち、誘惑、騙し討ち、なんでもするだろう。以前も大軍を率いてエンシェント領に侵攻したぐらいだ。魔王軍で登り詰めた彼女なら尚更だろう。
「我が王……少ししゃがんでください」
ぽそりと俺は呟き、その声を通信装置越しに聴いたノアが何も言わず、無表情のままゆっくりとしゃがみ始めた。
そのノアの背後には、今にも掴みかかろうとしていたリリエット=ルージュの姿が見える。案の定、ノアを人質にするつもりだったのだろう。彼女は策を見破られて驚いた表情をしている。
「なっ……読まれた!?」
「悪いな……お見通しだっての!」
後ろに振り返りリリエット=ルージュに視線を合わせる。ノアがしゃがんだ事で彼女は上半身が無防備な状態で晒されていた。
「“視閃光”!!」
「――――ぐっ!?」
そのまま俺は両眼からビームを撃ち出して、リリエット=ルージュの首と胸元の間を撃ち抜いて彼女を吹き飛ばした。
幻影が精巧なのか、リリエット=ルージュは傷口から血を流し、苦悶の表情をしながら吹き飛んでいる。その間に俺はノアの元に近付いて、彼女の盾になるように立った。
「くっ……私の身体に傷を……!」
「傷付くのが嫌なら家に帰ってな!」
吹き飛んだリリエット=ルージュは空中で一回転して姿勢を整えて着地、口から流れた血を腕で拭い、その眼をピンク色に輝かせながら俺を睨みつけた。
「どうやら魔王軍ってのは戦士としてのプライドが無いらしい。ああ、そう言えば……ガンドルフ卿との最高幹部争いじゃあ搦手を使ったんだっけな、リリエット=ルージュ?」
「へぇ……よくご存知で」
「お前が戦士としてのプライドを持たないのなら、俺もお前相手に騎士のプライドを持ち出すつもりは無い。今の俺は騎士に憧れるだけの半人前じゃない……我が王ノア様に絶対の忠誠を誓う“剣”だと心得ろ!」
「よぉ〜し、やってしまうのです、我が騎士よ!」
「ふっ、ふふふっ……そう、エンシェントの騎士なのに意外と割り切りが上手なのね。私が殺したあなたの姉は正々堂々に拘って、搦手に掛かって呆気なく戦死したわよ」
リリエット=ルージュから余裕の笑みは消えていない。彼女はまだ追い詰められてはいないようだ。
そして、彼女はツヴァイ=エンシェントを殺害した功績をあげて俺への揺さぶりを始めてきた。どうやらツヴァイ姉さんは“異聞”の世界ではリリエット=ルージュに倒されてしまうようだ。
「あなたの家族は“騎士”に拘りすぎて滑稽だったわ。あなたの姉も最期まで『正々堂々と戦いなさい』ってさぁ……する訳ないでしょ? 戦いは勝ってなんぼよ……違う?」
「…………」
「あなたのお姉さんの死体は我が兄に献上したわ♡ ついでにあなたの兄弟たちは魔王様に……うふふ♡ どう……怒った? 私が憎いでしょう……復讐したくなちゃった?」
リリエット=ルージュは俺の家族の末路を話して動揺を誘っている。彼女の話は所詮“異聞”の話だ、俺が見てきた家族の顛末とは違う。
しかし、その光景が容易に脳裏に浮かんでしまうのは事実だった。思うところが無い訳ではない、意識を研ぎ澄まさなければ憎悪の一つでも湧いてしまうだろう。
「悪いが……俺はその程度の揺さぶりには動じない。たとえ“異聞”の話だったとしても……我らエンシェントの騎士は誇り高き一族だ。死ぬことすら厭わない」
「あら……意外な反応ね?」
「俺が護るのは我が王の矜持! 俺はその為の“剣”、その為の騎士だ!! 甘い誘惑も、姑息な奇襲にも動じないと知るが良い!」
自身の騎士としての強固さを叫び、リリエット=ルージュを牽制する。彼女は俺には挑発は通じないと悟ったのだろうか、つまらなさそうな表情になっていた。
だが、懸念事項は一つある。
リリエット=ルージュは手段を選ばない。だからきっと、今から彼女は俺の意表を突く手段に打って出るだろう。そんな予感がしていた。
「なら……その大切な主とやらに殺されると良いわ! リリエット=ルージュが命じる――――『ラムダ=エンシェントを殺しなさい』!!」
その不安を的中させるかのように、リリエット=ルージュは眼をピンク色に発光させ、サキュバス種特有の術式【魅了】を発動させてきた。
俺には“魅了”は効かない。
アーティファクトによる耐性があるからだ。
だが、この戦場に立つもう一人は違う。俺が恐るおそる振り返った時、ノアは震える手に拳銃を持って、その銃口を俺の心臓に向けていた。
そして、俺が行動するよりも疾く――――
「身体が勝手に……駄目、抑えきれない!」
「我が王……ぐっ!? しまっ……!?」
――――放たれた銃弾が俺の心臓を撃ち抜いたのだった。




