第1029話:VS.【吸血淫魔】リリエット=ルージュ“異聞”② / 選択は何を殺すのか?
「俺が踏み潰した……可能性の具現化か……!」
――――誰しもが一度は考えるだろう、もし『あの時違う選択をしていたら?』と。些細なボタンの掛け違いだで運命は大きくその姿を変える。
もしかしたら、俺とリリエット=ルージュも出逢わなかった世界があり得るかも知れない。“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトが再現したのは、そんな『あり得たかの知れない運命』の再現なのだろう。
「あなたが志半ばで倒れた時空では……私は魔王様の命令通り、勇者ミリアリアの抹殺に成功するわ……」
「…………」
「そして……手柄を挙げた私は魔王様に取り立てていただいたわ。そして、グランティアーゼ王国を占領し、多くの聖女たちを喰らって力を得た……」
、“異聞”リリエット=ルージュが語ったのは俺が辿ったのとは違う歴史だった。彼女は勇者ミリアリアの排除に成功し、その後のグランティアーゼ王国との戦争にも勝利したらしい。
そして、リリエット=ルージュは数多の聖女たちの血を啜って、本物の彼女を凌駕する力を得たのだと言う。
「あなた達の存在だけで……世界は容易く景色を変える。あなたが居なければグラトニス様は“救世主”として讃えられ、この私は“サキュバス女王”の座を勝ち取ることになるわ」
「その可能性を俺が壊したと……そう言いたいのか?」
「その通り……あなたが存在したせいでグラトニス様は敗北し、私はあなたの情婦に成り下がった。私はあなたに選択肢を強制された……これを“罪”と言わずなんと言うの?」
リリエット=ルージュには魔王軍最高幹部として大成する“可能性”があった。だが、彼女の大成の道はラムダ=エンシェントに敗北した事で閉ざされた。
彼女は自分の意志で俺の仲間に、ラストアーク騎士団の一員になったと思っていたのは俺の思い違いだ。俺はリリエット=ルージュの取れる『選択肢』を減らし、決断を強要していたらしい。
「人間は、全ての生物は、そして世界は……常に何かを選択して生きている。それは常に『選ばれたもの』と『選ばれなかったもの』を生み落とす……」
「…………」
「私たちは途絶えた運命の分岐……語られぬ“可能性”。あなたが存在したせいで奪われた未来よ。それが如何に罪深いか理解できるかしら?」
理解はしているつもりだ。俺の行動は他の誰かの運命に大きな影響を及ぼすと。中には良い結末を辿れた者も居るが、そうでない者も居るだろうとも理解できる。
目の前に居るリリエット=ルージュは自信と覇気に満ちている。ラストアーク騎士団で色気を振りまくムードメーカーな彼女とは別の魅了を兼ね備えている。
「それは貴女も同じでは……リリエット=ルージュ? 貴女の行動も多くの人々の運命を変えている。他者の運命に干渉する事は避けては通れぬ生命体の宿業です」
「言うじゃない、ノア=ラストアーク」
「そもそも、ラムダ=エンシェントという“狼”を目覚めさせたのは貴女ですよ、リリエット=ルージュ。貴女が率いた軍勢が我が騎士から選択肢を奪った……そして因果は巡り貴女は自分の選択肢を奪われたのです」
俺はリリエット=ルージュの運命を変えてしまった。だが、それはお互い様だとノアは指摘していた。
リリエット=ルージュが勇者ミリアリア抹殺為に魔王軍を率いた事で、俺は絶望的な戦いに巻き込まれて、そしてノアに出逢うことになった。それも同じだとノアは言う。
「選ばれなかったものが語られぬ事は当然の話です。貴女はこの迷宮が観せるただの“幻想”に過ぎません」
「それがなんだと言うの?」
「歴史を綴れる資格を持っているのは、常に勝者だけなのです……残酷な話ではありますが。我が騎士に敗北して潰えた“可能性”である貴女には何も語る資格はありません」
選ばれなかったものが語られる事はないのだとノアは言う。リリエット=ルージュは“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトが観せるただの幻想だと。
リリエット=ルージュはノアの指摘に笑みを見せるだけだった。それが俺には不気味に感じられた。
「ええ、そうよ……私はただの“異聞”、この迷宮が観せるただの影。この世界に干渉する事はできない……」
「リリエット……」
「私はただの怨念……あなたたちの『選択』を問い質すだけの影! よく覚えておきなさい……あなたたちは多くの人間の運命を変えた! それを自覚するのね!!」
そう、“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトが観せる幻想であるリリエット=ルージュに今さら運命を変える力は無い。起きた過去は変えられない。
だが、彼女は本来は存在した筈の“可能性”として俺たちを責め立てている。それは怨念としては間違っていないのだと思う。
「我が騎士よ……リリエット=ルージュの幻想を踏み越えなさい。私たちには立ち止まる事は許されないのです! 私が多くの運命を踏み潰したのだと言うのなら……最後まで歩くまでです!」
「イエス……ユア・マジェスティ!!」
「うふふ……その覚悟、いったいどこまで保つかしら? さぁ、もう一度殺してみせなさい……そして、その“選択”が何を殺すのかを……しっかりとその眼に刻むのね!!」
そして、リリエット=ルージュは『選択が何を殺すのか』を問うと同時に、四枚の翼を肥大化させた。魔力を帯びた翼は禍々しく輝き、彼女の自慢の四本の角も輝き始めたのだった。




