第1028話:VS.【吸血淫魔】リリエット=ルージュ“異聞”① / 〜Charming Wings:if〜
「魔剣駆動、唸れ――――“神殺しの魔剣”!!」
「アッハハハハ! 干乾びたミイラにしてあげる!」
――――“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトが見せる幻影として現れた“吸血淫魔”リリエット=ルージュは空中から地上の俺を目掛けて真っ直ぐに急降下してくる。
空から降ってくる真っ赤な流星のように迫る彼女に対して、俺は刀身に魔力を溜めつつ魔剣を構えた。
「――――ッ!! ハァッ!!」
リリエット=ルージュがあと五メートルまで迫ってきた瞬間、俺は魔剣を勢いよく振り上げて魔力を帯びた斬撃を彼女に向けて放った。
魔剣より放たれた斬撃は甲高い風切り音を上げながらリリエット=ルージュの行く手を阻むように迫る。彼女の落下速度は音速に近い、回避する事は困難だろうと予測していた。
だが、リリエット=ルージュは不敵に笑うと――――
「当たらないわよ―――“血ノ群像撃”!」
「これは……アケディアスの術技!?」
――――無数の蝙蝠に分裂して攻撃を回避してみせた。
彼女の兄であるアケディアス=ルージュや伯母であるレディ・キルマリアが使用する『無数の公に変身・分裂する』術技、それをリリエット=ルージュは使用してきた。
無数の蝙蝠たちは素早く散開して斬撃を回避、俺が魔剣を振り切るよりも疾く周囲を包囲してきていた。
(本物のリリィはあの術技は使えなかった筈だ……この幻影、何か様子がおかしい!?)
本物のリリエット=ルージュは“血ノ群像撃”は使用できない。以前、本人が『あれは高位かつ純血の吸血鬼じゃないと習得難度が高過ぎる』と言っていたからよく覚えている。
そんな高等術技を目の前のリリエット=ルージュはさも当然のように使用してきた。明らかに俺の知っている彼女とは何かが違う。
「だが……この程度! フィールド展開ッ!!」
「これは……防御魔法の類ね?」
リリエット=ルージュの正体を考察する必要がある。そんな事を考えつつも俺は全身から魔力による衝撃波を発生させ、周囲に群がる蝙蝠を蹴散らそうとした。
群体である蝙蝠だが一匹いっぴきは大した強さはない。この術技は広範囲を巻き込む攻撃で一気に一網打尽にできる、そう判断したからだ。
「ふふふっ、無駄よ……“雁が首”!!」
「なっ!? 蝙蝠が魔力を……喰らった!?」
しかし、俺の予想に反して、リリエット=ルージュは思わぬ術技をさらに使用してきた。俺が衝撃波を放った瞬間、蝙蝠たちは大きく口を開いて俺が放った魔力を喰い始めたのだ。
無数の蝙蝠たちに喰われて俺が放った衝撃波はあっという間に消え去った。そして、蝙蝠たちは魔力を喰らって個々の力を増幅させていく。
「うふふ……私が“吸血淫魔”だから『血』と『精液』しか啜れないと錯覚した? 見くびられて貰っては困るわね……このリリエット=ルージュ様を!!」
(俺の知っているリリィよりも強い……!)
「今の私は獲物の魔力すら血肉に変換できる……数多の強者たちの血を啜って得た力よ! さぁ、次はあなたがご馳走になる番よ!!」
リリエット=ルージュの声が響くと同時に、蝙蝠たちは次々と俺に向かって突撃を始め出した。俺は迎撃の為に魔剣を振り回していく。
一匹、また一匹と蝙蝠を斬り裂いて撃破していく。斬られた蝙蝠はその場で血飛沫になって霧散していく。攻撃速度は俺の方が疾い、なんとか蝙蝠たちの波状攻撃は防いでいた。
「一匹いっぴきはまだ弱い……これなら!!」
「それなら……私が直接可愛がってあげる♡」
だが、そんな俺を背後からリリエット=ルージュが強襲してきた。斬られた霧散した血飛沫が俺の背後で一つに纏まって、リリエット=ルージュに戻ったのだろう。
俺の背後に密着したリリエット=ルージュは豊満な胸元を背中に押し付け、その滑らかな右手で俺の頬を、艶めかしい左手を俺の陰部部分に添えていた。
「これは……チィ!! 離れろ!!」
「さぁ、絶頂なさい……“千鳥の曲”!!」
リリエット=ルージュを引き剥がそうとして俺が右腕で肘打ちを繰り出した瞬間、彼女の両手からピンク色に輝く光が放たれた。
そして、肘打ちを腹部に受けたリリエット=ルージュが吹き飛ぶと同時に、俺の全身に耐え難い衝撃が走り抜けた。思わず立ちくらみするような“快楽”が走り抜けていた。
「これは……うっ!? サキュバスの性技か!」
数メートル離れた位置に着地したリリエット=ルージュはにやにやとした表情で俺を見ている。どうやらとっておきの技を俺に当てたらしい。
言葉では言い表せない程の下劣な感情と快楽が全身に走っている。正直、舌を噛んで痛みで気付けをしないとどうにかなってしまいそうだった。
「あら……さっきのに耐えるんだ? 大抵の男ならさっきの技で一撃で絶頂して、骨抜きにさなるのに……」
「生憎と……身体の大部分が機械でね」
「へぇ……サキュバスの性技に対する対策もしてるんだ。若いのに凄いね……それとも、その顔で意外と遊び人なのかな?」
俺が絶頂を耐えたのが意外だったのか、リリエット=ルージュは少しだけ驚いたような表情をしている。だが、それだけ、驚いただけで動揺はしていない。
リリエット=ルージュはくすくすと笑い、衣服をずらして胸元をわざと露出させれ俺を挑発している。明らかに自身のサキュバスとしての特性を利用している。
「俺の知っているリリエット=ルージュは……どちらかと言うと吸血鬼の特性に傾倒していた。なのにお前はなんだ……サキュバスの特性の方が色濃いじゃないか? あと早く胸を仕舞え……俺はこの状況で興奮するほど色ボケじゃないぞ」
「あら残念……じゃあ下の方を見せよっか?」
「お前は俺の知っているリリエット=ルージュとはまったく違う……お前は何者だ? 俺から見れば、お前は『リリエット=ルージュ』を騙る全くの偽物に見えるぞ!」
本物のリリエット=ルージュが用いない術技、好んでいない筈のサキュバス性質の利用。健在の両翼と角、いずれも俺の知っているリリエット=ルージュとは違うし、本物の彼女の強化系統にしても変化が歪すぎる。
その事を疑問に思っているからだろうか、ノアもリリエット=ルージュを凝視して思考を回転させていた。そして、ある程度の確証を得たのか、ノアは静かに口を開いた。
「さっき見せた術技の数々……以前、解析したリリィさんの戦闘データに符合する要素があります。それは……今の術技は全て、リリィさんが発現する“可能性”があり、そして貴方に負けた事でその“可能性”を閉じられた能力だと言う事です……」
「…………っ! それって、つまりは……」
「リリエット=ルージュさん、貴女の正体は……ラムダ=エンシェントに敗北しなかった、或いはそもそもラムダ=エンシェントに出逢わなかった“異聞”ですね?」
そして、ノアはリリエット=ルージュの幻影の正体を明かした。それは彼女が『ラムダ=エンシェントと関わらなかった存在である』と言う事実である。
その正体を告げられた瞬間、リリエット=ルージュの全身にノイズが走り、同時に彼女は深い笑みを浮かべた。
「ご明察……私はあなた達の知る『リリエット=ルージュ』じゃないわ。魔王グラトニス様の命を受けて勇者排除に出向き……何事も無く任務を遂行した“異聞”のリリエット=ルージュ……それを再現した存在よ」
「俺と……出逢わなかった世界の……」
「あなたと出逢わなければ……私は魔王軍最高幹部としてさらなる高みに至れた! そう、あなたが選択しなかったリリエット=ルージュ……あなたが『選択』という行為で踏み潰した“可能性”よ!」
ラムダ=エンシェントと出逢わずに勇者ミリアリアを暗殺し、魔王グラトニスの臣下としてさらなる高みに至ったリリエット=ルージュ。それが彼女の正体だった。
そして彼女は言う、自分の姿こそは俺が犯した“罪”の象徴なのだと。リリエット=ルージュを下して彼女の“可能性”を奪い、その未来を踏み潰した事への。
「さぁ、その眼に焼き付けなさい……あなたが選ばなかった“可能性”を!! これはあなたの歩んだ“罪”の軌跡を辿る戦い……無数に枝分かれし、語られる事なく消えていった“異聞”があなたに牙を剥くのよ!!」
“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフト、そこは挑戦者が選ばなかった可能性を具現する迷宮。
その真の脅威を、これまで人生そのものを裁かれることを、俺はリリエット=ルージュを通じて味わうことになるのだろう。




