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【第四部】忘れじのデウス・エクス・マキナ 〜外れ職業【ゴミ漁り】と外れスキル【ゴミ拾い】のせいで追放された名門貴族の少年、古代超文明のアーティファクト(ゴミ)を拾い最強の存在へと覚醒する〜  作者: アパッチ
第十八章:虹を越えて、無限の彼方へ

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第1027話:それは君の歩んだ“罪”の軌跡


「…………」

「…………」



 ――――“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの上層に向けてエレベーターは登っていく。揺れも騒音も無い、不気味な程に静かで快適な移動だった。

 エレベーターの窓からはシャフト構造の孔の光景が広がっている。大きな孔は地中から宇宙まで繋がっているのだろう。上を見ても下を見ても、どこまでも真っ暗な深淵が続いていた。



「…………」

「…………」



 本来はこれから向かう宇宙ソラ、或いは地上の光景に想いを馳せて大人数で話を弾ませながらエレベーターは進むのだろう。しかし、今は直径二十メートルの円柱状のエレベーターには俺とノアしか搭乗していない。

 お互いに会話はしない。ノアは窓の外から見える風景をジッと眺めて過去を振り返り、俺はドアが開き戦場がくちを開くのをジッと待っていた。



《間もなく第十階層に到達します》



 そして、エントランスを出発してから五分後、目的地に到着したのか、無機質なアナウンスと共にエレベーターは停止した。

 第二階層を飛ばしていきなり第十階層まで到達していた。どうやらトネリコのいう『特別コース』へのご案内だろう。俺とノアは顔を見合わせて準備を整える。



《第十階層は居住区画――――ザ、ザザー……迎撃システム『クリフォト』作動。虚空情報記録帯アカシック・レコードを限定的に参照……対象:ラムダ=エンシェントの軌跡を閲覧……認証中、認証中……》


「な、なんだ……!? 何か起きてる……!」

「どうやらこのダンジョンの仕掛けですね」


《ラムダ=エンシェントの“記憶”より虚数領域イマジナリー・フィールドを構築、及び“幻影異聞体イマジナリー・ファントム”を形成…………完了。おはようございます、ようこそお越し下さりました、それではご覧ください……これがあなたの“罪”です》



 その時だった、不意にアナウンスが奇妙な台詞を発し、同時にエレベーター内を謎の光でスキャンしたのは。

 俺とノアを光で解析して何かをしているのだろう。エレベーター内に変化は見受けられなかったが、おそらくはこれから向かう場所で良からぬ事が起きているのだろう。



《お降りの際は足下にお気を付け下さい……》



 そして、再度無機質なアナウンスが流れたと同時に、エレベーターのドアが開かれた。ドアの向こう側は逆光でよく見えない。

 俺とノアは向かう先にトネリコの罠がある事を承知で歩き始めた。息を呑んで一歩を踏み出して、逆光に包まれた階層へと降り立つ。



「…………って、なんだこれは!?」

「これは……本来の風景とは違いますね」



 逆光に眼が慣れて視界が鮮明になっていく。だが、俺たちを待ち構えていたのは軌道エレベーターらしい未来的な光景ではなく、思わず眼を疑うような異質な光景だった。


 そこには見慣れた世界の街が広がっていた。


 石造りの建物、街の広場に設置された井戸、長距離の移動に使う馬車を停める馬車小屋、大通りに並ぶ道具屋や鍛冶屋などの露店、通りの一画を占領する冒険者ギルドの支部、どれも俺たちの世界では当たり前の光景だ。



「この風景……まさかオトゥールか……?」



 さらに詳しく見れば、ある事実が浮かび上がった。“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの内部に何故かオトゥールの街並が再現されていたのだ。

 エンシェント領オトゥール、本来はグランティアーゼ王国の辺境に位置する街。俺とノアが最初に訪れ、そして魔王軍最高幹部だったリリエット=ルージュと戦いを繰り広げた場所だ。



「これは……古代文明で用いられていた次世代型の立体映像ホログラムですね。投影された映像は光量子フォトンを内包する事で質量を得ている」


「つまり……触れる映像という事か……」


「その通りです、我が騎士よ。そして、この風景はおそらくは貴方の記憶をスキャンして再現したものだと思われます。トネリコ……何を企んでいるの?」



 ノアの解説どおり、再現されたオトゥールの風景は触る事ができる。街の景観はもちろん、建物に使われている石の質感もしっかりと再現されている。


 唯一実物と違うのは()()()()()()()()()だ。


 周囲を見渡しても俺とノアしか居ない、あとは夕焼け空のオトゥールの街が寂しく広がっているだけだ。どこから敵が来るのではないかと警戒し、俺は周囲をキョロキョロと見渡していた。



 その時だった――――


「ここはあなたの記憶……これまでの旅路の再現。懐かしい風景でしょう? ウッフフフフ……」


 ――――聞き慣れた声が聞こえたのは。



 ふと、声のする方向に視線を向ければ、目の前にローブを被った女性が音も無く立っていた。何処かからやって来た気配はない、()()()()()()()()()()()佇んでいた。

 ローブ姿の女性は俺に妖しく微笑んでいる。フードで素顔はよく見えないが肌は褐色、瞳は金色こんじき、ローブで隠れているにも関わらず豊満だと分かるプロポーション。その姿に俺はよく見覚えがあった。



「リリィ……どうして此処に居るんだ?」



 リリエット=ルージュ、リリィの愛称で呼ばれる“吸血淫魔ヴァンパイア・サキュバス”の女性だ。何故か彼女が俺たちの前に立っていた。



「さっきエントランスで別れたばかりだろう……なんで合流して。いや、そもそも……いつの間に先回りしたんだ? リリィも別のエレベーターに乗ったのか?」


「…………」


「おいおい……なんで黙っているんだ? 普段と様子が違うじゃないか? まるで……そう……()()()()()()()()()()()()……」



 リリィは妖しく微笑むだけで俺の質問には答えようとしない。エントランスで別れた筈の彼女がどうして上層に居るのか、どうして射殺すような殺気を俺に向けているのか。


 しかし、そんな彼女の立ち振舞には憶えがある。


 故郷を追い出されてノアと出逢った後、俺は勇者ミリアリアの暗殺を狙う魔王軍と邂逅し、このオトゥールの街で指揮官であるリリエット=ルージュと対峙した。その時の彼女の雰囲気に似ている。



「気を付けて、我が騎士……様子が変です!」

「分かっています……なんだか嫌な予感がする」



 ノアも目の前のリリエットに違和感を感じたのか、俺に警戒するように促してきた。

 言われずとも分かっている、俺は腰に携えた魔剣の柄を握りつつ、ノアに『警戒するように』と目配せをした。



 その視線が逸れた一瞬を突いて――――


「あなたの血……頂くわッ!!」


 ――――リリィは背後に迫り牙を光らせていた。



 フードの下で獲物の血をすする“吸血鬼ヴァンパイア”の牙が輝きながら、勢いよく俺の首筋に向かって迫り来ていた。

 その瞬間のリリィからは魔族特有の禍々しい魔力がほとばしり、オトゥールの風景にノイズが走った。



「――――ッ! ふんッ!!」

「――――ぐッ!? この……っ!?」



 間一髪、リリィの奇襲は防いだ。彼女が噛みつく直前に右腕を振り上げ、彼女の胸部を抑えつけて動きを制止させた。

 “ガキンッ”とくうを噛む牙の音が響き、リリィの噛み合わせた歯からは火花が飛び散った。



「どけ!」

「くっ……!」



 リリィの噛みつきを防ぐと同時に俺は回し蹴りを放って彼女の脇腹を思い切り蹴り飛ばした。リリィは苦痛に表情を歪めつ数メートル吹き飛び、脚を地面に擦らせて立ち止まった。

 両者お互いに殺気を放ちながら睨み合う。今の手合いで分かった。彼女は俺の仲間であるリリィではない、立体映像ホログラムで再現された『リリエット=ルージュ』だ。



「お前……何者だ?」


「ウッフフフフ……私は偉大なる()()()()()()であらせられる“暴食の魔王”グラトニス様の忠実な下僕! 魔王軍最高幹部【大罪】が一人……【復讐】のリリエット=ルージュよ!」


「――――ッ!? 角と翼が……!」



 相手はラストアーク騎士団所属のリリィではない、魔王軍最高幹部として再現されたリリエット=ルージュだった。さらに驚いたのは、ローブを脱ぎ捨てた彼女の角と翼が両対とも健在だった事だ。

 彼女の四枚の翼の片側、四本の角の片側は俺が斬り落とした。なのにいま目の前に居るリリエット=ルージュには斬り落とされた筈の角と翼が揃っていたのだ。



「理由を知りたい? なら力ずくで聞き出しなさい!」

「あの時のリリエット……とは少し違うな」



 リリエット=ルージュから感じる魔力は現在の彼女のものより、かつて魔王軍最高幹部だった頃よりも遥かに禍々しく強大だった。

 どうやら俺が知っている『リリエット=ルージュ』とはどこかが根本的に違っているらしい。彼女は舌舐めずりをして妖しく嗤っている。



「良いだろう……どういう仕掛けか知らないが、お前がこの階層フロアのガーディアンって事で良いんだな……リリエット=ルージュ!!」


「おいで……魅了して、吸い殺してあげる♡」


「我が王……これは私の戦いです、お下がりください! お前がどういうリリエット=ルージュかは知らないが……俺もあの時のラムダ=エンシェントとは違って事を教えてやる!!」



 俺が魔剣を構えると同時に、リリエット=ルージュは翼を広げて宙に浮かび始めた。これはあの時の再現……とは少し違う。なにか別の存在のようなかつての強敵との戦闘だ。

 これがトネリコが用意した“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの仕掛けなのだろう。俺は大きく深呼吸して、宙に浮かぶリリエット=ルージュを睨みつけた。



「「いざ尋常に……勝負ッ!!」」



 そして、俺が大きく地面を蹴って声を張り上げた瞬間、リリエット=ルージュも声を張り上げ、翼を広げ禍々しい魔力を全身に纏わせながら、俺に向かって一直線に急降下してくるのだった。

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