第1026話:“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフト -The Space Elevator“Yggdrasil Shaft”-
「着いた……ここが“無限螺旋迷宮”……」
――――“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフト、正面ゲート前、時刻は早朝。ノアとラストアーク騎士団の隊長たちを乗せた輸送艇は“海洋自由都市”バル・リベルタスから三キロメートル沖に位置している目的地に到着した。
遠くからでも見える天を貫く巨塔、間近で見れば頂上はおろか第一層すら視界に収める事はできない巨大さだ。誰もが果ての見えない空を見上げている。
「正面の大階段の脇の昇降機……は風化して潰れていますね。仕方ありません、歩いて正面ゲートまで向かいましょう。念のために警戒は怠らないでください」
「よぉ〜し、早速乗り込むのじゃ!」
冒険者たちを乗せた船が停まる波止場からは何百メートルも続く大階段が出迎えている。ノア曰く、大階段の脇には楽して登る為の昇降機が在ったらしいが、とっくの昔に風化しているようだった。
仕方なく俺たちは大階段を歩いて登る事にした。総司令であるグラトニスを先頭に、俺たちは周囲を警戒しながら歩き始めた。
「な、なんだろう……階段の左右に剣とか斧とか、色んな武器が突き刺さっているんだけど……。き、気味が悪いなぁ……僕、鳥肌が立ってきちゃった」
「アリアの言うとおりだな……」
「これはおそらく……“無限螺旋迷宮”に挑んで命を落とした冒険者たちの武器だね。彼等の無念を弔っているんだろう……まるで墓標だね。流石のおじさんも気分が悪いね」
大階段の周囲には朽ちた剣や刃毀れした斧など、様々な武器が所狭しと突き刺さっている。ウィル曰く、これまで“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトに挑み、そして命を落とした冒険者たちを弔う墓標なのだと言う。
目視だけで数千本、見えない部分まで含めれば数万もの武具が朽ちている。それだけ大勢の冒険者たちが果てなき空を目指し、虹すら越えられずに死んでいったのだろう。
「ユグドラシル・シャフトには治安維持の為の機械兵が多数配備されていました……私が開発した“機械天使”も納品した憶えがあります。現在の内部の様子は不明ですが……油断は禁物ですよ」
「だそうだぞ、ルクスリア?」
「クハハハハハ! その程度の相手、今の儂らなら恐るるみに足らぬ。その程度で怯える雑兵はラストアーク騎士団の隊長には任命しておらんからのう……」
敗者たちの怨念とも言える武具の墓標を脇目にラストアーク騎士団は大階段を登っていく。そして、歩き始めてから数分後、俺たちは“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの入口に辿り着いた。
階段を登った先に聳えていたのは巨大な機械仕掛けの“門”だった。ゲートそのものの大きさだけで縦五百メートル、幅千メートルはある。まるで城壁のようだ。
《来訪者を認識、ゲートオープン……ようこそ》
俺たちがゲートの前に到達しかけた瞬間、どこからともなく無感情な自動音声が鳴り響き、機械仕掛けのゲートが音を鳴らして開き始めた。
ゲートは地響きを鳴らしてながら、左右に割れて開いていく。そして、奥に見える迷宮の内部に向かって、まるで吸い寄せられるように俺たちは歩いていく。
「内部は……少し暗いな。爆破で照らそうか?」
「あたしの焔で照らした方が良いわよ」
“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの内部は薄暗かった。背後から差し込む陽の光だけが光源になっている。
ゲートから踏み込んだ先は所謂エントランスなのだろう。まるで待合室のようなだだっ広い空間が広がっていた。周囲には大小様々なベンチが置かれ、潰れた電光掲示板や廃れた売店などがズラリと並んでいる。
「此処は元々、軌道エレベーターの発着場でした。此処から人々は宇宙に向かって飛び立ち、宇宙から降りてきた人々は地上へと向かって行ったのです。現代で言うところの……船の発着場ですね」
「中央のでっかい吹き抜けはなんじゃ?」
「中央の大孔がユグドラシル・シャフトの基礎になる部分です。あの筒状の孔を走るエレベーターに乗って、人々は宇宙に向かうのです。中型規模の艦船すら通れるんですよ……ラストアークは大きすぎて無理ですが」
「ならラストアークはどーすんだ?」
「それは心配いりません、ルリさん……このユグドラシル・シャフトの外壁部分には反重力加速装置が備え付けてあります。その機構を利用すれば螺旋状の外壁を登りつつ加速して、ラストアークのような超巨大戦艦も宇宙まで迎えます」
「その機構は使えないのですか、我が王よ?」
「はい……分析しましたが、どうやら外壁の反重力加速装置は現在は機能を封じられているようです。おおかたアーカーシャが大昔に封じたのでしょう……自分の居る場所に辿り着けないようにね」
“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの中央には直径二キロメートルにも及ぶ巨大な円状の吹き抜けが存在しており、その内壁部分には無数の昇降機が設置されていた。
どうやらその昇降機に乗り込んで人々は宇宙へと向かい、宇宙から地上へと降りてきていたらしい。地上と宇宙を繋ぐ架け橋、俺たちはノアの解説を聞きながら古代文明の遺産に興味深そうに見入っていた。
《やれやれ……観光しに来たのかい、君たち?》
その時だった、周囲に不意に少女の声が響き渡った。どうやらあちこちに設置されたスピーカーから聞こえているらしい。
その声の主には覚えがある。間違いなくトネリコ=アルカンシェルだ。全員が一気に戦闘態勢になった。しかし、周囲には彼女の姿は見えなかった。
《残念だけど……此処での僕はただの立体映像さ。警戒しても無駄だよ……ほら、目の前に視線を戻すんだ。お待ちかねの僕の登場だよ》
「トネリコ……」
《ようこそ、軌道エレベーター……いいや、“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトに。歓迎するよ、ラストアーク騎士団……君たちの墓場にようこそ》
周囲を見渡す俺たちを誂うように、すぐ目の前にトネリコが姿を現した。ただし当人ではない、トネリコの姿を投影した立体映像でだ。
ノイズ混じりの乱れた映像のトネリコは俺たちを気怠そうな、されど憎悪の籠もった瞳で睨みつけている。その視線の矛先はノアと、すぐそばに立っていた俺に向いていた。
《此処は“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフト……見ての通り、古代文明を支えた軌道エレベーターさ。現在、この迷宮のエレベーターは僕の権限で使用を制限している》
「その言い方だと……使えはするんだな?」
《その通りだよ……ラムダ=エンシェント。各エレベーターはすぐ上の第二層までなら登ってくれる。そして、第二層を守るガーディアンを倒せば、次の階層にエレベーターが向かう仕組みさ……簡単だろ?》
「つまり……頂上に向かう為には……」
《そう、このユグドラシル・シャフトの各階層を攻略して、僕が居る宇宙ステーション『ヴァルハラ』までエレベーターを進める事だ。さぁて、どれだけ時間が掛かるかな?》
トネリコは滾る憎悪を隠して、淡々と“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトを攻略する為の手順を解説した。
曰く、この迷宮を攻略するには、エレベーターに乗って上層に向かい、そこで“ガーディアン”と呼ばれたボスを倒して次の階層に向かう封印を解除する必要があるらしい。
《君が来たと言うことは……僕との直接対決をお望みなんだろう、ノア? 良いだろう……君とラムダ=エンシェントには特別コースを用意してあげる。今から開く、右から六番目……第11エレベーターに乗り込むといい》
「…………っ! あの昇降機か……」
《そのエレベーターに乗り給え……このトネリコ=アルカンシェルが直々に調整した特別プログラムで君たちを相手しよう。僕の課した試練をまずは乗り越えるんだね。ああ、他の連中は通常ルートでどうぞ》
トネリコは俺とノアに不敵な笑みを見せると、『特別コースで相手をする』と宣言して、右手側に見える第11エレベーターの扉を開いた。そこに俺とノアの二人で乗り込めとの事だ。
どうやら俺たちが先行し、グラトニスたちにデータを渡すという策をトネリコは予想していたらしい。グラトニスに目配せすれば、彼女はただ頷いて『行け』と促してきた。
「行きましょう、我が王……」
「トネリコ、貴女の挑戦を受けます」
俺とノアはトネリコの誘いに乗ることにした。ここで二の足を踏むことはない、俺たちはトネリコの立体映像の脇を通り抜けて、開かれたエレベーターに向かって歩き始めた。
その様子を振り返ったトネリコが睨みつけている。今にも殺しに掛かりそうな、強い殺気を放つ鋭い眼で。
《心して掛かると良いよ……君たちを待っているのは『選ばれなかった可能性たち』だ。人間は常に選択を強いられ続ける……それは選択されなかった何かを常に生み落とす》
「…………」
《君たちが踏み潰した“可能性”を……その“幻影”に苛まれるといい。常に選ばれる立場だった事を悔いさせてやる……ノア。そして後悔しろ……この僕を選ばなかった事を……ラムダ=エンシェント》
トネリコの憎悪の混じった警告を耳にしながら、俺とノアはエレベーターに乗り込んだ。そして、振り返ってトネリコの立体映像と睨み合った。
そして、睨み合うこと十数秒後、トネリコの合図と共にドアは自動的に閉まり、俺たちを乗せたエレベーターは上層に向かって、“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの攻略に向けて発進し始めたのだった。




