幕間:接続者 -The Connector-
「ええっと……モニターの調子はっと……あ〜、やっぱり配線がちょい断線してんな。これも直しとかねぇと……」
――――ラストアーク騎士団の騎士たちが各々の時間を過ごす中、戦艦ラストアーク艦橋にて。深夜にも関わらずホープ=エンゲージは艦橋の修復に勤しんでいた。
あちこちの機器を点検しては破損箇所を手にしたメモに記していき、同時に修理に必要な物を書き連ねていく。すでに何時間も作業をしているのか、ホープは額から汗を流していた。
《少しは休息を取ったらどうだい、ホープ? 最後の休憩からすでに四時間は経過している。そろそろ水分の補給をした方が良いだろう……》
「ちっ、いらねぇ世話だっての……“ⅩⅠ”」
《いいや、これは必要なお節介だ、ホープ。いま君に倒れられてはラストアークの改修に滞りがでる。自身の体調管理も必要な工程だと前にも言ったはずだが?》
そんなホープを案じるように艦橋に電子音で構成された青年のような声が響いた。戦艦ラストアークのシステムを制御する管理AI『ⅩⅠ』の声だ。
“ⅩⅠ”は体調管理に気を配るようにと小言を言い、それに対してホープは『余計なお世話だ』と言いたげな鬱陶しそうな表情を返していた。
「っていうかさ……声だして良いのかよ? テメェの正体を知っているノアならともかく、他の連中に聞かれたらテメェの正体が露見しちまうぜ?」
《それなら心配には及ばない……ブリッジクルーは現在、食事中。ラムダ=エンシェントは今頃、埠頭でセンチメンタルになっている頃合いだ。ここには私と君しか居ない》
「ああ、そう……そりゃ結構なこって」
《私なりに君の体調を案じているんだよ、ホープ。そろそろ鎮静剤も効果が切れる頃合いだろう? 薬を射ち忘れて苦しむのは君の方だと思うが?》
その日、“ⅩⅠ”は珍しく声を発した。凛々しくもまだ幼さが残る少年の声でホープの体調を案じている。
そんな“ⅩⅠ”を心配させまいと、ホープは懐からおもむろに小型の注射器を取り出すと、自分の左腕に針を刺して薬剤を注入していた。
「ちっ……これで満足か?」
自分の身体に針を刺す光景を見ても表情一つ変えず、ホープは“ⅩⅠ”の小言を片付けたとギザギザの歯を見せて得意そうに笑って見せた。
その表情をカメラ越しに見た“ⅩⅠ”はため息をついていた。ホープが痛みを感じなかった事に対してのため息だ。
《もうじきラムダ=エンシェントとノア=ラストアークの旅が終わる。そうなれば……君の“■■”も終わりを迎える。それなのに君は普段と変わらない……そう振る舞うんだね》
「けっ……今さら気が付いたのか?」
《ああ……今さら思い知ったよ。この立場に……ラストアークの管理AIになって初めて知ったよ。君がどれだけの覚悟を以って俺たちの味方をしていたか》
“ⅩⅠ”は少しだけ寂しそうな声を漏らし、それに対してホープは呆れたような表情をしていた。
戦艦ラストアークの管理AIになって初めて自分の想いを知った“ⅩⅠ”の鈍さに呆れていた。そして、ホープは少しだけ俯いて暗い表情をした。
「良いんだよ、別に……ラムダの野郎はノアにだけ集中させとけばさ。ここにオレまであいつに乗っかったら負担になるだろ? だから良いんだ……オレは」
《しかし……》
「それに……オレにはお前が居るだろ、“ⅩⅠ”? お前が……オレの軌跡を見届けてくれるならそれで満足さ。なんか不満でもあるか?」
ラムダ=エンシェントに余計な負担は掛けさせられないと、そう言ってホープはあからさまな作り笑いをした。
本当は言いたい事も、伝えたい事もあるのだけど、それは今は口にしなくても良いと。そんな彼女の表情を見て、“ⅩⅠ”は言葉を詰まらせた。
《私は……君の為に此処に居る。ラストアークの管理AIとして人格のコピーを取ったのは、ホープ……君の側に居続ける為だ》
「…………」
《私はずっと後悔している……あの時、君を救えなかった事。だから今度は君と共にあると決めたんだ……我が王への忠義よりも、君の献身に応えたかった》
「…………」
《私は君の“相棒”だ……ホープ=エンゲージ。君の想いは私が全て見届ける……ラムダ=エンシェントに代わって。それで納得してはくれないだろうか?》
赦しを求める懺悔者のように、“ⅩⅠ”はホープに語り掛け続けた。
それをホープは神妙な表情で聞いている。自分は君の為に存在しているのだと言う独白を。
「納得するも何も……それしか道はねぇんだろ? なら嫌でも納得するしかねぇさ……オレの『物語』はもうじき終わりを迎えるからな」
《…………》
「なんだ……あ〜、そうそう……湿っぽいのは嫌いだから、最後ぐらいは景気良くやりてぇんだよ、オレは。だから最後までこのままで行かせて貰うぜ」
“ⅩⅠ”の懺悔を軽く笑い飛ばして、ホープは目の前の真っ暗なモニターに写った自分の顔に視線を向けた。
綺麗に整った顔立ちだ。だけど少しだけ憔悴している。ホープは自分が今、どうなっているかを写った自分の鏡像を見て改めて把握していた。
「オレは“接続者”……その起源は“接続”だ。オレは点と点を繋げる線の役割を担っている……そう設計された存在だ」
《…………》
「そして、オレが繋げるのは……“現在”と“未来”だ。ラムダとノアを未来に届ける……それがオレがラストアーク騎士団で背負った使命だ」
《そうだな……》
「ラムダたちを明日に向かって送り届ける……それで良いんだよな、“ⅩⅠ”? それがテメェとの契約だ……忘れんじゃねぇぞ! だから、そんな元気のねぇ声すんじゃねぇ」
それでもトネリコは自分の姿を笑い飛ばして、“ⅩⅠ”に不敵に笑ってみせた。
自分は“接続者”としての使命を全うすると。そう言うとホープは再び艦橋の機器のチェック作業に勤しみだした。
「テメェもさっさとラストアークのシステムの改修を進めやがれ! ラムダとノアが“無限螺旋迷宮”を攻略する迄に、ラストアークの仕上げを終わらせるぞ!」
《やれやれ……強情だな》
「それがホープ=エンゲージ……テメェの“相棒”だ! 勉強になったか……このウスラトンカチ。ほら、黙って仕事しな、しごと!」
ホープが気丈に振る舞うのを見て諦めたのか、“ⅩⅠ”は呆れ口調で捨て台詞を残して沈黙してしまった。
艦橋に設置されたモニターには“ⅩⅠ”が作業をしている証しである、難解なコードがズラッと並び始めた。それを見てホープはほんの少しだけ笑っていた。
「サンキューな……」
こうして、騎士たちは思いおもいの夜を過ごしていく。それぞれが“未来”に対して複雑な感情を抱きながら。
そして、いつしか夜は明け、いよいよラムダ=エンシェントとノア=ラストアークによる“無限螺旋迷宮”への挑戦が始まろうとしていた。




