第1023話:世界最難関のダンジョンへと
「失礼します。カルマさん、ラストアーク騎士団の方々がお見えです」
「ああ、タオ……部屋に通しておくれ」
――――“外洋自由都市”バル・リベルタス、冒険者ギルド本部にて。
デア・ウテルス大聖堂での戦いから二日後の正午すぎ、ラストアーク騎士団のトップ陣及びラムダ=エンシェントは“ギルドマスター”カルマ=ヴァンヘルシングとの面会を迎えていた。
「やぁやぁ、ラストアーク騎士団の諸君。先日の神様の交代劇は中々に愉快痛快だったよ。まさか……『四大』だけに収まらず、女神アーカーシャまでぶっ倒すとは思わなかった! アッハッハッハッ!!」
「私たちは話題提供の為にアーカーシャを倒した訳ではありませんよ、カルマさん」
「そうは言うがね、女神様……実際あんたらが起こした出来事で世界は大きな混乱に包まれちまった。世界中で旧女神派と新女神派が争い、この期に好き勝手したい連中が暴れ回って大騒ぎさ」
「それは……申し訳ございません……」
「アッハッハッハッ! あたしは別に怒ってないさ……おかげさまでギルドにその手の依頼が舞い込んで大儲けさせて貰ってるしね。いやはや……あんたらに全財産ベットして大正解だったねぇ」
ヴァンヘルシングは先の戦いの顛末に大はしゃぎしている。女神アーカーシャから女神ノアへの移り変わり、それに伴う世界の変化で大儲けしているらしい。
ジェイムズ=レメゲトンや彼に唆された大暴れする連中とは違い悪事を働いている訳ではないが、ヴァンヘルシングも『混沌を愉しむ者』の一人なのだろう。
「まぁ、世間話は後で良いさ。それでご要件は?」
「はい、ヴァンヘルシングさん……これから我々ラストアーク騎士団は宇宙の果てに居るアーカーシャの本拠地に挑みます。その為に“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトへの挑戦を許可していただきたい」
「ああ、いよいよ世界最難関の迷宮に挑む訳だ」
ヴァンヘルシングはにやにやとしながら俺たちに来訪目的を尋ね、俺はすかさずに答えた。“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトに挑戦したいと。
それを聞いた瞬間、ヴァンヘルシングは口角を上げてにやりと笑った。新しい儲け話の匂いでも嗅ぎ取ったのだろう。
「“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフト……いまだに踏破者の居ない、その全貌も明かされていない世界最難関の迷宮だ。たしか古代文明の軌道エレベーターとかいう代物だったかな?」
「はい、よく覚えておいでですね」
「あの迷宮は全ての冒険者の最終目標だからねぇ。あの白亜の巨塔を制した者は女神アーカーシャにあらゆる願いを叶えて貰える……そういう伝説さ。野心家なら誰でも憧れるだろう?」
「そう言うそなたは挑戦したのかの?」
「は? あたしがかい? 冗談はよしな、魔王グラトニス。あたしは“金儲け”がしたいのであって“冒険”がしたい訳じゃない……絶対にクリアできない迷宮なんぞお断りだね!」
“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフト――――“海洋自由都市”バル・リベルタスの近海に聳え立つ天を貫く巨塔。“世界七大迷宮”の頂点に添えられた世界最大のダンジョンだ。
その正体は古代文明に建設された軌道エレベーターなのだそうだ。そして、その巨塔を登りきった者には女神アーカーシャが何でも願いを叶えてくれるという伝説が存在している。
「そもそも……“無限螺旋迷宮”は古代文明の遺産なんだろ? ならあんたらの方が構造に詳しいんじゃないのかい……ホープ=エンゲージ、それにノア=ラストアーク?」
「構造が変わってなかったらの話だけどな」
「軌道エレベーターとしてのユグドラシル・シャフトは……全長約三万六〇〇〇キロメートル、基底部の直径は約八キロメートル、螺旋状の構造をした超巨大建造物ですね。螺旋構造が“無限螺旋迷宮”の由来なのかも……」
「途方もない数字じゃのう……」
「内部は三〇〇を超える階層に分けられ、衛星軌道上に建造された宇宙ステーション『ヴァルハラ』が接続された軌道エレベーターそのものを遠心力で支えています。軌道エレベーター内部には居住区画もあり、古代文明時代には五億人がユグドラシル・シャフト内部で暮らしていたのですよ」
「おお〜、あの塔には居住区画があるのかの!」
「宇宙ステーション『ヴァルハラ』には太陽系列の各惑星と地球を繋ぐ星間航行ゲートがあります。これを起動させれば土星周辺宙域に在る『セクターΛ』に迎える筈です……それがユグドラシル・シャフト攻略の最終目標です」
ノア曰く、“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトは地上と宇宙を繋ぐ起動エレベーター型の都市であり、その頂点である衛星軌道上には宇宙ステーション『ヴァルハラ』なる建造物が存在するらしい。
その宇宙ステーションに在る星間航行ゲートを起動させれば、土星とかいう場所に在る『セクターΛ』……つまりは女神アーカーシャの本体が在る場所に向かうことができるらしい。話の半分以上は理解できなかったが、基本的には“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトを攻略すれば良いのだろう。
「なんだい……そうやって全貌を聞いちまうと“無限”って訳でもないのか。あ〜ぁ、ネタバレなんて聞くもんじゃないねぇ……タオもそう思うだろ?」
「ええまったく……一応、頂点は在るんですね」
「ならさぁ……この前のあの空を覆い尽くすようなでっかい女神になれば良いじゃないかい? あのデカさなら“無限螺旋迷宮”なんて一瞬で攻略できちまうだろ?」
「“アルティメット・ノアちゃん”の事ですか?」
「あの形態そんな名前なんだ……」
「残念ですが……再度アルティメット化はできないですね。第一、前もどうやってあの形態になったのか不明なので……当てにはできないですね」
「ラムダを飛ばして外から侵入させればどうじゃ?」
「それは悪手だねぇ、魔王グラトニス。前にも飛竜に乗って外部から侵入を試みた連中がいたが……塔に近付いた瞬間、砲撃機構に滅多撃ちにされて塵も残さずに消滅してたよ」
「古代文明産の防衛機構か……」
「その通りです、我が騎士よ。ユグドラシル・シャフトには隕石などの飛来物を排除する強力なレーザー砲が外周部に装備されています。外部からの侵入は不可能……そもそも、外部からの侵入手段はありません。大人しく正規の手段で攻略するしかありません」
「それしかないか……」
「正規の手段なら簡単さ……塔の正面に馬鹿でかい“門”があるからそこから入れば良い。後は内部からゆっくりと攻略してけば良いさ……命の保証はできないけどね」
前回の戦いで顕現した巨神ノア(※本人命名:アルティメット・ノアちゃん)や外部から飛行しての侵入は不可能らしい。大人しく正規の手段で攻略するべきだとノアは言う。
正々堂々と正面から“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトは攻略しないといけないのだろう。ヴァンヘルシング曰く、塔の正面にあるゲートから普通に入れば良いらしい。
「では迷宮への挑戦許可を……」
「ん……別にあたしの許可なんて要らないさね。下の階にある受付で“無限螺旋迷宮”に挑戦する旨を申し込んで、若干の手数料を払ってくれれば良いさ」
「手数料を取るのか……あこぎな商売じゃのう」
「負け犬の死体の回収費用さ。まぁそう言う訳さ……別に遠慮せずに攻略に行ってくると良いさ。せいぜい死なないように……命あっての物種って言うだろ?」
「ならさっさと受付してこよーぜ」
どうやらいま居る冒険者ギルド本部の受付で申請すれば“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトには冒険者ランクに関係なく挑戦できるらしい。
それを聞いたホープは呆れ顔で受付をしようと促してきた。そして、それを聞いて“ギルドマスター”への用事が無くなった俺たちは執務室から立ち去ろうとし始めた。
「ああ、そうそう……言い忘れていた。あんたら魔王連中に掛けられていた懸賞金、アーカーシャ教団の教皇様から取り下げの申し出があったよ。良かったねぇ、これで晴れて自由の身だよ」
「ヴェーダさんが……」
「もうラストアーク騎士団は日陰の存在じゃない……あたしもこれであんたらと堂々と表立って関係性をアピールできるというもんさ。抑止力になるから、あのラストアークって戦艦は堂々と浮上させてもらって構わないよ」
「お、それならお言葉に甘えさせてもらうぜ!」
「ラムダ=エンシェント……どうせあんたが“無限螺旋迷宮”に挑むんだろ? せいぜい楽しんでくると良い……あれを攻略すれば、あんたは冒険者の頂点に立てるよ。せっかくだ……もう一つぐらい伝説を作っていきな」
最後にヴァンヘルシングは俺たちの懸賞金が解除された事、そして俺に“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフト攻略を楽しんでこいと笑い掛けてきた。
そんな彼女の捻くれた激励の言葉にコクンと頷いて静かに返事をして、俺たちは執務室を後にしたのだった。来たるべき迷宮攻略の準備に取り掛かる為に。




