幕間:トネリコ=アルカンシェル
――――思えば、僕は何故ノア=ラストアークを嫌っているのだろうか。共に試験管で培養された人造人間だというのに。
僕は彼女が嫌いだ。
けど、その理由を考えた事が無い。
ノアの方が優秀だから……それは違う。僕とノアは“役割”が違う、専門分野では僕にも秀でている部分がある。では何故だろうか。
『またノアの所に行くのかい? 相変わらずだね、君……あんな無愛想な奴のどこが良いのさ? そんな事よりも僕に協力してよ……教え子たちに体育を教えたいのだけど、僕はそっちは専門外でね』
『悪いけどトネリコ、俺はノアの所に行くよ』
『ああ、そうかい……君も頭が硬い男だね。もういい、勝手にしなよ……体育は僕がプログラミングしたドロイドにやって貰うから。なんだい、その態度は? せっかくの誘いを袖にしたのは君だぞ』
在りし日、まだ時代が西暦だった時代、ノアの側には一人の男が居た。後に“原初の人間”と呼ばれる次代の“原型”になった人物、感情の無い人形であるノアに執着する騎士気取りの愚か者。
彼は何に於いてもノアを優先していた。
まだ感情を抱いていないノアをだ。
それが僕には理解できなかった。なんで愛想も何も無い、僕たちの同型だったアリアを廃棄処分にした女に懐いて……いや、忠誠を誓っているのか理解できなかった。
「今にして思えば……どうという事じゃないけど」
今、ノア=ラストアークに忠誠を誓うラムダ=エンシェントを見て確信した。あの時、あの男がノアに忠誠を誓っていた理由を。
僕は“順序”を勘違いしていた。
あの時点で、ノアの元にあの男が顕れた時点で、もう何もかもの運命が決定付けられていたのだろう。僕はまんまと彼等の掌で踊らされていた訳だ。
『トネリコ……すまない、俺は……』
『なんだい、その憐れんだ眼は……不愉快だよ』
あの男が僕に向けていた憐れんだ眼はきっと、その先の僕の運命を知っていたからだ。
ああ……気に食わない。
最初から彼は全て知っていた。
僕が教え子たちを喪うのも、この時代に目覚める事も、アーカーシャに拾われる事も、タウロスと奇妙な関係になる事も、そしてタウロスを失って孤独に戻る事も。
「知っていて黙っていたのか……あの魔王め!」
あの男が護ったのはたった一人、ノア=ラストアークだけだ。ノアを“方舟”に乗せて何処かに隠してアーカーシャが起こした大洪水から護り、それ以外の全てを滅ぼした。
あの男は間違いなく魔王に相応しい。
この世界に顕れた十一番目の“終末”。
あの男は僕に手を差し伸べなかった。それが僕は許せない。たとえ、今はまだ全ての真実が明らかになっていなくても、僕はあの男を……そして共犯者であるノアを許さないだろう。
「ユグドラシル・シャフト……防衛システム『セフィロト』起動。内部エレベーターを制限しろ。じきにラムダ=エンシェントが乗り込んでくる」
《了解しました。管理者トネリコ……》
「それから各階層の迎撃システム『クリフォト』を起動させろ。この起動エレベーターで奴等を迎え撃つ。それと……僕用に調整した“鋼鉄巨兵”の起動にもかかれ」
タウロスが残してくれた飛竜でデア・ウテルス大聖堂から脱出し、起動エレベーター『ユグドラシル・シャフト』に戻った僕は来たる決戦に向けて準備を進めていく。
起動エレベーターの最上階に位置する区画、ユグドラシル・シャフトそのものを遠心力で支える巨大宇宙ステーション『ヴァルハラ』に在る制御室が稼働を始めていく。
「ノア=ラストアーク、そしてラムダ=エンシェント……さぁ、いつでもやって来るが良い。決着を付けよう……タウロスの仇は僕が討つ!」
僕の為に戦い、ラムダ=エンシェントに敗れて命を落とした我が騎士タウロスⅠⅤの無念を晴らすべく僕は戦う。
ラストアーク騎士団が宇宙に戦艦ラストアークを打ち上げるには、この起動エレベーターを使わねばならない。必ず彼等はやって来る、だから此処は決戦の場になる。
「見ていて……タウロス。君の意志は僕が継ぐ……ラストアーク騎士団を倒して、君が護ろうとした景色を僕が護るんだ!」
僕以外誰も居ない制御室に自分の声だけが響き、部屋を覆う無機質なコンピューターたちが無味乾燥な機械音を鳴らす。
僕は孤独だ、かつての教え子たちも、僕を愛してくれた不器用な騎士ももう居ない。もう、何もかもがどうでも良くなっていた。
「それでも……僕は……」
もうこのぬるま湯のような地獄はうんざりだ。もう大切なものを喪うのは嫌だ。だから僕は戦う……たとえ、その先に“希望”なんて無くても。
「ああ、僕はきっと……ノアの事が……」
もうすぐ僕の命は終わりを迎える。それが短命に設計された僕たち“人形”の宿命だ。
だから……終わりを迎える前に決着を。




