第1021話:さようなら、再世の女神よ
「それじゃあ……俺たちはサンタ・マルタ島を後にします。ヴェーダさん、アートマンさん、お世話になりました」
「ええ、これにて暫しの別れですね、我が友よ」
――――デア・ウテルス大聖堂聖門前、時刻は早朝。ルチアの裁判から二日後、俺たちラストアーク騎士団はサンタ・マルタ島から離れる事になった。次の目的地に向かう為に一旦“海洋自由都市”バル・リベルタスに戻る必要があったからだ。
見送りは殆ど居ない。教皇ヴェーダとアートマンだけだ。まだ他のアーカーシャ教団の信徒や聖堂騎士たちは心の整理がついていないのだろう。
「それでヴェーダさん……アーカーシャ教団は?」
「アーカーシャ様が退去され、ノアさんが新しい“神”になられた以上、アーカーシャ教団に存続する意味はありません。いずれは解体するつもりです……ノアさんを祀った新しい教団が代わりに台頭するでしょうけど」
「いやぁ〜、照れちゃいますね〜」
「しかし……今はまだアーカーシャ教団の解体はできません。世界各地で発生している暴動を食い止めないとなりませんので……」
「もう影響が出始めているんですか?」
「ええ、すでにアーカーシャ様を信奉する者たち、新たな女神を信奉する者たち、混沌を煽る者たちの間で諍いが起こっています。我々アーカーシャ教団はアーカーシャ様の信徒たちを諌めねばなりません」
「そうですか……俺たちのせいで」
「いや、一概にはそうは言えないですよ、我が友よ。アーカーシャ教団の信徒たちを率いているのは離反したアクエリアスⅠですし、第三勢力を煽っているのはレメゲトンとかいう人物だそうで」
「あの胡散臭いおっさん……」
それと、いま世界は未曾有の混沌に包まれていた。女神アーカーシャを信奉する者たち、ノアを信奉する者たちの間で争いが起こり、そこにジェイムズ=レメゲトンが一枚噛んでいるらしい。
教皇ヴェーダはその争いを諌めるべくアーカーシャ教団の存続を決定した。俺たちの反逆のせいで世界中が混乱に包まれていると分かって少しだけ後ろめたい気持ちになってしまった。
「心配には及びません、我が友よ。我が母アーカーシャが残した火種はわたし達が責任を持って鎮めます。あなた達はどうか旅を完遂してください」
「アートマンさん……」
「わたくしはこのままデア・ウテルス大聖堂を拠点に事態の収集を図ります。あなた達ラストアーク騎士団はアーカーシャ様との決着を……よろしくお願いします」
「分かりました、ヴェーダさん」
「それに……事態の収集の合間にわたしも『世界』を見て回りたいですのでね。あなた達が醜くも美しいと称した世界を見て回り、わたしは“人間”とは如何なる存在なのかを改めて学ぶつもりです」
しかし、教皇ヴェーダとアートマンは俺たちを快く送り出してくれた。女神アーカーシャの残した火種は自分達が刈るつもりなのだろう。
それにアートマンはついでではあるが世界を見て回って『人間』について学ぶつもりらしい。アートマンなりに新しい自分を見つけるつもりのようだった。
「それでラムダさん……次の行き先は?」
「はい……俺たちはこれから、女神アーカーシャの本体『機械仕掛けの神』の在る宇宙の果てを目指します。その為にまずは……」
「“無限螺旋迷宮”ですね……」
「はい、世界最大の迷宮……“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフト。そこを攻略し、戦艦ラストアークを宇宙に打ち上げます。そのまま女神アーカーシャの本拠地に……」
「…………」
「あの軌道エレベーターはトネリコの管理です。この大聖堂からいつの間にか失踪したトネリコはきっと“無限螺旋迷宮”に戻っているでしょう……私たちが来るのを知っているから」
「ではノアさん……あなたは」
「はい、トネリコと決着を着ける時が来ました。もう彼女に逃げ場は無いし、彼女を護ってくれる騎士も居ません……今度こそ、私はトネリコとの因縁を終わらせます」
そして、俺たちラストアーク騎士団はいよいよ宇宙の果てを目指して“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの攻略に向かう事になった。
デア・ウテルス大聖堂から音も無く撤退したトネリコも間違いなく其処に居るだろうとノアは言う。いよいよトネリコとの決着も近付いているのだろう。
「お気を付けてください、ラムダさん。“無限螺旋迷宮”はいまだに全貌が見えない未踏破の迷宮です。これまでの迷宮とは比べものにならない程の困難が待ち受けているでしょう」
「それでも……俺たちは行きます」
「そうですか……なら、わたくしからささやかな餞別の品を。どうしてもあなた達に協力をしたいと言って聞かない者が居りますので、その者をわたくしたち間の連役役としてラストアーク騎士団に派遣します……来てください」
「はぁ~い、あたしよぉ~♡ よろしく」
「カ、カプリコーンさん……どうして!?」
「ラムダちゃんには親友であるヴェーダちゃんを助けて貰ったからねぇ。借りは返さないと気が済まないの、あたし。それに……リヒターちゃんを死なせちゃった負い目もルチアちゃんにあるし……だから協力させて貰うよ♡」
「そう言う訳です。任せましたよ、カプリコーン」
「ええ、もちろん……元々ラストアーク騎士団に味方していたリブラちゃんやサジタリウスちゃんが鈍っていないかどうかも見てあげるわァ♡ こらサジタリウスちゃん、嫌そうな表情しないの!」
アーカーシャ教団とラストアーク騎士団との橋渡し役として新たにカプリコーンⅩⅡを仲間に加え、俺たちはデア・ウテルス大聖堂を立ち去る準備を整えた。
一人、また一人と騎士たちは戦艦ラストアークに向かって歩き出す。それを教皇ヴェーダとアートマンは笑顔で見送ってくれていた。
「我が友、ラムダ=エンシェントさん……旅の完遂を祈っています。必ず生きてご帰還を……そしてまた会いましょう。その時は、わたしも新しい自分になって、あなたを驚かして差し上げます」
「楽しみにしています、アートマンさん」
「それとノア=ラストアークさん……あなたとはこれでお別れです。どうかあなたが善き世界を創ってくれる事を祈っています……さようなら、“再世の女神”よ」
「はい、さようなら……アートマンさん」
俺とは再会の約束を、そしてノアとは永遠の別れをして、アートマンは俺たちを最後の旅に送り出してくれた。
こうして、俺たちラストアーク騎士団はデア・ウテルス大聖堂を出発して、女神アーカーシャとアートマンを巡る一連の戦いは決着した。それはノアとの別れが近付いている合図でもあった。




