第1018話:明日に向かって歩きだす為に
「え~っと……あと探してないのは……?」
――――ノアによる女神就任から数時間後、俺はデア・ウテルス大聖堂の通路を歩いていた。ある人物を探していたからだ。
ラストアーク騎士団の指揮官であるノアやグラトニスたちは現在、教皇ヴェーダやアートマンと今後の対応を協議している。それが終わるまで俺たちは待機する事になったのだ。
そして、俺が向かった先は――――
「ああ、いた……探したよ、ルチア」
「……! ラムダ卿じゃん。なんか用?」
――――聖女ティオの私室だった。
そこにはルチアの姿が在った。白い修道服を身に纏ったルチアは憂いた表情で、部屋に飾られていた聖女ティオの肖像画を眺めている。
彼女は一連の戦いの中で父親であるリヒター=ヘキサグラムの真意を知り、そして眠れる力に目覚めた。
「あ~、あのさ……リヒターさんから借りた短剣、ルチアに返そうと思ってさ。お父さんの大事な形見だろ? 俺が持ってるのも忍びないな〜って思ってさ……」
「別に……同じ型の安物の短剣、あいつの私室から合わせて一〇〇本ぐらい出てきたから要らないんだけど……」
「じゃあこの短剣貰っておくね、ありがとう。それで……ルチアは聖女ティオの部屋で何してたの? もうすぐ夕食の時間だけど……」
「あ~……あれよ、あれ! パパとママの私物を引き取ろうと思って。一応ヴェーダから許可はもらったから……。あの教会に持って行ってあげたいんだ」
どうやらルチアは大聖堂に保管されている聖女ティオの縁の品や、リヒター=ヘキサグラムの私物を引き取りに来たらしい。
よく見るとルチアの側には誰かの私物と思しき物が箱詰めにされていた。両親の思い出を持って行きたいのだろう。
「それにしても笑っちゃうよね……あたしが“聖女様”だなんて。あの時は勢いで有耶無耶になっちゃったけど……よく考えたら非処女の淫売が聖女だなんて馬鹿みたい」
「ルチア……」
「アートマンの奴、あたしを『あなたは次代を象徴する“朱の聖女”です』とか何とか囃し立てちゃってさ……迷惑ったらないわ。あたしは魔女だった言うのに……」
ルチアは自虐気味に笑っている。理由は覚醒した彼女をアートマンが“朱の聖女”だと呼称したからだ。今ではラストアーク騎士団内でもルチアの肩書きは変わってしまっている。
それをルチアは息苦しく感じているのだろう。穢れている自分には母親と同じ聖女を名乗る資格は無いのだと笑いながら。
「俺は……アートマンの意見に賛成だな。ルチアには聖女を名乗る資格がある……それに、聖女は何も身の潔白を示すものじゃないと俺は思う」
「ラムダ卿……」
「肩書きは“責任の重さ”……傷付いた人々を癒やす力を手に入れた君はお母さんにも、そしてリヒターさんにも負けないものを手に入れたんだ」
そんな事はない、ルチアはすでに聖女ティオにも負けない強い意志を手に入れたんだと力説した。
ルチアは少しだけ照れくさそうな表情をして、頬を染めながら人差し指で頬をポリポリと搔いている。
「ありがと、ラムダ卿がそう言ってくれるなら……素直に褒め言葉として受け取っておくわ。それと……今はまだ気持ちの整理がつかないけど、その内自分の肩書きにも向き合ってみるわ」
「うん、その時はいつでも力を貸すよ」
「ああ、それと……ラムダ卿、パパのことありがとね。ラムダ卿がパパのこと認めてくれたから、パパ……ちゃんと自分のことを誇れながら逝けたと思う。今頃はあの世でママと再会してんじゃないかしらね?」
そして、照れた表情を隠すように俺に背を向けて、聖女ティオの肖像画を見上げながら、ルチアはリヒター=ヘキサグラムの話題を出した。
リヒター=ヘキサグラムは亡くなった。
最愛の娘を護り、父親としての使命を果たして。
ルチアがリヒター=ヘキサグラムと本当の意味で『親子』として接する事が出来たのは僅かな時間だけだった。だからラストアーク騎士団のみんなも気を遣っているのだろう。
「俺は……リヒターさんから大事な事を教わったから。父親になるという事、それがどれだけの責任を負うべきかって……」
「…………」
「あの人はたしかに、完璧とは言えなかったのかも知れない……もっとルチアを哀しませない方法だってあっただろう。けど、それでもリヒターさんはリヒターさんなりに出来る事をしようと思ったんだ」
「そう……かもね」
「だから俺はリヒターさんを尊敬するよ……俺にとってあの人は、俺が目指すべき“父親”の姿をしていた。そして、そんなリヒターさんが愛したルチアはきっと……何があっても彼の『自慢の娘』なんだって今は思っている」
俺はリヒター=ヘキサグラムという人物に後ろめたい気持ちと、そして尊敬の念を抱いていた。後ろめたいのは、彼の真意を知らないで一方的に『父親失格だ』と罵ってしまったことだ。
そして、それでもルチアへの愛情を貫いていった事を俺は尊敬していた。その生き様は完璧ではなかったが、不完全であっても彼は父親たろうとしたのだから。
「ラムダ卿がそう言ってくれるなら……きっとパパも浮かばれるわ。大丈夫、ラムダ卿ならきっとなれるよ……パパよりも凄い父親に。あいつ、結局のところ“素”はクズだしね」
「それは……そうかも」
「あたしも……きっとママよりも立派な母親になってやるんだって、今は思ってるの。ラムダ卿の旅が終わって、あたしの償いが済んだら……オリビアが立ち上げようとしている慈善団体に手ぇ貸そうと思ってんの」
「ルチアが?」
「あたしとおんなじような……つらい想いをしている人たちを救えたらなぁ〜って。ママならきっと同じ事するだろうって思うし、あたしが傷付けた人たちに少しでも償いがしたくてさ……」
そんなリヒター=ヘキサグラムや聖女ティオの生き様に感化されたのか、ルチアは自分なりに自分が誇れるような生き方をしたいらしい。
けど、ルチアの表情はどこか影が差している。聖女らしい生き方をする為に、どうしてもするべき何かが残っているのだと言いたげな表情をしながら。
「ちょうど良かった……ラムダ卿に付き合って欲しい事があるの。この後、少しだけあたしに時間を割いてくれる? 行きたい場所が、したい事があんの……」
「良いけど……何をする気なんだ?」
「それは行けばわかるわ……これはあたしが“明日”に向かって歩きだすのに必要な事なの。ラムダ卿、どうか見届けて欲しい……あたしがどんな人間なのかを」
ルチアは俺に向かって寂しそうに微笑むと、付き添って欲しい場所があるのだと言った。どうやらそこで彼女は清算をするつもりらしい。
“朱の魔女”と呼ばれたハーフエルフの少女の生き様、その“罪”への“罰”を受け入れる為に。




