第1016話:神としての最初の責任
「おお、アートマン様がお戻りになられたぞ!」
「ヴェーダ様もご一緒だ! ご無事だったのですね」
――――聖都デオ・ヴォレンテ、大通りにて。
避難先から戻って来た住民や聖堂騎士団に迎えられて、アートマンと教皇ヴェーダは聖地に帰還した。
実際には、二人は戦艦ラストアークに搭乗しての凱旋だ。だからアートマンと教皇ヴェーダのすぐ後ろには俺たちラストアーク騎士団がぴったりとくっついていた。
「ラストアーク騎士団……」
「アーカーシャ様を殺した……」
住民や聖堂騎士たちは様々な表情をして俺たちを見つめている。困惑、懐疑、怪訝、興味的、いずれも好意的とは言い難いものだ。当然だろう、俺たちは女神アーカーシャを殺したのだから。
なんなら、その上でラストアーク騎士団所属のノア=ラストアークは新たな“神”を名乗ったのだ。他の地域ならまだしも、アーカーシャ教団の総本山であるサンタ・マルタ島での俺たちの立場は言わずもがなだ。
「あの銀髪の女……間違いない、あいつがノア=ラストアークだ。アーカーシャ様を殺して、新しい女神を名乗る不届き者……」
「ああ恐ろしや……神殺しの大罪人じゃ」
「どういう魔法を使ったのかは知らないが、アーカーシャ様を殺して成り代わるなんて……何を企んでいるんだ? アートマン様、ヴェーダ様、そんな神を騙る奴なんて早く粛清してください!」
人々の視線は俺の背後で縮こまっているノアに向けられていた。射殺すような鋭い視線がノアに突き刺さっている。
ノアは女神アーカーシャに対抗するべく、人々の祈りを束ねて巨神になっていた。当然、全世界の人間がノアを目撃している、顔も自ずと知れ渡ってしまうだろう。
「視線が痛い……ここは一発芸でも披露を……」
「我が王よ、炎上するだけですからおやめください」
俺が睨みを効かせているからか、住民や聖堂騎士たちからノアに向かって石が投げられるような事はなかった。
しかし、居心地が悪いのは事実だ。
女神アーカーシャを深く信仰していた者たちは、そんな女神アーカーシャを討ち倒して成り代わったノアを受け入れられずにいた。
「我が愛すべき人々よ……どうか怒りを鎮めてください。こちらに居られるノア=ラストアークさんはあなた達に決して危害は加えません」
「アートマン様、しかし……」
「彼女が安全である事は、このアートマンが身を以って保証します。どうかわたしを信じ、そしてノア=ラストアークさんを信じては頂けないでしょうか……お願い致します」
しかし、恐ろしく悪い雰囲気をアートマンが打ち破ってくれた。アートマンは人々に深々と頭を下げながら、ノアは危害を加えないと言ってくれたのだ。
その瞬間、周囲にいた人々は困惑した表情で固まってしまった。アーカーシャ教団で絶対の権威を持つアートマンの言葉である以上、信徒たちは信じざるを得ないのだろう。
「しかし、アートマン様……アーカーシャ様に敵対しているラストアーク騎士団の、その首魁であるノア=ラストアークが次の“神”であるなんて……」
「言いたい事は分かります……」
「そもそも……アーカーシャ様を継ぐのはアートマン様だったはず。どうしてあなたが“神”を継がず、アーカーシャ様を殺した女に“神”の座を譲るのですか?」
しかし、信徒たちもアートマンが認めたからノアが次の“神”だ、とはすんなり認める事はできなかった。
人々は本来“神”を継ぐべきだったアートマンに理由を問うていた。
「わたしは……あなた達を導く“神”としては相応しくなかった。それが……“友”と語らい、新たな知見を得たわたしの結論です」
「アートマン様……何を仰られて……!?」
「わたしが描いた理想よりも、ノア=ラストアークさんの描いた理想の方が善いと判断したのです。皆さんのご期待に添えず申し訳ございません……」
アートマンは自分が“神”になる事は撤回し、ノアに次の“神”を任せると人々に宣言した。同時に、人々の期待に応えられなかった事を頭を下げて懺悔していた。
本来であればアートマンが女神アーカーシャの後を継ぐはずだった。しかし、俺たちに人類の明日を託したアートマンには次代の“神”は務められない。だから申し訳ない気持ちで一杯なのだろう。
「ノア=ラストアークさんは我が母が人類への“愛”ゆえにできなかった事を代わりに成そうとしています……その命を世界に捧げる覚悟をもって。どうか……まずは彼女の覚悟を認めてあげてください」
「「…………」」
「ノア=ラストアークさんは我が母アーカーシャが愛したあなた達を次の世界に導こうとしています。我々は偉大なる創造神アーカーシャの庇護の下で育った……次は巣立ちの番なのです」
アートマンは人々にノアの覚悟を必死に訴えていた。人々はアートマンの熱心な主張をただ黙って聞き続けている。
人類を導く“神”というバトンが女神アーカーシャからノアに移っただけだ、人類は巣立つ時が来たのだと。しかし、それは結局、女神アーカーシャの時代が唐突に終焉を迎え、ノアを“神”とした時代が始まる事を意味するのは変わらない。
「皆さん、どうか聞いてください……私の主張を」
だから、ノアは自らの口で想いを語らねばならない、そうでなければ人々はノアの事を信じられないだろう。
それを直感で感じ取ったからか、ノアはアートマンの横に並んで自らの言葉で人々に想いを告げる事を決めた。そう、今ここにノア=ラストアークの“神”としての、最初の責任が果たされようとしていたのだった。




