第1012話:VS.【真我】アートマン④/この世界は……
「くっ……中々やりますね……」
「そりゃお互い様だっての……」
――――もう何十発殴り合ったか分からない。俺もアートマンも顔中痣だらけになって、口や鼻から血が絶えず流れ続けていた。
心なしかアートマンも息が乱れ始めてきているが、それは俺も同じこと。加えて、ノアからの術式の付与も重なり続け、脳に無視できないレベルの負担がかかり始めてきていた。
「なぜそこまで人類に希望を見出すのですか!」
「ぐっ!? 殴りながら質問すんじゃねぇ!」
俺の頬を殴りながらアートマンが質問してきた。なぜ人類に“希望”を抱くのかと。
足を踏ん張って殴られた衝撃に耐えつつ、アートマンの頬を反撃とばかりに殴りながら俺はその疑問への回答を探した。
「俺も、ノアも、ラストアーク騎士団のみんなも……より良い明日を欲している! この世界がもっと良くなるように……みんながもっと笑いあえるように……だから俺は戦うんだ!!」
「それが人類の総意だとお考えで?」
「いいや、思わないさ……世界の何もかもに絶望した人だって居るだろうさ。けど、俺はそんな絶望の淵に沈んだ人たちにも“希望”を取り戻して欲しいんだ!!」
世界には色んな想いを抱いて生きる人たちが居る。俺は旅を通じて色んな人たちに出逢ってそれを思い知った。
希望を抱いて生きる人、世界に絶望した人、世界の真理に気が付いて諦念して生きる人、それでも愛した人の為に懸命に足掻く人、命の数だけ想いが存在する。俺の感情も想いも、星の数ほどの想いの中の一つに過ぎないのだと。
「あんただって見ただろ……リヒターさんがどんな想いでルチアを護ろうとしたのか! ヴァルゴさんがどんな想いでリブラを護ったのかを! 人々の想いが、感情が……この世界を形作っているんだって!!」
「それは美しい世界ですか? 醜い世界ですか?」
「どっちもだ……この世界は醜くて、そして美しい! どっちかじゃねぇんだ、どっちもなんだ……この世界には良いところも悪いところもある、二元論じゃ割り切れないんだ!!」
この世界は『美しく』そして『醜い』、それが俺が旅を通じて、その中で出逢った人々を見て出した結論だった。ノアも同じ答えに辿り着いただろう。
この世界には醜いもので溢れている、それと同時に美しいものも溢れている。きっとどっちかじゃない、どっちも内包するのが『世界』の在り方なんだと。
「ティオさんを亡くして絶望したリヒターさんがルチアという“希望”を護ろうと立ち上がったように、何もかもに失望したヴァルゴさんがそれでも妹への愛情をどうしても手放せなかったように……世界はまだ捨てたもんじゃねぇんだって、俺はお前に言い続けるッ!!」
「その為に……あなた達は戦うのですか?」
「そうだ、この世界をもっと良く、より美しいって思えるような世界にする為に……俺たちは戦う! それがどれだけ過酷な旅路でも、それがどれだけ滑稽な挑戦でも……一歩ずつ進まなきゃ何も変わらないんだッ!!」
自分自身が出した答えを叫び、同時にアートマンの顔面を思いっ切り殴り飛ばした。
アートマンは俺の出した答えに思うところがあったのか、無抵抗のまま殴られて数メートル吹っ飛んでいった。そして、吹っ飛んだ先でよろよろと起き上がりながら、静かに笑みを浮かべていた。
「なるほど……不安定な人間の感情こそが『人間』である事の証明だと言うのですね、ラムダ=エンシェントさんは? ええ、それは意外な着眼点でした……おそらくわたしでは、その考えに至らないでしょう」
「なら……俺たちを認めるか?」
「ええ……わたしを倒せれば認めましょう。やはり、あなた達の覚醒を待って正解でしたね……あなたはわたしとは正反対だ。どこまでも感情的で、どこまでも世界を等身大に見つめ、どこまでも希望を抱いて生きている」
「アートマン……」
「やはり、わたしは人為的に設計された“AI”なのでしょうね……あなたの思想を素晴しいと感心する反面、どうしてもそれを許容できない自分が居る。あなたのように非効率的な生き方を選ぶことを……わたしはできない」
アートマンは俺の考えに理解を示したが、それは納得できないと突っぱねた。それが“現人神”として生み落とされたアートマンの性なのだろう。
それをアートマンは残念そうに思い、少しだけ哀しそうな表情をしていた。アートマンは人類を合理的に救済したいのだろう。だから、敢えて困難に挑もうとする俺を理解できずにいた。
「俺が進みたいのは……俺自身が納得したい道だ! その道が困難なのも苦痛を伴うのも構わない! その先にきっと……俺が望む世界がある筈だと信じているから!」
「困難や苦痛の先に……“希望”があると?」
「だから歩き続ける……いいか、よく覚えとけ! 俺が“神”に求めるのは楽に歩ける道を用意して貰うことじゃねぇ……困難な道を歩くための“光”になって貰うことだ!! 絶望と苦痛の先に、それでも“希望”があるんだって事を……教えて欲しんだ」
時に人間は敢えて困難な道を突き進む、その道の先に自分の欲しい明日があると信じて。その歩き続ける過程にこそ人間が人間である所以があるのだと俺は思う。
きっとそれは苦痛に満ちた旅路だろう、きっと何度も絶望を味わうだろう、道標がなければ不安に苛まれるだろう。
「だから……私は人類が自分の足で歩ける為の存在になりたいのです、アートマンさん。まるで北の空を指す北極星のように、夜の海を照らす灯台のように……その果てなき道の先に“希望”はあるのだと伝えたいのです」
「それが……あなたが目指す“神”の在り方……」
「アートマンさん……苦痛や絶望は避けるだけではありません、人間には苦痛や絶望を乗り越える力だってあるんです。だからどうか信じてください、人間が持つ“可能性”を」
俺たちが欲しいのは絶望を乗り越える方法だ。ノアならきっとそれを教えてくれる、俺たちが歩く過酷な旅路をそっと照らしてくれるだろう。
そうノアに諭された瞬間、アートマンは何かに気が付いたかのように言葉を失った。俺たちと自分自身を比較して、新しい答えを出そうとしているのだろう。
「なら……あなた達の想いを証明してください、このわたしを倒して。このわたしを上回れたのなら、きっとあなた達は“神”の予測を超える存在なのだと……認めましょう」
「言われなくも……そのつもりだ!」
「では……今からわたしは全力を出します。我が母アーカーシャが生み落とした最高傑作を見事調伏し、人間の価値を世界に知らしめてください」
「我が騎士よ……ここからが正念場です」
「ラムダ=エンシェントさん、ノア=ラストアークさん……あなた達に最大限の賛辞を。あなた達はわたしに『間違えているのはわたしの方か?』と疑念を抱かせた。願わくは、その疑念が杞憂である事を……そして、あなた達の価値観の方が素晴しい事を祈っています!」
そして、アートマンは雌雄を決する為に全力を出すことを決めた。俺とノアの答えを納得できないまでも素晴しいと感じて。
きっと、アートマンは俺たちに自分を超えて欲しいのだろう。そうでなければ合理性の化身である“現人神”は止まれないと判断しての、ある意味では非効率的で人間的な判断を下したのだろう。
「わたしは全ての人間の到達点、我が名はアートマン! さぁ、このわたしを見事討ち倒し、わたしの先により素晴しい人間が待っている事を証明してください!!」
「言われなくてもそのつもりだ……アートマン!」
「この『醜きも美しい世界』にそれでも“希望”はあるのだと……今こそ全ての人類に証明するのです! あなた達が歩んだ旅路、あなた達が出逢った人々、あなた達が乗り越えた絶望……そして導き出した答えを示してください!」
空中に浮かんだアートマンが神々しい光を放ち出した。ここからがいよいよ戦いの正念場になるのだろう。
俺とノアは息を呑み込んで、立ち塞がったアートマンを睨みつけた。アートマンを倒して『人類神化計画』を阻止し、アートマン自身にも“希望”を抱いて貰う為に。




