第1008話:証明 -Proof-
「ヴェーダさん、立てますか? 手を掴んで」
「あ、ありがとうございます……ラムダさん」
――――教皇ヴェーダを下した後、俺は彼女が隠していた女神アーカーシャの“核”を魔剣で斬り裂いて破壊した。教皇ヴェーダの心象世界では確認は取れないが、これで決着は付いたと思う。
俺は手を掴んで教皇ヴェーダを起こしながら周囲を見渡した。周囲は最初に訪れた時と同じ青空と一面の湖面の風景に戻っていた。
「ご迷惑をお掛けして申し訳ございません……ラムダさん。命懸けでわたくしを説得して頂き…………」
「我を通したのは俺の方です……すみません」
「…………アーカーシャ様の意識を顕現させる為のアーティファクトを破壊した以上、もうあの御方は地上から退去せざるを得ない。アーカーシャ教団も瓦解ですね……」
「そうなりますね……すみません」
「信徒や聖堂騎士団はわたくしがなんとか纏めます。これからの世界や人々の事はあなた達にお任せしますね、ラストアーク騎士団さん」
女神アーカーシャが倒された以上、教皇ヴェーダも素直に負けを認めたのか事後処理に渋々だが協力する気になっていた。
唯一無二だと思われた“神”が倒され、新たに“神”を名乗る者が顕れたのだ。これから世界は大きく荒れるだろう、そんな予感を俺も教皇ヴェーダも感じ取っていたからだ。
「ところで……どうやって地上に戻るンすか?」
「え? さ、さぁ……わたくしに問われても?」
その為にも地上に戻る必要があったのだが……風景はいまだに教皇ヴェーダの心象風景のままだった。俺も教皇ヴェーダも首を傾げて困惑している。
女神アーカーシャの“核”を壊せば、彼女が用いたアーティファクト『マハー・デーヴァ』は制御を失って巨神アーカーシャは消滅するのだと思っていたが、どうやら当ては外れたらしい。
「えっ……どうしよう? お~い、我が王〜! 助けてくださ〜い!! 俺たち地上に帰りたいんですけど〜!!」
「帰還する事を考えてなかったのですか?」
「か、考えてなかったですね……ア、アハハ。ちょ、ノアさん……ノア様! 助けて〜!! ホープでもグラトニスでもいいから返事して〜!! ヴェーダさん、これあなたの心象風景を再現した魔法なんですよね?」
「ええ、しかし……なぜか解除されなくて」
「どうなってるんだ……もうアーカーシャの意識は地上には残っていない筈なのに? まさか……まだアーカーシャの意識を繋ぐアーティファクトが隠されていたって言うのか? じゃないと説明が……」
女神アーカーシャと同じ規格外のサイズに変身していたノアに呼び掛けても、耳に装着した通信装置から戦艦ラストアークの艦橋に繋ごうとしても返事が無い。
教皇ヴェーダも自身が創った心象世界の魔法を解除しようと試みていたが、周囲の風景には何ら変化は起きようとはしていなかった。
「ご安心ください、おふたり共……これはわたしがヴェーダ=シャーンティさんの心象結界に自分の領域を上書きしているだけですので……」
その時だった、不意にその声が響き渡ったのは。男性とも女性とも個別がつかないような中性的な、聴く者の心を解すような穏やかな声質。
それを俺と教皇ヴェーダが認識した瞬間、一面の青空と湖面だけだった風景に変化が生じた。青空の一点に眩く輝く太陽が出現し、その太陽に続くような真っ白な白亜の巨大階段が唐突に姿を現したのだ。
「これは……わたくしの結界が書き換わって!?」
天まで続く大階段はまるで“神”の神殿へと続くような荘厳さを放っている。そして、その階段から一柱の“神”がゆっくりと降りてきていた。
白き衣を纏った神秘的な人物。男女の区別はつかず、その姿は誰もが見惚れる。何一つの欠落も無く生み落とされた『完全』を具現化した“現人神”。
「アートマンさん……!」
「アートマン様……なぜ此処に!?」
その名はアートマン。女神アーカーシャがこの世界に生み落とした次代の“神”を継ぐ存在。
アートマンは階段を一歩ずつ丁寧に踏みしだきながら、俺と教皇ヴェーダに穏やかな微笑みを向けていた。
「ラムダ=エンシェントさん……あなたの主張、全て拝見させて頂きました。素晴らしき人間讃歌、我が母をも凌駕する人間の意志……どうやら、あなたはわたしと対話をする資格を得たようですね」
「…………っ!」
「ラムダ=エンシェントさん……あなたを当代の人類の“代表”と認めます。そして、どうかわたしと語らいましょう……次代の『人間』に必要な“進化”を。このわたしとノア=ラストアークさん……どちらが世界に奉仕する“神”に相応しいかを」
アートマンの目的は女神アーカーシャに代わる新たな“神”となり、人類全てを自分自身として救済する『人類神化計画』を実行する事だ。
だが、ノアが女神アーカーシャを打倒して新たな“神”に名乗りを上げてしまった。故にアートマンとノアは対峙せざるを得ないのだろう。
「最初から……こうなる事を予期していたのですか?」
「ええ、まぁ……故に静観を貫きました。あなたとノア=ラストアークさんには『人間』と『神』の極致に至って欲しかったので……」
「それはあなたが両方の極致だからですか?」
「ええ、その通りです。わたしとあなた達はそれぞれ、別々の『人間』と『神』の在り方を見出した。そして、人類に必要なのは果たしてどちらの目指す世界なのか……それをはっきりとさせたいのです」
「なら……我が王を呼んで貰えますか?」
「ええ、無論です……すでにノア=ラストアークさんも我が心象世界にお招きしています。もうじき来ると思いますよ……ほら、来ました」
「ぎゃーーっ!? 誰か受け止めてください〜!」
アートマンは俺とノアとの対話を望んでいる。だからだろうか、アートマンはノアをこの場に招き寄せ、そのノアは悲鳴を上げながら上空から落下してきた。
真上から降ってきたノアを俺はそのまま受け止めた。どうやらアートマンは最初から俺にノアを抱きかかえさせるつもりだったようだ。ノアをキャッチした俺をアートマンは笑みを浮かべて見つめている。
「こ、ここは何処でしょうか……まさか天国ですか? ハッ、ラムダさんご無事でしたか! ヴェーダさんも生きて……って、アートマンさん!?」
「お待ちしていました……女神ノアよ」
「私を女神と言いますか? …………いや〜、照れちゃいますね〜♡ たしかに私は女神級に可愛くて超絶美少女ですが……そんなにハッキリと事実を言われても困りますよ〜♡」
「浮かれてる場合か……」
「と、まぁ冗談はさておき……私を此処に呼んだと言うことは、私たちはあなたと対話する資格を得たという認識で良いですね、アートマンさん?」
「急にシリアスになるなよ……反応が追いつかねぇ」
「ええ、その通りですよ、ノア=ラストアークさん。わたしはあなたとの対話を望みます……果たして、真に次代の“神”に相応しいのはどちらなのかを」
ノアはアートマンの姿を見て、すぐに自分が何を求められているかを察した。ノア=ラストアーク、そしてアートマン、女神アーカーシャを継ぐ“神”として人類を導くのは果たしてどちらなのかを。
「ヴェーダ=シャーンティさん、ラムダ=エンシェントさんの傷を魔法で治癒してあげてください。わたしは完璧な状態の彼と対話したい……お願いできますか?」
「は、はい……仰せのままに」
「さぁ、ラムダ=エンシェントさん、そしてノア=ラストアークさん……語らいましょう。今日、この世界に新たな神が生まれ落ちた。それはわたしなのかあなたなのか……人間とは果たして如何なる存在なのかを……わたしに証明してください」
これから始まるのは『神』と『人間』とは如何なる存在なのかを証明する戦い。人類の“未来”を決定する大一番だ。
アートマンは微笑む、この『神が生まれ落ちる日』の行く末に期待を膨らませ、来たるべき人類の“進化”を観測する為に。




