第1006話:VS.【大聖女】ヴェーダ=シャーンティ⑤/まだ赦されるというのなら
「熱っ!? 身体が灼ける……!?」
――――教皇ヴェーダが召喚した“星ノ瞳”と呼ばれた“遺物”は周囲一帯を照らし始めた。
その瞬間、身体が灼けるように痛み始めた。俺の身体だけではない、周囲の建築物や地面までもが熱され始めていた。
「これぞわたくしの“切り札”! あらゆる不浄を灼き祓う聖なる輝き! あなたも、この醜き世界も……全てを我が威光で消して差し上げますわ!!」
教皇ヴェーダが『不浄』だと感じたものを灼き祓う“光”、それが彼女が使役した“遺物”の効力だった。
光を浴びているだけで身体が灼けていく、急いで物陰に避難しろと本能が警告を鳴らしている。このまま突っ立っていては光に灼かれて死んでしまうだろう。
「くっ……わたくしは……わたくしはァ……!!」
しかし、不浄を灼く光は教皇ヴェーダ自身も灼き始めていた。おそらくは教皇ヴェーダは自分自身も不浄だと認識しているのだろう。
教皇ヴェーダは灼けていく苦痛に悶えながら“遺物”を稼働させていた。そのままだと自分自身すら死ぬと理解していながら。
「やめろ、ヴェーダ! あんたも死ぬぞ!」
「それで構いません……次代の“神”であらせられるアートマン様の世界の礎になれるなら本望です。そして、本気でわたくしを救うと豪語するならば……命懸けでわたくしを止めるのですね」
「この……分からず屋が!」
俺が臆して逃げれば教皇ヴェーダは自滅する。そして、制御の利かなくなった“星ノ瞳”は俺もろとも全てを消し炭にするだろう。
その前に教皇ヴェーダを倒す必要があり、彼女は『止めてみろ』と不敵に笑みを浮かべていた。
「なら……望み通りにしてやる! 俺は逃げない、決して諦めない! 我が騎士道に賭けて……あんたを生きて連れ帰る、ヴェーダ=シャーンティ!!」
「…………っ!? 逃げないのですか……!?」
「あんたを見殺しにしたら……カプリコーンさんが悲しむからな。あんたにはまだ、あんたを想ってくれる人がいるんだ……だから生きろ、死ぬんじゃねぇ!!」
それに対して、俺も逃げずに立ち向かう覚悟を決めた。堂々と身体を曝し、浄化の光に灼かれながらも、俺が教皇ヴェーダを真っ直ぐに見つめた。
俺の反応が予想外だったのか、教皇ヴェーダは困惑の表情を浮かべている。敵対している相手が『あなたを救う』と言って、自身の傷などお構いなしに立ち向かおうとするとは思ってなかったのだろう。
「そこで待ってろ……すぐにその星をぶっ壊す!」
「くっ……こ、こないで! こっちに来ないで!」
魔剣を強く握りしめて、俺は教皇ヴェーダに向かって走り出した。距離は僅か十メートル、瞬きの間に距離を詰めれる。
俺が走り出した瞬間、教皇ヴェーダは怯えた表情をした。そして、魔杖を俺に向けて魔法を発動し、頭上に召喚した“星ノ瞳”から強力なレーザーを撃ち出してきた。
「ヴェーダさん、俺の話を聞いてくれ!!」
レーザーを魔剣で受け止めた瞬間、足が止まった。放たれたレーザーがあまりにも威力が高かったからだ。
身体が押し戻され、魔剣に弾かれて霧散した光の粒子が俺の身体を燃やしていく。その地獄のような状態の中で、俺は教皇ヴェーダに向かって叫び続けた。
「あなたは一所懸命に頑張った……それは間違っていない! だけど、世界はもっと良くできる筈だ! お願いだ、ヴェーダさん……時計の針を止めないで!!」
「わ、わたくしは……世界の為に……!」
「俺たちは明日が欲しいんだ!! 無難な今日じゃない……もっと輝かしい明日が欲しいんだ!! だから、だから……手を貸してください!! 俺たちが絶対に作ってみせます……みんなが手を取り合って笑いあえる『美しい世界』を!!」
「そんな幻想にわたくしは……」
「すぐには無理かも知れない、俺たちの代では成し遂げられないかも知れない……けど、一歩でも前進しなきゃ何も変わらない! それでも、苦しくても、辛くても……一歩を踏み出さなきゃ世界は変わらないんだ!!」
一歩、また一歩、レーザーを押し返しながら進んでいく。ナノマシンによる自己修復が追いつかない、少しずつ身体が灼かれていく。
それでも歩むことを止めなかった。
逃げればそこまでだ、と自分を鼓舞した。
教皇ヴェーダはもう限界なのか両膝をついてその場に倒れそうになっていた。辛うじて魔杖で身体を支えている状態で、意識も混濁し始めている。もう時間の猶予は残されていない。
「だから俺は歩み続ける……何があっても!!」
「――――っ!? 防御を……止めた……!」
俺は最後の賭けに打って出た。魔剣での防御を止めて、魔剣の柄を握るように持ち替えて、切っ先を“星ノ瞳”へと向けた。
その瞬間、レーザーが俺の身体を貫いた。
超高温の熱線が身体を内側から灼いていいく。
持って数秒、その間に決着を着けないと俺の身体は消失してしまう。それでも俺は一歩も退かず、教皇ヴェーダの頭上で輝く“星ノ瞳”に狙いを定めた。
「あなたは……本気でわたくしを……!?」
その姿を見た教皇ヴェーダの表情から“敵意”は消えた。どんなに拒絶しても一歩も逃げない、決して諦めないとんでもない馬鹿に彼女は動揺を隠せないでいた。
教皇ヴェーダが抵抗を止めた瞬間、“星ノ瞳”の出力が僅かに弱まった。その瞬間を、訪れた最後の好機を逃さずに、俺は魔剣を撃ち出す準備を整えた。
そして、光が一層弱まった瞬間――――
「黄昏を斬り裂け、ラグナロク! いっけーーッ!!」
――――俺は魔剣を“星ノ瞳”目掛けて撃ち出した。
撃ち出された魔剣は浄化の光を斬り裂きながら飛翔して、“星ノ瞳”を一閃の元に貫いた。魔剣は光を貫通していき、空けられた“星ノ瞳”の風穴からは光の粒子が漏れ出していた。
同時に俺の身体を灼いていたレーザーは消え去り、周囲一帯を灼いていた光も止んだ。それと同時に俺はボロボロの身体を引きずって教皇ヴェーダの元に歩き出す。
「わたくしは……」
身体が重い、ほんの十メートルが長く感じる。もう走る気力も体力も残っていなかった。それでも諦めずに俺は教皇ヴェーダの元に歩き続けた。
教皇ヴェーダはその場に蹲って呆然としている。もう抵抗する体力は無いのだろう。彼女は目に涙を浮かべながら、近付いてくる俺を見ていた。
「わたくしは……大義の為だと大勢を見殺しにしました。王都シェルス・ポエナも、そこに住む人々も……罪深い、赦されません」
「今からでも償えるさ……俺が手を貸すよ」
「こんな世界を救うことに……なんの価値があると言うのですか? 教えてください……あなたはなんの為に戦うのですか?」
「俺が愛する全ての人を護る為に……」
「まだ愛する価値のある美しいものが……世界に残っていると本気で信じているのですか? なら……あなたの中ではそうなのかもしれませんね。わたくしはきっと……愚かだったのですね」
教皇ヴェーダは観念したのか、目の前に立った俺に頭を垂れて自身の感情を吐露した。
何もかも諦めた『舞台装置』になった教皇ヴェーダは、そんな自分を自虐して嗤っていた。そんな彼女を見つめながら、俺は右手に魔力を纏わせて手刀を構えた。
「教えてください……わたくしは、まだ……」
教皇ヴェーダは弱々しく言葉を振り絞った。そんな彼女の姿を、俺は手刀を振り上げながら黙って見ていた。
そして、教皇ヴェーダが顔を上げると同時に――――
「まだ……“希望”を抱いても良いのですか?」
「もちろん、俺があなたの“希望”になります」
――――俺は手刀を振り下ろし、教皇ヴェーダが差し出した魔導書を真っ二つに切断して戦いに決着を着けたのだった。
魔導書を破壊し、教皇ヴェーダが敗北を認めた瞬間、暗雲は晴れて彼女の心象風景に晴天が訪れた。まるで世界が“希望”を取り戻したように。
その戦いの決着を、美しく咲く一輪の白い花だけがただ静かに見届けていたのだった。




