第1005話:VS.【大聖女】ヴェーダ=シャーンティ④/大聖女の誇り
「うっ……この! よくもわたくしの顔を!」
「そうだ、怒れ! もっと感情を滾らせろ!!」
――――顔面を殴られた教皇ヴェーダは口から血を流しながら数歩仰け反った。綺麗に整った顔を殴られたからか、首に青筋を浮かべて苛立った表情をしている。
右足で強く地面を踏んで体勢を整え、手にした魔杖を強く握りながら教皇ヴェーダは俺を睨みつけた。それに対して俺は挑発を繰り返し、再度教皇ヴェーダの心をかき乱していく。
「礼儀を弁えなさい、無礼者!」
「礼儀正しくてもあんたは救えないだろ?」
教皇ヴェーダが握る魔杖の先端からは魔力で構築された刃が伸び、教皇ヴェーダはその魔杖を俺の首めがけて振ってきた。
対する俺はその場で素早く屈み込んで攻撃を回避した。すぐ真上を魔杖が通過し、魔力の刃が空を裂きつつ軌跡を残す。
「ウォォォッ!!」
「――――くっ!?」
そのまま俺は勢いよく跳び上がりつつ右脚を思いっ切り振り上げて、教皇ヴェーダの顎目掛けて蹴りを放った。
反撃に気が付いた教皇ヴェーダは空振りした魔杖をそのまま自身の背後に突き立て、その魔杖を柱に見立てて腕を引いて自分の身体を無理やり動かした。
「逃がすか、魔力放出……“光刃脚”!!」
「右脚に光刃を纏わせて……!?」
蹴りを躱された俺は振り上げた右足をピーンと伸ばし、右脚全体を魔力で構築した光刃で覆った。
そのまま教皇ヴェーダ目掛けて右脚を振り下ろして攻撃、対する教皇ヴェーダは若干の焦りこそ見せたものの、冷静に魔導書をなぞり盾の“遺物”を召喚して攻撃を防いでみせた。
(ヴェーダが“遺物”を呼び出すには、手にしたあの魔導書から呼び出す必要がある。あの魔導書さえ破壊してしまえば……)
攻撃こそ受け止められたものの、俺はそのまま盾を踏み台にして再度跳躍し、教皇ヴェーダの頭上を飛び越えながら次の一手を考える。
教皇ヴェーダは手に入れた“遺物”を使用するのに魔導書を用いている。おそらくは“遺物”を魔導書に収納し、必要に応じて取り出しているのだろう。
(相手があとどれだけの“遺物”を保有しているかも未知数だ。ヴェーダが出してくる“遺物”を一つひとつ破壊しながら、あの魔導書をピンポイントで撃ち抜くしかない……!!)
着地しつつ右手に握った可変銃を教皇ヴェーダに向ける。銃撃されることを考慮していたのか、教皇ヴェーダはすでに盾を俺の方向に向けて防御態勢をとっていた。
だが、俺はそのまま引き金を引いて魔弾を撃ち出した。次の瞬間、盾は魔弾を受け止めて反射の兆候を見せ始めた。
「このままお返しして差し上げます……!!」
「遠慮するな……おかわりも持ってけ!!」
魔弾が盾に反射されて打ち返される、その直前に俺は引き金をさらに引いて魔弾を数発撃ち込んだ。
すると反射されようとしていた魔弾は追加の銃撃に圧されて反射されずに盾の表面に張り付いたままになってしまった。そのまま追加された魔弾が最初の一発を圧迫していく。
そして、魔弾が完全に押し潰された瞬間――――
「まさか、盾の反射を無理やり……きゃあッ!?」
――――魔弾が爆発して、その衝撃で盾が砕けた。
反射を力技で抑え込まれることを想定していなかったのだろうか、盾は爆発の衝撃に耐えられずに砕け、教皇ヴェーダは砕けた盾の破片を喰らって吹き飛んだ。
俺はすかさずに可変銃で教皇ヴェーダに狙いを定める。魔導書狙いだと悟られないように、引き金を引く直前で狙いを変えようと思いながら。
「この……わたくしを甘く見ないで!!」
しかし、吹き飛びながらも教皇ヴェーダは反撃の体勢を取り、魔導書からボウガンの“遺物”を召喚して腕に装備した。
吹き飛んで背中から地面に倒れながらも教皇ヴェーダはボウガンから矢を発射、俺が手にしていた可変銃を精確に射抜いて手から弾き飛ばした。
「しまっ……!?」
「わたくしはまだ……はぁ、はぁ……!」
教皇ヴェーダが俺が怯んだ一瞬の隙をついて起き上がっていた。純白の法衣は泥塗れになって汚れ、教皇ヴェーダ自身も少しだけ息遣いが荒くなり始めていた。
(教皇ヴェーダの息が上がってきている……ノアとの戦いで受けたダメージと、連続した“遺物”の召喚に体力と魔力を相当に持っていかれているな……)
教皇ヴェーダ自身、常人とは比較にならない量の魔力を保有している筈だ。だけど、無限にエネルギーを生成し続ける俺の心臓には及ばない筈だ。
(長期戦になればヴェーダが不利になる……そう彼女自身に思い至らせれば、ヴェーダは短期決着を着ける為に“切り札”を取り出す筈だ。狙い目はそこか……)
長期戦になれば教皇ヴェーダが不利になっていくだろう。そう判断すれば短期決着に持ち込む為に勝負を仕掛ける可能性がある。
俺はその可能性に賭け、教皇ヴェーダが出した“切り札”を打ち破るか、その隙を突くことを決めた。
「どうした……息が上がってきているぜ? 大聖堂でぬるま湯に浸かってたせいで体力が落ちてるんじゃねぇか、ヴェーダさんよ?」
「だ、黙りなさい……!」
「俺はまだまだ戦えるぜ! なんて言ったって、俺の心臓は無限の魔力を与えてくれるアーティファクトだからな! テメェはどうだ、まだ戦えるのか?」
まだ戦えると俺がアピールした瞬間、教皇ヴェーダの表情が険しくなった。どうやら俺の狙い通り、徐々に余力の差が出始めていることを痛感したようだ。
おそらく、彼女はいま迷っているのだろう。このまま勝負を長引かせて不利に陥るか、一か八かの勝負に挑むべきかを。
「わ、わたくしは……わたくしにだって誇りがあるのです!! あなたのような混沌を求める人間なんかに……わたくしが護ってきた平和を乱されてたまるもんですか!!」
「なら……俺を倒してみな、聖女様よ……!」
「言われずとも……あなたごとき、アーカーシャ様でなくともわたくしが粛清してみせます! 出でよ、聖なる遺物よ……“星ノ瞳”!!」
そして、自らの感情を爆発させた教皇ヴェーダは遂に“切り札”を使う覚悟を決めた。魔導書のページをめくり、その“遺物”が眠ってあるであろうページを開いた。
次の瞬間、雨が止んだ。
単純に降り止んだのではない、凄まじい熱射によって水分が一気に蒸発したのだ。そして、薄暗い空間を照らすように、教皇ヴェーダの頭上に小さな“星”が出現する。
「これぞアーカーシャ様がわたくしに賜ってくださった、わたくし専用の“遺物”!! その名を“星ノ瞳”……昏き世界を照らす救済の光!!」
「…………ッ」
「これであなたを粛清します、ラムダ=エンシェント! わたくしの威光の前に屈し、この醜き世界の前に沈みなさい!!」
それは“星ノ瞳”と呼ばれる教皇ヴェーダ専用の“遺物”。昏き夜を照らす太陽のような輝きを放つ光だった。
そして、その“遺物”から光が発せられた瞬間、教皇ヴェーダの心象風景全域が眩い光に包まれ出したのだった。




