第972話:揺らぐ信仰
「アーティファクト転送、武装NO.Ξ:アイアンナックル“ユミル”!! くっらえーッ――――“豪腕飛翔ギガント・ナッーークル”!!」
――――法廷で繰り広げられる“創造主”と“創造神”の激突、最初に仕掛けたのはノアの方だった。
左腕部に巨大な“拳”型のアーティファクトを装備し、ノアは女神アーカーシャに向けてロケットパンチを発射した。全長1メートル程の巨大な鋼鉄製の拳が炎を噴き出しながら分離して射出されいく。
「――――ッ! その程度のコケ威しなど!」
それに対して女神アーカーシャは手にした魔杖による迎撃を試みる。魔杖全体に魔力を流し込み、魔杖をくるくると回転させながら、女神アーカーシャは詠唱を開始し始めた。
「女神アーカーシャの名に於いて、“加護”の発動を許可します。神の光よ、悪意ある攻撃から清廉たる乙女を護れ――――“守護聖域”!!」
「――――のあっ!? 防がれた!?」
「この世界の人類はアーティファクトに頼らずとも戦うことが可能、悪意ある兵器を持たねば猛獣すら狩れぬ弱き古代文明人とは出来が違うのですよ、ラストアークお母様」
そして、女神アーカーシャが詠唱と共に魔杖で地面を鳴らした瞬間、彼女を護るように白く輝く結界が発動してノアの鉄拳を受け止めたのだった。
結界に阻まれた鉄拳は炎を噴射してなんとか結界を突破しようとしているが、ガタガタと音を立てて震えるだけで結界はビクともしなかった。
「古代文明人は身に余る兵器を造り出した……その結果が滅亡です。たしかに、その引き金を引いたのは私ですが……彼等を殺したのは自分たちが造った兵器です」
「だから何……自業自得だとでも言うの?」
「ええそうです、自業自得です。彼等は悪意ある兵器を造ったが故に滅びたのです。そして、そんな愚かな人類に造られた“人形”であるお母様も……同様に滅びるべき存在なのです」
女神アーカーシャが魔杖で床を打ち鳴らした瞬間、結界が勢いよく弾け、ノアが放った鉄拳は吹き飛ばされた。吹き飛んで壁にめり込んだ鉄拳はそのまま動かなくなってしまった。
「では……愚かな私に造られた貴女もまた滅びるべき存在です、アーカーシャ。古代文明を滅ぼした貴女には、この世界を統べる資格はありません!」
「ふっ……貴女の許可などすでに要りません! 私こそがこの世界の“理”! 私こそがこの世界の“象徴”! 今さら私が『間違ってました』などと言える筈がありません! 天の息吹よ降り注げ、荒ぶる大地を鎮めさない――――“神の息吹”!!」
「――――ッ!? これは……きゃあ!?」
「圧縮した大気で相手を圧し潰す最上位の魔法です! その玩具みたいな装甲ごと捻り潰して差し上げます……ラストアークお母様!!」
そのまま女神アーカーシャはノアに対して反撃を実行。彼女が魔杖を一振りした瞬間、ノアの頭上に魔法陣が出現し、そこから強烈な大気の叩きつけがノアに襲い掛かった。
「ぐっ……圧し潰される……!?」
凄まじい空気の圧力がのしかかり、ノアはその場に片膝をついてしまう。重力が一気に何倍にも跳ね上がったような圧力がノアに襲い掛かったからだ。
幸い、“天墜装甲”の強靭な装甲のおかげでノアは一息で圧し潰されること自体は防いだ。しかし、か弱い身体であるノアにとっては、いかに軽減されたとは言え暴風による圧殺は堪えるものがあった。
「これしきで……倒れませんんん!!」
「はぁ……はぁ……しつこいですね」
それでもノアは装甲を駆動させ、頭上から降り注ぐ風圧を押し返しつつ立ち上がろうとしていた。それを女神アーカーシャは息を切らし、肩で息をしながら見つめていた。
女神アーカーシャは追撃を試みたが出来なかった。
何故か“器”が思うように動かなかったからだ。
目の前でノアが抵抗をしているのに女神アーカーシャは追撃することが出来ず、代わりに自身に起こった、依り代になっている教皇ヴェーダの異変に対して意識を優先的に割かねばならなかった。
(なぜ……なぜヴェーダ=シャーンティとのシンクロ率が低下している? 肉体の劣化は我が権能で抑え込んでいる……肉体が摩耗する事などあり得ない筈なのに……)
女神アーカーシャは教皇ヴェーダの肉体を十分に扱えていない状態だった。まるで着ぐるみを着て動いているような違和感、動きにくさが彼女を襲っていた。
身体を動かすにも、魔法を発動させるにも、本来の想定の何倍ものコストが掛かってしまう。これまでは通常通りに運用できていた教皇ヴェーダの突然の異変に、女神アーカーシャは原因追求の為の思考を巡らせる。
(まさか……先ほどの裁判で私の“無謬性”が崩されたから、ヴェーダ=シャーンティの私への信仰が揺らいだから!? 私への僅かな“不信感”が……シンクロ率の低下を招いている!?)
そして、女神アーカーシャはある“疑惑”に辿り着いてしまった。それは依り代である教皇ヴェーダが女神アーカーシャに不信感を抱いてしまったという疑惑だ。
大法廷で繰り広げられた裁判にて、女神アーカーシャはノアとトネリコにとって『古代文明を悪意を持って滅亡させた』ことを告発された。そして、女神アーカーシャはその事実を認めてしまった。
(私の絶対性が崩れれば……ヴェーダ=シャーンティの教皇としての立場、これまでの教団の行為にまで疑念が広がってしまう。疑ってしまったというの……“神”を?)
その結果、教皇ヴェーダは女神アーカーシャの“無謬性”を疑ってしまい、それが二人のシンクロ率の低下、女神アーカーシャの弱体化を招いてしまっていた。
教皇ヴェーダの『本当にアーカーシャ様に従って良いのか?』と言う僅かな疑念が、女神アーカーシャに負担を強いる結果になってしまっていた。
(ラストアークお母様、まさかそこまで考えて……いや、いませんね。これは完全に想定外の事象……)
完全に女神アーカーシャの想定外の出来事だった。彼女は教皇ヴェーダの“信仰”は何があっても揺らがないと考えていた。
だが、実際は違った。
教皇ヴェーダにとって、女神アーカーシャとは『絶対なる存在』でなければならなかったのだ。その絶対性がノアの告発によって崩された瞬間、教皇ヴェーダの“信仰”が揺らいでしまったのだ。
(なんとか対処をしなければ……一時的にヴェーダ=シャーンティの精神を凍結し、“器”の制御を私の完全管理下に置くべきか? しかし、それではヴェーダ=シャーンティの疑念を強くしてしまうだけ……くっ、大聖女候補だったティオ=インヴィーズの失踪がここにきて影響してくるとは……)
女神アーカーシャは“器”の弱体化を解く為の対処に追われる羽目になってしまった。このままでは自身の権能を十全に扱うことが出来なくなるからだ。
「なにを余所見しているのです……アーカーシャ!」
「――――ッ! ラストアークお母様、しまった!?」
だからか、女神アーカーシャはほんの一瞬だけ、ノアから意識を逸らしてしまった。そして、その間にノアは“神の息吹”を押し返して完全に立ち上がっていた。
立ち上がったノアは右腕をパンチを繰り出すように突き出した。その瞬間、ついさっき女神アーカーシャが結界で防いだ筈の鉄拳が再点火して起動し、再び女神アーカーシャ目掛けて飛翔を開始したのだった。
そして、女神アーカーシャが反応するよりも疾く――――
「私を無視するとはいい度胸ですね……おらーっ!」
「加護の発動を……くっ、間に合わ……があっ!?」
――――ノアの鉄拳が女神アーカーシャに直撃したのだった。