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第969話:“Sacrifice”


「なんなの、この山羊頭……ぐうッ!?」

「抵抗しちゃ駄目よ〜、ルチアちゃん♡」



 ――――突如現れたバフォメットによる奇襲を受け、ルチアは首を絞められて拘束されてしまった。

 バフォメットは首を掴んでルチアを宙吊りにしている。首を絞める握力が強いのか、ルチアは手足をジタバタさせてもがき苦しんでいた。



「カプリコーン……なにをしているのですか!」


「あら〜、邪魔されて怒っちゃったの、リヒターちゃん? うふふ、せっかく助けに来てあげたのに酷いわ〜。あたしが来なかったら、あんた自分の娘に殺されていたわよぉ」


「法廷に居るはずでは……」


「ちょっと法廷でトラブルがあってね……あたしもサジタリウスとレディ・キルマリアにいっぱい食わされちゃった。で、あらかじめ派遣しておいたバフォメットちゃんとあたしを()()()()()サジタリウスちゃんたちを出し抜いて来たわけ♡」


「ぐっ、苦しい……息が……あぁッ!?」



 拘束から逃れゆっくりと立ち上がった審問官ヘキサグラムの目の前で、バフォメットはその姿を術者であるカプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)へと変えた。

 本来、カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)は大法廷でウィルたちと交戦して倒された筈だった。しかし、カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)は事前にバフォメットを一体逃がしており、そのバフォメットと自分を入れ替える術式を行使してウィルたちを欺いていたのだ。



「なぜ、その子を捕らえるのですか……」


「この子は聖女ティオ=インヴィーズの娘……つまりはアーカーシャ様の“器”の資格者よ。あたしが探していたヴェーダちゃん以上の適性を持つ人柱ひとばしら……その子ども」


「あっ……ぐぅぅ……!」


「リヒターちゃん、あなたお手柄よぉ♡ あなたがティオちゃんとの間に子ども作ってくれたおかげで……ティオちゃんの“代替品スペア”が手に入った。これであたしの悲願が果たされる……うふふ、あははははは!」


「悲願……なんの話ですか、カプリコーン……」



 ルチアは必死に抵抗を試みるも、抵抗を感じ取った瞬間にカプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)は握力を強めてルチアの首を圧迫していた。

 その度にルチアは掠れるようなうめき声をあげて抵抗の意志を削がれていた。その光景を、審問官ヘキサグラムはなんとも言えない表情で見つめていた。



「あたしはねぇ……ヴェーダちゃんを解放したいの。アーカーシャ様の“器”という使命から。でも、その為には新しい“器”をアーカーシャ様に献上しなければならないのよ」


「…………」


「三〇〇年前、あたしは森林に隠れ住んでいた幼いエルフ族の少女を“保護”したわ。“虐殺聖女”トリニティによって壊滅させられたエルフ族の里から逃げのびた朱い髪の少女をね……」


「…………ッ!? まさか、あなたが……!?」


「そうよ……ティオちゃんを教団で保護したのはあたし♡ ティオちゃんなら大聖女になれるって“女の勘”で確信してね。そして、あたしはあの子を引き取ったわ……()()()()()()()()()()()♡」



 なぜルチアを狙うのかという審問官ヘキサグラムの疑問に、カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)は答えた。元々、聖女ティオを見出したのは自分であり、その為に当時まだ幼かったティオ=インヴィーズを保護したのだと。

 その目的は女神アーカーシャの新たな依り代を献上し、現在の“器”である教皇ヴェーダ=シャーンティを解放する事だった。その事実を聞いた瞬間、ルチアは眼を見開いてカプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)を睨みつけた。



「あっ……あんたがママを……ぐぅぅ!?」


「ティオちゃんだって……あのまま貧相な放浪の旅を続けるよりも、大聖堂で裕福な暮らしをしていた方が幸せだったでしょう。あたしは人助けをしたのよ……それだけは本心」


「ママを……生贄にするつもりだったくせに……」


「それは正当な“対価”よ……それにぃ、生贄なんて言い方、アーカーシャ様に失礼よ。大いなる“神”の依り代になれるなんて奇跡だと思わない……これは幸福な事よ」


「だったら……あのヴェーダとかいう女で良いでしょ」


「そうもいかないわ……だって、ヴェーダちゃんの身体には()()()()()()()()()()()。はやく新しい“器”を見つけねば、ヴェーダちゃんは壊れてしまう」


「だからってあたしを……ぐぅぅ!?」


「喜びなさい……あなたのような穢れた女でも、アーカーシャ様の“器”になれる。まぁ、まずは身体を綺麗にするところから始めないと駄目だけどね♡」



 教皇ヴェーダは長きに渡り女神アーカーシャの“器”としての役割をこなしてきた。しかし、その活動には『ヴェーダ自身の肉体の限界』という終わりが見えていた。

 そこでカプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)は次の“器”の候補としてティオ=インヴィーズに目を付け、そして聖女ティオ亡きあと、その娘であるルチアを選んだのだ。



「ルチアちゃん……あなた“神”になってみない? そうしたら、今までの苦痛から解放されるわよ♡ あなたの全てがアーカーシャ様の所有物になる……素敵ね、羨ましいわ♡」


「ふ、ふざけんな……このカマホモ野郎……!」


「ほんっと……口汚い子ねぇ。どんなクソみたいな環境で過ごしたら、こぉんな野蛮な子に育つのかしら? ねぇ、そう思うでしょ……リヒターちゃん?」


「…………」


「けど……アーカーシャの“器”になれば、ルチアちゃんの性格の悪さも矯正されるわ。心配しなくて大丈夫……きっと素直で従順な子に生まれ変われるわ♡」


「い、いや、やめて……あたしはラムダ卿と……」


「はぁ……まだそんなこと言ってんの? あなたはラムダちゃんの愛人にしかなれないわ……添い遂げられない。ラムダちゃんは良い子よ、あなたは彼の優しさに甘えているだけ……自分は卑しい女だと思わないの?」



 女神アーカーシャの“器”になるか、ラムダ=エンシェントの“()()()()()()”になるか、それがルチアに迫られた選択肢だった。

 それでもルチアはラムダの事を選ぼうとした。だが、カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)はそんなルチアを『卑しい女』だと窘めた。



「あなたの素行の悪さは知っている……色んな男に媚びて股を開いたビッチ。どうせラムダちゃんだって色仕掛けで誘惑したんでしょ?」


「うっ……違う、あたしは……」


「あなたは男に寄生する寄生虫よ。あなたはラムダちゃんに取り憑いて、あの子から『愛情』を搾取している……まさしく“魔女”に相応しい所業ね」


「違う……あたしはラムダ卿を本気で……」


「認めなさい……あなたは、ルチア=ヘキサグラムはただの悪女だって。だからリヒターちゃんはあなたを見捨てたのよ……あなたは堕落して堕ちた。ただの強欲で卑しい女……」


「違う、あたしは……あたしは……!!」


「けど、そんなあなたにも価値はある……それがアーカーシャ様の“器”になる事よ。さぁ、自分を捨てなさい……アーカーシャ様に自分の価値を示しなさい」



 ラムダ=エンシェントに好意を寄せるルチアを、カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)は『寄生虫』だと罵った。すでに婚約者の居るラムダにすり寄るには、恥ずべき行為だと言い切った。


 ルチアは反論できなかった。

 カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)の主張は正しいからだ。


 ルチアは自制するラムダを誘惑して、身体の関係を持ってしまった。言い寄ったのはルチアの方だ。だから、その“愛”は許されるべきではないのだと。



「リヒターちゃんからも言ってあげなさい」

「…………」


「あたしは……ラムダ卿を本気で…………」


「いやはや……聖女ティオの子とは思えぬ色魔ですねぇ。まったく、やはり所帯など持つべきじゃありませんね……」


「――――ッ! テメェ……」


「それがあなたの“運命”なのですよ、ルチアさん。あなたは最後の最後まで“運命”にもてあそばれた……なんと哀れで悲しい事でしょうか」



 カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)にコメントを求められた審問官ヘキサグラムは、いつものような笑顔の“仮面”を顔面に張り付けてルチアを嘲笑った。

 その態度を目の当たりにしたルチアは悔し涙を流した。自分の血を分けた娘が傷付いているのに表情一つ変えない審問官ヘキサグラムの非情さに、ルチアは憤りを感じていた。



「うふふ、可哀想ね……ルチアちゃん。父親にも見捨てられちゃうなんてね。けど安心しなさい……アーカーシャ様の“器”になれば、全ての不安から解放されるわ」


「うっ、息が……助けて、ラムダ卿……!!」


「ルチアさん……それがあなたの限界です。あなた一人ではできることなんて限りがある……あとは誰かの助けがいるでしょうね。もっとも……あなたを助けてくれる馬鹿が居ればの話ですが……」


「うっ……ぁっ…………」



 ルチアは審問官ヘキサグラムに手を伸ばした。憎くて伸ばしたのか、それとも無意識の内に助けを求めたのか。それはルチアにしか分からなかった。

 だが、首を強く絞められたルチアは結局、審問官ヘキサグラムに何も伝える事は出来ず、そのまま意識を失って失神してしまったのだった。だらりとしてしまったルチアの姿を見て、審問官ヘキサグラムは少しだけ視線を逸らしてしまった。



「堕ちたわね……さて、急いで大法廷に戻らないと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ルチアちゃんの身体にアーカーシャ様の意識を移植しなければ……」


「そのような方法が?」


「ヴェーダちゃんの体内には……アーカーシャ様の意識を降ろす為のアーティファクトが埋め込まれているの。それが大聖女の証……それを取り出してルチアちゃんの身体に移植すれば作業は完了よ」


「ほう……そのような物が……」


「タウロスちゃんがられた……じきにラムダちゃんが法廷に戻って来るわ。その前に儀式を完了させないと……あなたも手伝いなさい、リヒターちゃん」


「…………ええ、もちろんですとも」



 そして、失神したルチアを肩に担ぎカプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)は大法廷に向かって歩き始め、審問官ヘキサグラムも従うように歩き始めたのだった。


 ――――大法廷という、“決断”の場所へと。

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