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第968話:“Decision”


「魔力集束、喰らえ――――“緋ノ焔光(プロミネンス・ビーム)”!!」

「またそれですか? 芸のない子どもですねぇ……」



 ――――ルチアは右手に集束させた魔力を、審問官ヘキサグラムに向けて撃ち出した。十八番おはこの高出力ビームだ、そう審問官ヘキサグラムは呆れた表情になりかけた。



(しかし、目が鋭い……仕掛けがありますね)



 だが、攻撃を仕掛けたルチアの表情はそれまでの憤怒に駆られた表情とは違い、冷静さを保った凛々しい表情をしていた。

 それに気が付いた審問官ヘキサグラムは緩んだ表情を引き締めると、右手に握った短剣ダガーを迫りくる魔力砲に向けて構えた。



「封印解放、技を拝借しますよ――――“緋ノ焔光(プロミネンス・ビーム)”!!」



 そして、審問官ヘキサグラムが短剣ダガーの切っ先を魔力砲に向けた瞬間、白い魔法陣が展開され、そこからはルチア十八番の魔力砲が撃ち出された。

 審問官ヘキサグラムの固有術式ユニーク・スキルは“封印”を操る術式。同時に、封印したものを審問官ヘキサグラムの意思で自由に解放できる効果も有している。



「テメ……あたしの技をパクるんじゃねぇ!」



 その能力を利用して審問官ヘキサグラムは封印して確保しておいたルチアの技を撃ち返した。二つの光弾が大聖堂の通路内で激しく激突し、明滅を繰り返しながら光と熱を周囲に放出する。



「ちっ……仕方ないわね! 次の手を……!」



 自分の技を模倣されたことに悪態をつきつつも、ルチアは冷静に次の一手を仕掛け始める。空いた左手に魔力を集め始め、ルチアはてのひらに光球を作っていく。



「また光線ビームでも撃つ気ですかぁ?」



 審問官ヘキサグラムは()()()『またビームか?』とルチアを挑発した。おそらくは別の手を使ってくると予想しつつも、ルチアの行動の選択肢を減らすように挑発を行なった。

 そんな審問官ヘキサグラムの挑発に対して動じることなく、ルチアは真剣な表情をしながら、ゆっくりと俯いて目蓋を閉じた。



 そして、ルチアが左手を高く掲げた瞬間――――


「喰らいなァ――――“緋ノ閃光(シャイン・フラッシュ)”!!」

「これは……目眩まし!? うぐっ、眼が……!」


 ――――大聖堂の通路を眩しい光が包み込んだ。



 ルチアが放ったのは強烈な光を放つことで相手の視覚を麻痺させる目眩ましだった。それに気が付かなかった審問官ヘキサグラムは閃光に直撃してしまった。

 糸目とは言え、()()()()()()()()()()()()()。視覚を奪われた審問官ヘキサグラムは思わずその場で仰け反ってしまった。



「どうだ! あたしを子ども扱いした報いだ!」



 審問官ヘキサグラムが仰け反った瞬間、ルチアは右手で撃ち出していた魔力砲を停止しつつ大きく床を蹴りつけ、踵から魔力を放出して審問官ヘキサグラムの方向に向かって素早く跳躍した。

 審問官ヘキサグラムが放っていた魔力砲の真上を跳んで躱しつつ、ルチアは迷わずに審問官ヘキサグラムに飛び掛かる。



「この……クソ親父がァァ!!」

「くっ、しま……おぐッ!?」



 そのまま審問官ヘキサグラムとの距離を詰め、ルチアは顔面を殴りつつ胸元に飛び込んで審問官ヘキサグラムを床に押し倒した。

 そして、間髪入れずに審問官ヘキサグラムの胸元にのしかかり、左手で彼の首を絞めつつ身柄を拘束するのに成功するのだった。



「これで動けないだろ! あたしの勝ちだ!」

「くっ……これは油断しましたね……」



 ルチアは左手で審問官ヘキサグラムの首を絞めつつ、右手に魔力を集束させていつでも攻撃ができるように構えた。

 所謂マウントポジションである。審問官ヘキサグラムはすぐに自分が拘束された事実を悟り、うっすらとしている視界でルチアを凝視した。



「なぜ……すぐにトドメを刺さないのですか? 私は憎い敵でしょう? さっさと殺しなさいな、生かしていても良いことなんてありませんよ……」



 ルチアは攻撃を構えるだけで、審問官ヘキサグラムにトドメを刺そうとはしなかった。そればかりか、首を絞める手も緩く、審問官ヘキサグラムは呼吸も喋ることもできる状態だった。

 その事実に気が付いた審問官ヘキサグラムは自分にトドメを刺すように焚き付けた。しかし、挑発をされてもルチアが攻撃をする事はなかった。



「あんたはこのまま拘束して、ママの教会に連れて行ってやる! そんでママに墓前で懺悔させてやる……簡単に死ねると思わないで」


「…………ッ!」


「あたしとママを見捨てた事を懺悔しなさい! ママはずっと、ずっと……あんたが迎えに来るのを待ってたのよ! あたしだって……待ってたのに!」



 今さら肉親への情が湧いた訳ではない。ルチアはただ、最期まで愛した人を待ち続けた母ティオ=ヘキサグラムの無念を晴らしたと考えていた。

 ティオの墓前で懺悔する事が審問官ヘキサグラムの報いであると。それを聞いた審問官ヘキサグラムは少しだけ沈黙した。



「くっ……くっ、クッククク……面白い冗談を言いますね、ルチアさん。私に懺悔をしろと言うのですか、聖女ティオに? 今さら懺悔したってねぇ、なんにも変わらないのですよ……!」


「テメェ……減らず口を!」


()()()()()()()()()()()()()()()……いまの私は償いの為に生きている。今さら詫びる言葉なんて持っていませんよ」



 首根っこを掴まれているにも関わらず、審問官ヘキサグラムはルチアに対して挑発を繰り返した。今さら聖女ティオに詫びる言葉などないと。



「あなたにとって私など、取るに足らない相手の筈。さぁ、遠慮なんていりません、トドメを刺しなさい! 私を殺して、ラムダ=エンシェントへの愛を貫きなさい!」


「…………ッ!!」


「殺せないというのなら……私はラムダ=エンシェントを殺します! さぁどうします! 迷うことはありません、自分の愛を貫きなさい! 私を殺して……血塗られた因縁に決着をお着けなさい!!」



 ここで命を絶たないならば、自分はラムダ=エンシェントを殺害する。そう審問官ヘキサグラムはルチアを挑発した。

 ここでこいつを見逃せば、ラムダが危機に晒される。ルチアは『選択』を迫られた。死んだ母親の無念を晴らすべきか、今を生きる愛しい人を護るべきか。



「あたしは……あんたなんかぁ……!!」



 ルチアは魔力を溜めた右手を震わせた。この男は倒さねばならない、そう思うのに、『()()()()()()()()()()()()』と何故か彼女の本能は警鐘を鳴らしていた。


 相手は自分と母親を捨てた最低な男だ

 だけど、それでも自分の父親なのだと。


 ルチアは()()()()()()()()()()()()()()()()()どれだけ傷付いたかを知っている。だからこそ、どれだけ審問官ヘキサグラムに煽られても、ルチアは僅かな理性で踏みとどまってトドメを刺すことを躊躇していた。



「あんたなんて怖くない……あんたがラムダ卿に危害を加えるってなら、あたしが何度でもブチのめしてやる……! だから……だから……」


「…………」


「あたしはあんたを殺さない。あんたがなんと言おうと、あたしはあんたをママの墓前に引きずって行ってやる! あんたの言うことなんて聞いてたまるか! 死にたきゃ勝手に死んでろバーカ!!」



 そして、ルチアは選択をした、審問官ヘキサグラムを『殺さない』という選択を。それは十五年間父親を待ち続け、四年間父親を憎しみ続けたルチアにとっては、苦渋を舐めるような決断だった。

 目に涙を浮かべ、審問官ヘキサグラムを口汚く罵りながらも、ルチアは最後の一線を越えようとはしなかった。その決断を前に、審問官ヘキサグラムは言葉を失ってしまった。



 そして、静寂に包まれた空間に――――


「あら〜、良かったわね〜、リヒターちゃん。ルチアちゃん、あなたを殺さないってよ。血が繋がっていますいて良かったわねぇ♡」


 ――――何者かの声が響いたのだった。



 声に気が付いたルチアは慌てて視線を上げた。その視線の先、ルチアの目の前には山羊頭の魔人が不気味に佇んでいた。

 バフォメットは金色こんじきに輝く瞳でルチアを凝視している。不意な出来事にルチアはギョッとして、審問官ヘキサグラムは慌てたような表情をした。



「まさか……カプリコーンのバフォメット!?」

「助けてあげるわねぇ、リヒターちゃん♡」



 バフォメットは右腕を振り上げて、その手に魔力の炎を灯し、審問官ヘキサグラムを助けると微笑んだ。



 そして、バフォメットは腕を振って――――


「やめろカプリコーン! その子は私の!!」

「なんだお前、なにすん―――ぐうッ!?」


 ――――首を掴んでルチアを吹き飛ばしたのだった。

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