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第966話:“Prominence Heart”


「さぁ、戦わないと死にますよぉ、ルチアさん」

「この……あたしを舐めんじゃないわよ……!!」



 ――――審問官ヘキサグラムは右腕を鞭のようにしならせ、手にしていた短剣ダガーをルチア目掛けて投擲した。

 短剣ダガーくうを裂きながら、ルチアの顔に向かって飛んでいく。



(大したことない……簡単に避けられる)



 だが、審問官ヘキサグラムが投擲した短剣ダガーは、優れた動体視力を有するルチアには遅く視えていた。

 審問官ヘキサグラムの投擲の仕方、飛んでくる短剣ダガーの角度から軌道を見切り、ルチアは首を傾けて短剣ダガーを回避した。



(この短剣ダガーはブラフ……油断を誘ってる)



 短剣ダガーはルチアの左頬を掠めるように飛び、彼女の耳に着けられていたピアスの装飾を砕いた。

 だが、そんな事はお構いなしにルチアは躱した短剣ダガーを一切無視し、自分に向かってくる審問官ヘキサグラムの方を凝視していた。



(あたしが刃物にビビってるって? ふざけんじゃないわよ……刃物のなんか怖くない。あたしは護身用の短剣ダガーなんてなくても強いだけだっての!)



 審問官ヘキサグラムが向けてきた挑発がルチアの脳内で反響し、同時に彼女は過去の記憶をフラッシュバックさせた。自分をしいたげた“ご主人様”をナイフでめった刺しにした時の記憶を。

 その悪夢を振り払うかのように、ルチアは強い言葉で自分を鼓舞こぶし、右手に煌々と輝く魔力を集束し始めた。



「うざいっての――――“緋ノ双光デュアル・プロミネンス”!!」



 そして、ルチアは審問官ヘキサグラムに向かって光弾を撃ち出した。今度のは単発の砲撃ではなく、二発の光弾が連なった特殊な魔力弾だ。



(魔力を注がねぇと封印できない。けどね、その“緋ノ双光デュアル・プロミネンス”は二段構え……一発目を消しても間髪入れずに二発目が襲い掛かる。さぁ、消し炭にしてやるわ!)



 審問官ヘキサグラムが短剣ダガーで光弾を消しても、独立している二発目の光弾が襲い掛かる。ルチアが審問官ヘキサグラムの術式スキルの特性から考え出した一手だ。

 ルチアは審問官ヘキサグラムが短剣ダガーで光弾を斬りつける瞬間を待ち構えていた。だが、審問官ヘキサグラムは笑みを浮かべたままだった。



 そして、光弾が命中しようとした刹那――――


「クッククク、行きます――――“閃影刃せんえいじん”!」

「なっ……消えた!? そんな、どこに……!?」


 ――――審問官ヘキサグラムは姿を消した。



 ルチアが放った光弾は審問官ヘキサグラムをする抜け、審問官ヘキサグラムの姿はまるで蜃気楼のようにゆっくりと消えていった。

 高速移動をしたわけでもなく、霊体化して実体を消したわけでもない、空間転移に似た何か。目の前に居た人物が忽然と消えた事で、ルチアは慌てて周囲を見渡していた。



「ホラホラ……相手の行動はちゃんと裏の意図まで読まないといけませんよぉ! 最初に投げた短剣ダガーは陽動ではありません……」


「――――ッ!? 後ろ!?」


「最初に投げた短剣ダガー()()()()()()()()()()()、私の特製の一品です。ご存知ではありませんでしたかぁ……私、転移魔法は得意中の得意なんです!」



 そんなルチアの背後で“パシッ!”っと短剣ダガーを握るような音が聴こえ、ルチアが振り返った時、彼女の背後には短剣ダガーを握っていた審問官ヘキサグラムが佇んでいた。

 最初に審問官ヘキサグラムが投げ、ルチアがブラフだと何気なく躱した短剣ダガーは、転移用の魔法が刻まれた魔道具だったのである。それを利用して審問官ヘキサグラムは短距離の転移を実行し、ルチアの背後を取っていた。



「では失礼――――“邪光じゃこう”!!」

「くっ……あっ!?」



 そして、審問官ヘキサグラムが笑みを浮かべたまま手にした短剣ダガーを振り抜いた瞬間、刀身から放たれた黒い衝撃波がルチアに襲い掛かった。

 黒い衝撃波がルチアの身体に接触した瞬間、ルチアの全身に痺れるような激痛が走った。意識が飛びそうになる痛みにルチアは立ち眩み、そのまま仰け反って隙を晒してしまう。



「そら、まだまだ――――“怨獄堕落墜えんごくだらくつい“!!」

「て、てめぇ……っ!? あぐ……ッ!!?」



 ルチアが仰け反った瞬間、審問官ヘキサグラムは姿勢を低くしながらルチアのふところに潜り込み、そのまま右脚を勢いよく振り上げて鋭い開脚蹴りを放った。

 審問官ヘキサグラムの蹴りは姿勢を戻そうとしたルチアの顎に直撃し、ルチアはそのまま数メートル頭上に蹴り上げられてしまった。



「元王立騎士団長様がこの程度なんですかぁ!? どうやら……雑魚狩りをして名声を高めたみたいですねぇ、ルチアさぁん!?」


「…………っ!!」


「あなたのような弱い女……ラムダ=エンシェントさんは必要とはしませんよぉ! 弱者は弱者らしく、身の程を弁えたらどうですかねぇ?」



 蹴り飛ばされたルチアに対して、審問官ヘキサグラムは言葉の暴力で追撃を続ける。自分程度の人間に翻弄されるあなたは弱いのだと。



(あたしが弱い? 違う……あたしは弱くない! あたしは魔法を鍛えて、身体も鍛えて、強くなった! あたしは強いんだ……ラムダ卿だって、きっとあたしを必要としてくれる!!)



 ルチアの中で心の“天秤”が揺れ動く。虐げらた過去の自分と、必死に希望に縋りつこうとしている現実いまの自分が、ルチアの中でせめぎ合っていた。

 そして、ルチアは同時に亡き母ティオ=ヘキサグラムと、ラムダ=エンシェントの顔を思い出していた。



(弱いままじゃ……大事な人を護れない! だから!)



 歯を食いしばり、激痛を精神力で抑え込み、浮遊魔法で蹴りの勢いを殺しつつ、ルチアは審問官ヘキサグラムをキッと睨みつけた。

 審問官ヘキサグラムの挑発に翻弄されることなく、挑発を糧にしてルチアはおのれを強く律した。そんなルチアの凛とした表情を見て、審問官ヘキサグラムは妖しく笑みを浮かべる。



「顎に一発ブチ込んだぐらいでいい気になってんじゃないわよ、リヒター=ヘキサグラム! こんな生ぬるい蹴りじゃ退屈で欠伸が出るわ!」


「ほう……」


「今のあたしにはラムダ卿が居てくれる。ラムダ卿が諦めずに立ち上がり続ける限り……あたしだって諦めない! あんたのやっすい挑発で動じるような子どもじゃないのよ……あたしは!!」



 ルチアが両手を真上に掲げた瞬間、彼女の頭上には太陽が如き巨大な光球が出現した。周囲の壁や天井を熱で溶かしながら、ルチアは魔力を注ぎ込んで光球を肥大化させていく。



 そして、ルチアが腕を振り下ろした瞬間――――


「喰らいなぁ――――“緋ノ落陽(ソル・フレア)”!!」


 ――――光球が審問官ヘキサグラムに向けて落ちてきた。



 光球の直径は三メートル、速度も速くない、躱そうと思えば簡単に躱せる。だが、審問官ヘキサグラムは短剣ダガーを握り、迫りくる“落陽”を笑みを浮かべて見つめていた。



「クッククク、私の術式をお忘れで?」



 審問官ヘキサグラムはルチアの放った“落陽”は簡単に処理できると踏んでいた。短剣ダガーで斬って魔力を注ぎ、“落陽”そのものを封印してしまえば良いと考えていた。

 ただの悪足掻きだと、そう審問官ヘキサグラムは考えていた。だが、それに対してルチアは真剣な表情を貫いて、審問官ヘキサグラムの考えが的外れだと主張していた。



 そして、そんなルチアの主張通りに――――


「引っ掛かったな、弾けな――――“緋ノ陽焔(コロナ・バースト)”!!」

「これは目眩まし……くっ!? 目が……!?」


 ――――“朱の魔女”の反撃が始まった。



 ルチアが術式を発動した瞬間“落陽”は勢いよく弾け、眩い閃光と熱波を放出し始めた。そう、ルチアは審問官ヘキサグラムが封印を発動させる前に“落陽”を手動で爆ぜさせて攻撃を仕掛けたのだ。

 不意を突かれた審問官ヘキサグラムは眩しい閃光に視界を奪われて怯んだ。攻撃を封印しようとしていた彼は突然の爆破に対応できなかったのである。



 そして、審問官ヘキサグラムが怯んだ隙にルチアは彼の目の前に素早く降り立って――――


「お返しだ、クソ野郎――――“緋ノ烈光(ソル・ブレイカー)”!!」

「これは……ぐぅ!?」


 ――――灼熱の光を纏わせた右脚を素早く蹴り上げて、審問官ヘキサグラムに強烈な一撃を加えることに成功したのだった。

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