第965話:“Vermilion Blood”
「道を開けなぁ、このクソ野郎ォォ!!」
「なら私を倒しなさいな! ホラホラホラッ!」
――――デア・ウテルス大聖堂、第一階層。ラムダ=エンシェントやウィル=サジタリウスたちが激闘を繰り広げる中、大法廷へと続く通路でもある親子による死闘が繰り広げられていた。
ラストアーク騎士団所属の“朱の魔女”ルチア=ヘキサグラムと、アーカーシャ教団所属の“審問官”リヒター=ヘキサグラムによる決闘である。
「魔力集束、穿て――――“緋ノ焔光”!!」
戦いは苛烈を極めていた。ルチアは超高温を誇る魔力砲を雨のように撃ち出している。耐性が無い物質が触れた瞬間に融解する程の灼熱の光だ。
それをルチアは弾幕を張るが如く撃ち出す。目の前にいる相手を確実に仕留める為に。
「無駄ですよぉ……そら、封印っと!」
しかし、そんな危険極まりない攻撃を審問官ヘキサグラムは飄々とした笑みを浮かべたまま処理していた。
ルチアが放った攻撃に審問官ヘキサグラムが振り抜いた短剣の刃が触れた瞬間、灼熱の光はまるで初めから存在していなかったかのように忽然と消滅していた。
「この……相変わらず鬱陶しい!!」
「クッククク……王都で戦った時からなぁにも成長していませんねぇ、ルチアさん。そんな単調な暴力では……私を倒すなんてできませんよぉ!」
「ちっ……馬鹿にして……!!」
審問官ヘキサグラムの固有術式【封印執行】――――審問官ヘキサグラムの魔力を注いだ対象を“封印”する術式。
手にした短剣でルチアの攻撃に魔力を混入させ『攻撃そのもの』を封印する事で、審問官ヘキサグラムはルチアの攻撃を次々と無力化していた。
(トリニティからあいつの術式の秘密は聞いている。魔力を注がれればあいつの任意の対象を封印できる……接近戦をすればあたしが不利だ)
審問官ヘキサグラムの術式はすでにルチアに開示されている。故にルチアは攻めあぐねていた。
【封印執行】はその気になれば、魔力を注いだ相手の『行動』すら封じる事ができる。幻想郷で審問官ヘキサグラムと対峙したトトリ=トリニティは大太刀の『抜刀』すら封じられていた。
(あいつがその気になれば……あたしの術式の発動や呼吸すら封じられる。ここは距離をとってあいつの動きを観察しないと……)
審問官ヘキサグラムの術式の脅威を知っているから、ルチアは無闇に彼に近寄ろうとはせず、離れた位置から遠距離攻撃を仕掛けていた。
「クッククク……逆上しているわりには慎重ですねぇ? 流石は元王立騎士団長! それとも……本当はただ怖いだけですかぁ、ルチアさん?」
「なんだと……あたしを舐めてんのか!」
「見ればだいたい察しはつく……あなたはただの臆病だ。あなたは他人を極端に恐れている……常に心の壁を作り、自分に触れさせないようにしている。安全な距離から大火力を叩き付けているのがなによりの証だ」
そんなルチアの心理状況を完璧に把握して、審問官ヘキサグラムは得意である挑発を仕掛けてきた。ルチアを臆病だと吐き捨てて、審問官ヘキサグラムはニヤついた笑みを見せる。
「あなたの攻撃は極めて単調かつ単純だ……それはあなたが自身のシンプルな実力を誇示したいからという心理に根ざしている。あたしはお前より強い、あたしはお前より格上だと、そう主張したいが為に……」
「この……っ!!」
「確かにあなたは強い……エルフ種特有の膨大な魔力を有し、高い魔法の素養を兼ね備えている。ああ、ですが……あなたの抱えた“心の傷”が、あなたの実力にケチを付けている」
「うるさい……黙れ!!」
「クッククク……なにを恐れているのですかぁ? 私が怖いのですか、気の置けない他人は怖いですか……そんなにも、触れられるのが怖いのですかぁ!?」
審問官ヘキサグラムの揺さぶりは効果的だった。彼の指摘通り、ルチアは距離を詰める事も、接近戦をする事も恐れている。それはルチアが抱えたトラウマが原因だった。
幼い頃に味わった苦痛、奴隷にされ過酷な虐待を受けた記憶がルチアの戦闘スタイルに反映されていた。
「本来、この世界の女性は護身用に短剣を携帯する習わしがあります……しかし、あなたは短剣を身に着けていない。刃物にトラウマがあるようですねぇ?」
「くっ……」
「あなたが恐れているのは“支配”だ。首輪を着けて束縛されること、暴力で隷属させられること、心身の自由を奪われること……それらへの恐怖があなたを縛り付けている」
審問官ヘキサグラムはルチアを淡々と、厭味ったらしく分析し続ける。ルチアに過去の“傷”を思い出させるように。
そして、審問官ヘキサグラムの挑発で過去のトラウマがぶり返したルチアは怒りのボルテージをあげて、どんどんと感情的になっていく。
「誰のせいで……誰のせいでこうなったと思ってんのよ!! あんたが迎えに来なかったから……あたしとママを見捨てたからこうなってんのよ!! あんたがさっさとあたし達を迎えに来てくれたら……」
「おやおや、八つ当たりですか……見苦しい」
「あたしが奴隷にされたのも、あたしが男たちの慰み者にされたのも……全部、全部ッ、あんたがあたしを見捨てたせいだ!! なのにいけしゃあしゃあと……!!」
「そうです……もっと憎みなさい、私を……」
「あたしはお前の無責任さの結果だ! あたしは望んでこうなった訳じゃない! もっと……もっと普通の女の子になりたかったのに! あたしを見捨てたくせに……知ったような顔をしてあたしを語ってんじゃないわよッ!!」
そして、審問官ヘキサグラムの挑発に感情を爆発させたルチアは激情を魔力に乗せて、よる苛烈な攻撃を撃ち出しはじめる。
審問官ヘキサグラムという男に『父親失格』だと烙印を押すかの如く、ルチアは魔力砲を連打する。灼熱の光弾が隙間なく審問官ヘキサグラムに向かって飛んでいく。
「無駄むだ……ヒャッハーーッ!!」
しかし、審問官ヘキサグラムは怖気付くことなくその場で素早く回転しつつ、ルチアが撃ち出した光弾を両手に握った短剣で斬りつけて封印していった。
「なにをやってもあなたの『過去』は消えない……嫌なら乗り越えなさい! 私に全ての“罪”をなすり付け、私を超えて過去と決別なさい! そうしなければ……あなたは永遠に“奴隷”のままですよぉ!!」
「テメェ……!!」
「さぁ、あなたの大好きなラムダ=エンシェントは……私の後ろに続く大法廷に居ますよぉ! もう一度、彼に逢いたくば……私を超えて征きなさい! ここで全ての因縁に決着を着けるのです……ルチア=ヘキサグラム!!」
ルチアの光弾を全て捌き切り、審問官ヘキサグラムは不敵な笑みを浮かべてルチアを三度挑発する。ラムダ=エンシェントに逢いたくば自分を超えていけと。
その言葉を聞いて、ルチアは息を呑んだ。
自分の心に巣食った“傷”を払拭するには、審問官ヘキサグラムを超えねばならない。そして、今のままでは彼を超える事は不可能だ、自分を変えねば彼を倒す事は出来ないのだと思い。
「おや、来ないのですか? なら私から仕掛けましょうか!!」
「――――ッ!? こ、こっちに来んなァ!!」
そして、そんなルチアの動揺を誘うように、審問官ヘキサグラムは短剣を投げ付けながら、ルチアに向かって走り出したのだった。




