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第960話:審判の女神たち


「弾きなさい……“レディ・ジャスティス”!」



 ――――ヴァルゴⅤⅢ(エイト)が使役する御使いの天使たち。その内の一人、弓を装備した緑の天使デネボラの放った矢を、リブラⅠⅩ(ナイン)は“レディ・ジャスティス”による斬撃で打ち払った。

 “レディ・ジャスティス”の巨躯から繰り出される一撃は人間サイズでしかない矢を軽々と薙いだ。しかし、矢は弾かれた瞬間に圧縮されていた凄まじい圧力を解放し、周囲の建造物が壊れるほどの衝撃波を発していた。



「くっ……!」



 それがリブラⅠⅩ(ナイン)への有効打になる事をヴァルゴⅤⅢ(エイト)は知っているからだ。リブラⅠⅩ(ナイン)は剣を握った右手に走る痛みに顔を顰めている。



「あなたの“レディ・ジャスティス”には明確な弱点が存在する……それは『痛覚の共有』。“レディ・ジャスティス”が負ったダメージをあなたは生物にも受ける……動きのシンクロ率を100パーセントにした代償ね」


「お姉様……」


「もちろん……その弱点をわたしは容赦なく突きます。あなたの掲げる“正義”など、今やわたしにとっては目障りなものよ。叩き潰し、自分の愚かさをその身に刻んであげるわ……リブラ」



 リブラⅠⅩ(ナイン)の操る使い魔“レディ・ジャスティス”には『感覚共有』の弱点があった。“レディ・ジャスティス”が負ったダメージをリブラⅠⅩ(ナイン)はリアルタイムで共有してしまっているのだ。

 その特性を熟知しているヴァルゴⅤⅢ(エイト)は緑の天使デネボラに打たせた弓矢に極度の圧力を加えさせていたのだ。結果、弓矢を払った“レディ・ジャスティス”の腕には凄まじい負荷が掛かり、それがリブラⅠⅩ(ナイン)本人にも還元されてしまっていた。



「スピカ……あの木偶の坊を刻みなさい」

「――――ッ!! ハァァ!!」



 ヴァルゴⅤⅢ(エイト)は淡々と追撃を命じ、命令を受けた赤の天使スピカは手にしたつるぎを素早く振るって斬撃を繰り出した。

 撃ち出された斬撃は音速を超え、空気を切り裂きながら“レディ・ジャスティス”に向かって加速していく。



「その程度の攻撃……ぐっ!? 腕が……!」



 リブラⅠⅩ(ナイン)は咄嗟に右手の剣を振り、動きを連動させた“レディ・ジャスティス”での防御を試みた。

 しかし、先ほどの弓矢の一撃で負った腕の痛みにリブラⅠⅩ(ナイン)は怯んでしまった。その一瞬の隙は致命的だった。



「しまっ……ぐっ、あぁぁ!?」



 赤の天使スピカの放った斬撃は“レディ・ジャスティス”の胸元に直撃し、女巨人は傷口から光の粒子を零しながら声にならない悲鳴をあげた。

 同時に“レディ・ジャスティス”が負ったダメージは術者へと伝わり、胸元をばっくりと刻まれる激痛を味わったリブラⅠⅩ(ナイン)は悲鳴をあげた。



「アルクトゥールス……叩き伏せなさい」



 リブラⅠⅩ(ナイン)が激痛で仰け反った瞬間、ヴァルゴⅤⅢ(エイト)は盾を構えた青の天使アルクトゥールスに追撃を命じた。

 次の瞬間、青の天使アルクトゥールスは無言のまま瞬間移動して姿を暗まし、その僅かコンマ数秒後にはリブラⅠⅩ(ナイン)の目前に出現していた。



「あっ、迎撃を……あぐッ!?」



 そのまま青の天使アルクトゥールスは容赦なく盾でリブラⅠⅩ(ナイン)の顔面を殴り付けた。その勢いは凄まじく、リブラⅠⅩ(ナイン)は殴られた勢いで吹き飛ばされ、螺旋階段に身体を叩き付けられてしまった。

 術者であるリブラⅠⅩ(ナイン)の動きに連動して“レディ・ジャスティス”も体勢を崩して倒れ、大聖堂の壁を崩しながら倒れ込んでしまっている。



「うっ……」



 顔を殴られ脳震盪のうしんとうを起こしたリブラⅠⅩ(ナイン)は螺旋階段上に倒れ込んでしまった。意識は朦朧もうろうとし、立ち上がる事すら難しい。

 そして、そんなリブラⅠⅩ(ナイン)を拘束するように、赤の天使スピカはリブラⅠⅩ(ナイン)の頭を踏み付けていた。



「いい加減、ちからの差が理解できたでしょう? あなたではわたしには勝てない……これ以上、ラムダ=エンシェントに尻尾を振れば、無駄に苦痛を味わうだけよ、リブラ」


「…………ッ!!」


「せっかくわたしが手塩に掛けて、あなたを美しい一輪の花に育てたというのに……その恩を忘れて。嘆かわしいわ……わたしはどこで“道”を間違えたのかしら?」



 倒れたリブラⅠⅩ(ナイン)を非難するように、ヴァルゴⅤⅢ(エイト)が倒れた妹の頭上に浮遊している。

 リブラⅠⅩ(ナイン)は微かな意識の中で反撃を試みた。しかし、動きを察知した赤の天使スピカに頭を強く踏まれ、その激痛で反撃の意志は削がれてしまった。



「無様ね、今のあなたは見るも無惨な姿になっているわ、リブラ。ラムダ=エンシェントなどと言うくだらない男に唆されて、アーカーシャ様に反抗した結果がそのざまよ」


「私は……唆されてなど……あぐッ!?」


「今のあなたは昔のわたしと同じ……男に喰いものにされて、ボロ雑巾のようにされたわたしとね。ふっ、ふふふっ……いい気味だわ! あっはははははは!!」



 ヴァルゴⅤⅢ(エイト)は地べたに這いつくばったリブラⅠⅩ(ナイン)の哀れな姿を見て笑った。かつて、自分が受けたのと同じ苦痛を、妹が受けたのを見て嬉しそうに笑ったのだ。



「お、お姉様……目を覚まして……」


「目を覚ますのはあなたの方よ、リブラ。あなたがしているのは世界に要らぬ混沌を招いているだけだとなぜ気付かない? アーカーシャ様のもたらす“ことわり”をなぜ享受しないの?」


「アーカーシャ様は……無謬の存在では……」


「黙りなさい……まだそんな不敬な妄想をくちにするの? アーカーシャ様は完全なる御方、アーカーシャ様の行ないに間違いなど存在しない……そうでなければわたしが困るのよ!!」


「お姉様は……し、信仰に縋っているだけ……」


「それの何が悪い? “神”を信仰し、その教義に生きる事の何が悪いの!? 貧しい思いをして、男に媚びへつらって股を開いて、二束三文にもならないかねの為に身体を売るよりもずっとマシよ!!」


「お姉様は……存在意義を“神”に求めているだけ」


「うるさい、うるさい……うるさい!! アーカーシャ様はわたしを認めてくださった! わたしは光導騎士ヴァルゴⅤⅢ(エイト)……信仰を護る守護者よ! もうスラム街の孤児じゃ……哀れな少女ヴァージニアじゃないのよ!!」



 仮面バイザーで目元が見えずとも、リブラⅠⅩ(ナイン)が自分に憐れんだ目を向けている事をヴァルゴⅤⅢ(エイト)は汲み取ってしまった。

 妹に見透かされた気がしたからか、ヴァルゴⅤⅢ(エイト)は取り乱すように声を荒げた。過去の自分を否定して、“信仰”に従う今の自分を正当化しようとする自分を。



「わ、私も……少し前までは同じでした。アーカーシャ様の理想こそが絶対の正義だと信じて、誰の声にも耳を貸さず、教えられた教義に盲目的に従っていました……」


「それがわたしたちのあるべきの姿の筈……」


「けど彼は……ラムダ=エンシェントさんは、そんな私に声をかけ続け、敵対した私に手を差し伸べてくれた。そんな彼を……どうして悪だと決めつけれるのでしょうか」


「リブラ……あなたという子は!」


「ヴァルゴお姉様は……何も見ていない。自分の都合の良いものだけを信じている。お姉様の“天秤”はひどく……傾いている。そんな正義に……なんの意味があると言うのですか?」



 リブラⅠⅩ(ナイン)は気が付いてしまった。姉であるヴァルゴⅤⅢ(エイト)が“信仰”という名のフィルターを通してでしか『世界』を観ていない事に。

 それを指摘された瞬間、ヴァルゴⅤⅢ(エイト)は怒りに表情を歪ませた。そして、怒りに我を忘れたヴァルゴⅤⅢ(エイト)は赤の天使スピカに命じて、リブラⅠⅩ(ナイン)を絞首して吊り上げさせた。



「ああ、リブラ……可哀想に。ラムダ=エンシェントに洗脳されて、アーカーシャ様の教義に反抗するように仕向けられしまったのね。大丈夫、お姉ちゃんが戻してあげる」


「お姉様……何を言って……!?」


「記憶を消してあげる……ラムダ=エンシェントの事を忘れさせて、光導騎士になったばかりの頃のあなたに戻してあげる。そうすれば思い出せるでしょう……アーカーシャ様の慈悲を」


「お姉様……や、やめて……」


「ラムダ=エンシェントには渡さない……あなたはわたしだけの妹よ! さぁ、リブラ……あんな男のことなんて忘れて、お姉ちゃんの所に帰って来なさい。もう、悪夢からは目覚める時間よ……」



 そして、赤の天使スピカに首根っこを掴まれて宙吊りにされたリブラⅠⅩ(ナイン)に向けて狂気の笑みを浮かべて、ヴァルゴⅤⅢ(エイト)はさらなる凶行に及ぼうとしていたのだった。

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