第98話:2回目の『はじめまして』
「どういう事だ、姉さん!! 知っていたのか、アウラのこと!!」
「ごめんなさい……全部、知っていたわ……! アウラ様が抱える秘密……!」
「知ってて……そのまま野放しにしていたのか……!?」
アウラを襲った惨劇から数十分後、俺は聖堂で火の番をしていた姉さんに詰め寄っていた。
理由は単純――――姉さんはアシュリーと接敵した際に『夜明けを待ってから来た』と言う旨の発言をしていた。その発言の真意は、『夜明けになって巫女アウラに“巻き戻し”が起こったから』で相違ない。
つまり、姉さんはアウラの『秘密』を知っていたことになる。
「ええ、知っていたわ……! そして野放しにしたわ……だって、解決出来なかったんだから!!」
「姉さん……」
「私も、アインス兄様も……みんなで手を打って……でも駄目だった……! だから、諦めたの……王立ダモクレス騎士団は【逆光時間神殿】と巫女アウラについて、一切関与しない……これが、騎士団の取り決めよ……!」
「そんな……これには『アーティファクト』が絡んでいる!! どうしてそんな重要な事を――――」
「アーティファクトが絡んでいると断定できたのは……あなたが初めてよ、ラムダ……!」
「――――なっ……!」
そして、王立ダモクレス騎士団がアウラの開放を諦めたことを俺は知った。
アーティファクト【クロノギア】――――時間を支配する“時の歯車”と呼ばれる禁忌の遺物。
「そもそも……古代文明の『アーティファクト』の存在は秘匿中の秘匿。私たち王立ダモクレス騎士団でもその存在を知り得ていたのは第四師団の団長であるエトセトラ卿ぐらい…………“アーティファクトの騎士”、ラムダ……あなたが現れるまではね……」
「俺が……現れたせい……?」
「ええ、未知の武装を携えて【吸血淫魔】を打ち倒した少年……あっという間に噂になっていたわ……そして、アーティファクトの存在も……まことしやかに囁かれるようになったわ――――『手にするだけで魔王軍最高幹部すら楽々と打倒できる力が手に入る』と」
「………………」
そう、俺が冒険者になるまではアーティファクトの存在は秘匿され、その存在を認識していたのは王立ダモクレス騎士団でも第四師団の長であるドワーフ『テトラ=エトセトラ』なる人物や、【死の商人】メメントのような上位ランクの遺跡を荒らしていた一部の強者達のみだった。
そも、世間一般的な『遺物』とは――――【魔術王の魔導書】【魂喰いの魔剣】【意思持つ魔導人形】のような“魔術的要素”を含む『伝説のマジックアイテム』を指す。
だが、俺の持つアーティファクトはそうじゃ無い……人類がその技術・科学の粋を集めて造られた高度な機械を指し示している。それこそ、【機械天使】や【ノア】のような人間と遜色ないような人形すら造れるような途方もない高度文明の結晶を。
「私やアインス兄様が『アーティファクト』の存在をエトセトラ卿から知らされたのも、『英雄事変』が発生した後の話……まさか、アウラ様を取り巻く異常現象にアーティファクトが関わっているなんて……わかる筈……無かったの……」
「ごめん……俺……」
「いいの、騎士団がアウラ様を見捨てたのは事実……ラムダに責められても仕方ないわ……」
椅子に座って俯きながら懺悔する姉さん。そう、アーティファクト……それも禁忌級遺物が絡んでいるなら致し方ない。
迷宮都市エルロルで猛威を振るった【強制催眠装置】でさえ、アーティファクトを組み込んだ俺と、その性質を把握していたノアでなければ攻略は難しかった。
だから、俺はそれ以上……姉さんを問い詰める事は出来なかった。
「おーーっ!? なんなのだ!? 手足が真っ青になった人たちがゴロゴロしているのだ!?」
「…………アウラ!」
そんな沈痛な雰囲気の流れる聖堂に響く声。ついさっき、息絶えたと思われた少女の声――――アウラだ。
聖堂の脇から伸びる階段の先にある扉の前でこちらに声を掛けるのはエメラルド色の髪と金色の瞳をしたエルフの少女。
「アウラ、良かった無事だったんだな! 怪我は大丈夫か!?」
「えっ……? なんの……話なのだ……?」
「ついさっきの話だろ!? 心臓を穿たれて……それで……」
「…………??」
聖堂まで降りてきたアウラに俺は駆け寄って無事を確認するが、彼女はこちらの問い掛けにきょとんとした顔で困惑している。
おかしい……彼女が殺されたのはつい先程の話。なのにアウラの身体には傷ひとつ付いていない。
それに……様子もおかしい。
なぜ、俺の顔を見てそんなに怯えた表情をしているのか……理解できなかった。
「あの……ええっと……」
「アウラ……どうしたんだ? 俺の顔に何か付いているのか……?」
「あなた……誰なのだ?」
「あぁ……!」
あなたは誰――――それが全ての答え。
アウラは覚えていなかった……いや、俺と知り合う前まで【時の歯車】の効果で時間を巻き戻されたのだ。
だから、今のアウラにとって俺は……見知らぬ他人。
「いきなり肩を掴まないで欲しいのだ! 痛いのだ!!」
「ごめん……俺……」
「朝起きたら聖堂に急患だらけ……何か焦っているみたいだけど、少し落ち着くのだ! あたしが話を聴くから……ね?」
「…………分かりました」
「うんうん、聞き分けのいいお兄ちゃんなのだ♪ お兄ちゃん……名前は……?」
「ラムダ……エンシェント……」
「ラムダお兄ちゃんね……覚えた! あたしはアウラ=アウリオン…………はじめまして、ラムダお兄ちゃん♪」
知らずとは言え無礼を働いた俺に屈託ない笑顔を向けて、アウラは言った…………『はじめまして』と。
こんなにも、心が痛む『はじめまして』があるのを……俺は初めて知った。
消されたのだ――――共にアシュリーの率いる軍勢と戦い、ノアたちを救う方法を模索して、夜明け前に紡いだ“絆”も……全部、アウラの記憶から消え去っていた。
「お兄ちゃん……どうして泣いているのだ? どこか痛いのか?」
「アウラ……いや……はじめまして、アウラ……!」
「なんだ、感動の涙か! にゃははは! あたしに『運命』、感じちゃったのか?」
「運命……?」
「ぬふふ〜♪ 配属2日目であたしの為に涙を流せる素敵な殿方に会えるなんて、あたしは運が良いのだーーッ♪」
それが、堪らなく辛い。
彼女にとって、今日はまだ『配属2日目』で、今日の出来事も“夜明けと共に巻き戻されて消える”のなら…………それは辛い。
俺から離れて聖堂へと駆けていくアウラの背中に、俺は悲しさしか感じれなかった。
『クラヴィスの姐さんも……三千年前、ここでアウラ様と知り合い……14日に及ぶ苦悩の末……彼女の救出を諦めました……』
「クラヴィスが……アウラと!? じゃあアウラは……」
『少なく見積もっても三千年、ここで“配属2日目”の“今日”を繰り返しています……!』
「そんな……あんまりだ……!」
『我が主……ラムダ=エンシェント様! どうか……お願いがあります!!』
そして、背に携えた【破邪の聖剣】が語った真実――――勇者クラヴィスの苦悩。
彼女もまたアウラの救出に尽力し、絶望し、諦めて神殿を去った一人であると。
『巫女アウラの救出はクラヴィスの姐さんの唯一の心残り……どうか、どうか……あの巫女を……お救いください、ご主人様!』
「…………」
『あなたならきっと、アウラ様を救える……! だから、姐さんはあなたに私を託したのです!』
「…………」
『お願いします……クラヴィスの姐さんの無念、晴らしてください!!』
「分かった……! その願い、俺が引き受けた!」
クラヴィス――――俺に聖剣を託して逝った古の勇者よ。あなたの残した後悔、俺が拾おう。
女神アーカーシャは言った……アウラを開放したければ旗艦『アマテラス』に眠る【光の化身】を討てと。
その挑戦……受けてやる。
「アウラ……約束する――――俺は、君に『夜明け』を見せる……! 君に『明日』を迎えさせる……必ず!」
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