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第957話:血の契約


「くっ……あたしの腕が……」

「やってくれんじゃねぇか、サジタリウス……」



 ――――ウィルの狙撃によって左腕を吹き飛ばされたカプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)表情かおしかめていた。傷口からは血が流れ、千切れた左腕は床に無造作に転がっている。



「カプリコーンさん、投降しては貰えませんか?」



 カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)が負傷したのを確認して、ウィルは静かに投降を促した。無論、ウィルは勝ちを確信したからではない、かつての同志に僅かな情が残っていたからだ。



「ふっ……それ本気で言ってるのかしら?」



 そんなウィルの性根が理解できているからこそ、カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)は虚勢を張るように笑みを浮かべた。

 カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)が右手に握った鞭で床を打ち鳴らした瞬間、バフォメットたちは動きを一斉に止めた。僅かに残っていた聖堂騎士たちも同様だった。



「あたしたちは女神アーカーシャ様の威光を護る守護者よ。腕が一本吹き飛んだぐらいで日和るような軟弱者、聖堂騎士団には居ないわ。それぐらい、あんたならよぉく分かってるでしょ……サジタリウス?」


「…………」


「あたしたちはたとえ腕を千切られようとも、心臓を潰されてようとも……相手に喰らいついてでも“信仰”を護るわ。聖堂騎士団は誰ひとり、怖気づいて逃げるなんて選択肢は選ばないわ……」


「はんっ……ただの強がりね。滑稽だわ!」




 腕の欠損などものともせず、カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)は戦う姿勢を見せた。それをキルマリアは『強がり』だと笑い飛ばした。

 だが、ウィルとジブリールはカプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)が放つ並々ならぬ闘気を前に、真剣な表情になっていた。



「あたしはカプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)……女神アーカーシャ様に信仰を捧げる“虚構の山羊”。そして、教皇ヴェーダの無二の親友。ここで退く訳にはいかないの……親友を救う為にも」


「なに、あいつ……自分の首に爪を食い込ませて?」


「ええ、認めるわ、サジタリウスちゃん……いいえ、()()()()()()()()()()! あなたたちを“敵”だと認めましょう……そして、あなたたちを倒すために、あたしは“悪魔”になるわ!!」



 ウィルたちの目の前で、カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)は自分の首筋に右手親指の爪を深々と喰い込ませた。

 次の瞬間、首の傷口から血の代わりに黒い霧が溢れ出し、カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)の身体をあっとう間に覆ってしまった。同時に、黒い霧に包まれたカプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)シルエットが不気味に変身していく。



「うげ……まさか、あのカマ野郎……!?」

「ご自身に術式スキルを適用したようですね」



 カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)の頭部はメキメキと音を変えて変化し、鋭利な“角”が一対生えてくる。そして、当頭部には浮遊する燭台が出現した。

 吹き飛んだ筈の腕が黒い霧によって形作られ、みるみるうちに彼の腕は再生した。そこまで目撃して、キルマリアもカプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)が何に変身しようとしているかを理解した。



「ふぅーっ、ふぅーっ……こうして()()()()()()()()()()久しぶりね。さて、お待たせしてごめんなさいね……これがあたしの“第二形態”よ♡」


「うっそ……カマ野郎までバフォメットに……」


「あたしの術式は本来、()()()()()()()()()()()()。つまり、これが本来の仕様なの……見た目が山羊人間になっちゃうから嫌なんだけどね」



 黒い霧の中から現れたのは山羊の頭部をした怪物、バフォメット。そう、カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)固有術式ユニーク・スキルを用いて、自分自身をバフォメットへと変化させたのだ。

 カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)の魔力は禍々しく刺々しいものに変化した。それは魔界マカイでも上位の存在であるキルマリアが悪寒を感じるほどのものだった。



 そして、カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)はその姿を晒した瞬間――――


「じゃあ、サジタリウス……」

「――――ッ!? なっ……!?」

「……お返しよ♡ “嘘焔脚こえんきゃく”!!」


 ――――ウィルの眼前に目にも留まらぬ疾さで移動し、彼の腹部に強烈な蹴りを見舞ったのだった。



 腹部を蹴られたウィルは悲鳴をあげる暇もなく吹っ飛び、キルマリアたちが反応できない速度で大法廷の壁に叩きつけられた。

 叩きつられた衝撃で大聖堂の壁を広範囲に渡って砕けた。そして、蹴りの衝撃でウィルの内臓はいくつも破裂し、吐血しながらウィルは白眼を剥いて倒れ込んだ。



「ウィル……? 嘘でしょ、ウィル!!」

「アクエリアスちゃ〜ん……追撃♡」


「オッケー……まずはサジタリウスからか!」


「マズい……キルマリア様、ウィル様を!」

「この……わたしのウィルに手ぇ出すな!!」



 ウィルが床に倒れ込むと同時にカプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)は追撃を命じ、アクエリアス(ワン)は戦斧を振り上げて嬉々としてウィルに向かって飛び掛り始める。

 アクエリアス(ワン)の動きに反応したキルマリアは翼をはためかせ、魔力を集束させた右脚で床を蹴って加速してウィルの救援に向かった。



「ウィル様の回復を……むっ!?」

「あなたの相手はあたしよ……天使ちゃん♡」



 ジブリールは手酷いダメージを負ったと思われるウィルの回復を図ろうとした。

 しかし、そんなジブリールはカプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)の鞭によって左腕を拘束されて身動きを封じられてしまっていた。



「おら、潰れな……サジタリウスゥゥ!!」

「させるかって……のッ!!」



 一方で、倒れたウィルを潰そうとしたアクエリアス(ワン)の一撃を、キルマリアは血で強化した両腕で防いでウィルを庇っていた。



「ウィル……さっさと起きなさい!」


「うっ……へ、平気だよ、キルマリアちゃん。ちょっと貧血を起こしただけだから……。う、うぅ〜……おじさんには堪えるねぇ、今のは……」


「ウィル……あんた出血が……」


「ギヒヒ、ギハハハハハ! ザマァねぇな、サジタリウス! 全身ボロボロじゃねぇか……まさかカプリコーンの蹴り一発で瀕死とは……テメェも老いたな、ギヒヒハハ!!」


「余計なお世話だ、アクエリアス……ゲボッ」



 キルマリアに叱咤されたウィルはよろよろと起き上がろうとしていた。しかし、臓器に深刻なダメージを負ったウィルはすでに戦える状態じゃなかった。

 ウィルは腹部と口元から夥しい量の出血をしていた。カプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)の蹴り一発で彼は瀕死の状態に追い込まれていた。



(こりゃマズい……意識を保つだけで精一杯だ)



 ウィルはジブリールのような機械でも、キルマリアのような耐久性の高い魔人種でもない。あくまでも極限の“技術”を会得しただけの『人間』である。

 故に、バフォメットと化したカプリコーンⅩⅡ(トゥエルブ)の鋼鉄をも粉砕する蹴りは、彼にとっては致命的だった。



(僕は何をやっている? キルマリアたちの足を引っ張っているだけじゃないか! これじゃあラムダくんに申し訳ないし……ティオ様にも顔向けできない)


「ウィル……しっかりしなさい!」


(なんの為に僕は大聖堂を抜けた? 本当の“正義”を見付ける為じゃないか! 立て、ウィリアム……僕は護るんだ、今度こそ大切な人たちを!!)


「わたしが付いてるでしょ、ウィル!!」


(そうさ……引退した主人公にだって……意地ぐらいはあるものさ! 老いがなんだ、傷がなんだ、僕にも居るだろう……この命を捧げるべき“あるじ”が!!)



 狙撃銃を杖にして、歯を食いしばって痛みに耐え、ウィルは立ち上がる。それは彼なりの覚悟の現れ。

 二十年前、大きな戦争を起こして大勢を死なせ、聖女ティオをみすみす失ってしまった彼なりの贖罪の道だった。



「キルマリアちゃん……頼みがある……」

「ウィル……」


「僕の血を吸って……僕を君の眷属にしてくれ」


「サジタリウス、テメェ正気か!?」

「あんた……なに言って……」


「僕は……もう誰も失いたくないんだ! 君もだ、キルマリア……だから、君を護りちからを僕にくれ! 僕は今度こそ、君を護る“つるぎ”になる……キルマリア、我が“あるじ”よ!」


「ウィル……あんた……!」



 それは、ウィル=サジタリウスという男の忠誠の言葉。吸血鬼ヴァンパイアレディ・キルマリアへと誓う“信仰”の誓いだった。

 ウィルはキルマリアの眷属になることを望んだ。吸血鬼ヴァンパイアに自らの血を与え、吸血鬼ヴァンパイアの血を体内に取り込むことで“契約”は交わされる。その瞬間、契約を交わした者は吸血鬼ヴァンパイアの眷属と化す。



「…………」



 その契約をウィルは望んだのだ。契約を交わし、キルマリアの眷属となれば、ウィルは吸血鬼ヴァンパイアちからの恩恵を受けて驚異の治癒能力を得るだろう。

 そう、ウィルは勝利を得る為に『人間』を辞める決意をした。聖女ティオによって光導騎士から人間に戻して貰ったウィルは、ただ一人の孤高の吸血鬼ヴァンパイアの為に堕ちる事を決めたのだ。



「ウィル、あんたがそう言うなら……覚悟なさい!」

「ああ、いや……イエス、マイ・ロード……!」


「ちょっと離れな……クソガキ!!」

「――――ッ!? テ、テメェ……!!」



 ウィルの覚悟を前に、キルマリアは引き返せぬ道を征くことを決めた。渾身のちからでアクエリアス(ワン)を蹴飛ばし、ほんの数秒の時間を稼いだキルマリアは身を翻し、ウィルの首元へと飛びかかる。

 ウィルは迫ってくるキルマリアに対して、抵抗せずに首を差し出した。ただ一度、キルマリアを情愛に満ちた眼差しで一瞥いつべつしながら。



 そして、キルマリアの“牙”はウィルの首筋に突き立てられ――――


「わたしの眷属になりなさい……ウィル!!」

「ぐっ、うぅ……が、あぁぁああああ!!」


 ――――吸血と同時に、ウィルとキルマリアの間に“契約”が交わされたのだった。

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