第954話:天使と悪魔
「へぇ~、やるわね……あのジブリールって機械天使。あのアクエリアスちゃんを一瞬でも動揺させて吹き飛ばすなんて……」
――――ジブリールがアクエリアスⅠを吹き飛ばした光景を見て、光導騎士の一人であるカプリコーンⅩⅡは感嘆の声を漏らしていた。
「こっちに集中してもらえるかな、カプリコーンさん。あなたのお相手は僕の筈ですが……」
「あら〜! ごめんなさいねぇ、サジタリウスちゃん……癪に障っちゃったかしら〜? 別に蔑ろにした訳じゃないのよ〜。ちょっと余所見する余裕があっただぁけ♡」
「相変わらず余裕綽々ですね……」
「うふふ……そう言うサジタリウスちゃんこそ、ポーカーフェイスが上手くなったじゃない。感心したわぁ……大聖堂に居た頃なら、あなたきっとムキになってたわよぉ♡」
そんなカプリコーンⅩⅡをウィルは窘めるが、逆に彼に煽られる結果になってしまった。何故なら、カプリコーンⅩⅡの言う通り、ウィルは彼にかすり傷一つ負わせられていないからだ。
カプリコーンⅩⅡの周りには大勢の聖堂騎士が立っている。三十人ほどがウィルに撃たれて倒れているが、それでもまだ数十人が健在である。
「まったく……わたしが影から奇襲して、あのオカマ野郎を叩き潰す予定だったのに! あんたのせいよ、ジブリール! わたしの存在をバラしちゃってさぁ!」
「それは失礼を、キルマリア様。しかし……」
「あなたの存在なんて、あたしは最初からお見通しよぉ……レディ・キルマリア。誰もが見惚れる麗しき女吸血鬼……けど、美しいのは外面だけ。内面はひどく醜悪……あなたのクッサイ臭い、あたしには嫌でも臭ってたわよぉ」
「なっ……なんですってぇ! わたしが臭い!?」
「血に飢えた獣……人間の大敵。あなたは血生臭いのよ……聖女殺しのキルマリア。言っとくけど……あなたを殺したいと思っているのはアクエリアスちゃんだけじゃないわよぉ♡」
対するウィルの味方はキルマリアだけ。ジブリールに存在をバラされたキルマリアは奇襲を諦めてウィルの影から脱し、聖堂騎士たちを蹴散らす手伝いをしていた。
しかし、キルマリアの存在はすでにカプリコーンⅩⅡには看破されていた。そして、キルマリアに僅かながらの殺意を向けたカプリコーンⅩⅡは鞭を振るい、大法廷の床を甲高く打ち鳴らす。
「あいつムカつく……偉そうにして!」
「おおっと、突貫はよしなよキルマリアちゃん。戦いはまだ始まったばかり……カプリコーンさんはまだ術式を開示していない。本番はこれからだよ……」
「ウィル……あんた冷や汗かいてどうしたの?」
「教えてあげる、レディ・キルマリア♡ サジタリウスはねぇ、あたしに勝てたことないの♡ 若くてイケイケだった頃のサジタリウスちゃんがね♡ それが意味すること、分かるかしらぁ?」
「…………?」
「加齢で衰えた今のサジタリウスちゃんじゃあ、あたしには逆立ちしたって勝てないって事よ♡ 残念ねぇ〜……せっかくヴェーダちゃんの祝福で永遠の若さを保ってられたって言うのに……」
「生憎と……人間として死にたくなってね」
「あら……そう? じゃあ……今ここで死んでも本望ってことね? ならしょうがないわねぇ……本当はみんな仲良しこよし、手と手を繋いでが好ましいのだけれど……殺すわね、サジタリウスちゃん」
カプリコーンⅩⅡは妖艶な笑みを浮かべてウィルたちに明るく、爽やかに、されど鋭く研ぎ澄まされた殺意を向けた。
ピリピリとした空気が張り詰めて、ウィルとキルマリアは思わず冷や汗を流した。そして、二人が緊張したのを見てカプリコーンⅩⅡは一際大きな笑みを浮かべ、それから鞭を振るって床を大きく鳴らした。
「さぁ、出番よ……あたしの眷属たちよ! 我が“神”に従う戦士と成りて顕現せよ! 溶かして固めよ、分析して統合せよ、解体して統合せよ……そして、その智慧の炎で我が敵を滅しなさい!」
「来るよ……気を付けて、キルマリアちゃん」
「固有スキル【智慧の山羊】――――発動! さぁ、おいでなさい、あたしの愛しい“山羊”たちよ。倒れた聖堂騎士の身体を使いなさい!」
「な、なに……倒れた騎士たちが起き上がって……姿が変わっていく? なによアレ……山羊の獣人?」
次の瞬間、ウィルたちが倒した聖堂騎士たちの身体に黒い炎が引火し始める。同時に黒い炎に引火した聖堂騎士たちはまるで死人のようにゆらりと立ち上がり始めた……その姿を変化させて。
頭部は真っ黒な山羊の頭に変わり、全身を黒い装束で覆い、背中からは蝙蝠のような黒い翼を生やした異形の怪物。頭部には一対の黒い“角”が生え、頭頂部には炎を灯した燭台が浮かんでいる。
「サジタリウスちゃんがいるから、最初からネタばらししてあげる♡ あたしの固有スキル【智慧の山羊】はあたしの魔力を注いだ対象を、あたしの眷属である『バフォメット』に変化させる術式よ♡」
「バフォメット……」
「そっ、聖堂騎士なんかよりももっと強靭な使い魔。それをあたしは魔力が続く限り生み出せる……それがあたしの力♡ どうかしら、あたしには無限にも等しい眷属がいるのよぉ♡ そして、当然……あたしは眷属のバフォメットちゃんの何十倍も強いわ♡」
聖堂騎士を乗っ取るように出現したのは山羊の頭をした両性具有の怪物、名をバフォメット。倒れた三十人の聖堂騎士が全てそのバフォメットに変貌して、ウィルたちの前に立ち塞がった。
バフォメットたちの囲まれて、カプリコーンⅩⅡは妖艶な笑い声をあげた。せっかくウィルたちが倒した聖堂騎士が、より強化された状態で起き上がったのだから。
「冗談でしょ……バフォメットは魔界に生息する魔人種よ。それがどうしてアーカーシャ教団の下僕なんかしてんのよ!」
「良いのよ、あたしが許可したんだから♡」
「気を付けなよ、キルマリアちゃん。あのバフォメットは手強い……おそらくは魔界に居る原種にカプリコーンさんのエッセンスが加えられている。これは……狙撃手のおじさんじゃ、ちょっとばかり不利かな?」
召喚されたバフォメットたちはウィルたちを敵意の籠もった金色の瞳で凝視している。いつ飛び掛かってきてもおかしくはない、ウィルとキルマリアは脇目も振らず、迎撃の準備を静かに整えた。
そして、二人が迎撃の準備を整えたのを見て、カプリコーンⅩⅡは勢いよく鞭を振って床を打ち鳴らし――――
「さぁ、遊んできなさい、バフォメットたち!」
「グギギ……グォォオオオオオオオオッ!!」
――――同時にバフォメットたちが唸り声をあげて、一斉にウィルたちに向かって飛び掛り始めるのだった。