第953話:“信仰”という言い訳
「荷電粒子砲……発射準備開始」
「上等だ、返り討ちにしてやる!」
――――ジブリールは翼から光の粒子を噴射して加速し、魔法陣を足場にして空中に立ったアクエリアスⅠは戦斧を振り回して迎撃の準備を整える。
「水瓶よ、血を寄越せ! おれに血を!!」
アクエリアスⅠが叫ぶと同時に、水瓶から溢れた血が戦斧の刃を覆っていく。戦斧の刃は血によって巨大化し、より鋭利に、より禍々しい形状へと変化していく。
「信徒たちよ……おれに力を!!」
アクエリアスⅠは吸血鬼の呪いに侵され、吸血鬼と同じく“血”を主食とし、“血”を摂取せねば生きてはいけない身体になってしまった。
それを不憫に思った教皇ヴェーダは聖都に住む信徒たちから血を採取する事にした。献血と称して怪しまれる事なく血を集め、それをアクエリアスⅠに与えていたのだ。
「ここはおれの居場所だ! 奪わせねぇ!」
すでに水瓶の中には尽きぬほどの血が貯えられている。それを食事のみならず、戦闘に転化する事でアクエリアスⅠは強大な力を振るっていた。
吸血鬼の呪いを糧に戦斧の刃にさらに血を充填して、アクエリアスⅠは向かってくるジブリールに狙いを定める。
そして、二人の距離が数メートルに迫り――――
「荷電粒子砲……発射」
「喰らえ――――“魔獣血牙”!!」
――――両者の武器から攻撃が放たれた。
ジブリールの荷電粒子砲からは白き閃光が、アクエリアスⅠの戦斧からは血で構成された魔獣の頭部を模した衝撃波が撃ち出された。
荷電粒子は空気を切り裂きながら、魔獣は口部を開けて獲物を喰らわんとして一直線に進む。そして、発射からコンマ数秒で攻撃が激突し、大法廷内部に激しい爆発が発生した。
「チッ……相討ちか! だけどなァ!!」
爆風に一瞬怯みながらも、アクエリアスⅠは戦斧を構えなおして次の攻防に備える。魔力が爆ぜた事による爆風を凝視して、アクエリアスⅠはジブリールがどこから現れても良いように意識を集中する。
「攻撃は相打ち……弊機の予測通りです」
「あっそう……テメェが恐れねぇのも予測通りだ!」
そして、アクエリアスⅠの予測通り、ジブリールは爆炎の中を突っ切って襲い掛かってきた。爆風によるダメージなど気にも留めず、荷電粒子砲を放り投げたジブリールを右手に“杖”を手にして攻撃を構えた。
「“天使祝詞”……駆動開始」
「接近戦か? ポンコツめ!!」
ジブリールは杖を振り下ろして、アクエリアスⅠは戦斧を振り上げて攻撃する。杖の先端と戦斧の刃が激突した瞬間、ガキィンと鈍い金属音が鳴り響いた。
「ギヒヒ……接近戦はおれの方が得意だぜぇ」
「哀れですね、あなた……こうして戦う事が本当に“信仰”を示す事なのですか? 女神アーカーシャに洗脳され、戦うことを強要された。あなたは弊機と同じ……戦うだけの兵器です」
「あ? この期に及んで説教かぁ?」
激しい鍔迫り合いが起こる中で、ジブリールはアクエリアスⅠへと語り掛ける。戦う事が“信仰”を示す手段なのかと。女神アーカーシャに洗脳されて、都合の良いように使われていないかと。
ジブリールは再度、言葉による揺さぶりを掛けていた。何かしらの動揺を誘い、アクエリアスⅠに隙を晒させようとしていた。その意図が透けているからか、アクエリアスⅠは嫌悪感を表情に示していた。
「洗脳された、戦うことを強いられている? それがなんだ、そんなもん百も承知だっての! おれは自分で望んでアーカーシャ様への忠誠を誓い、戦う事を選んだんだよ!」
「知っていて、それでも良いと言うのですか?」
「教えてやるよ、機械天使。おれは確かに洗脳されているかも知れねぇ……けどな、それをおれは納得してる。おれを拾ってくれた教皇ヴェーダ様と女神アーカーシャ様に感謝してんだよ!」
「…………」
「光導騎士として戦う事こそがおれの存在意義! こうして敵を粛清する事こそがおれの“信仰”! おれは幸福なんだよ……だから、洗脳だろうが強要だろうが問題ねぇんだよ!!」
そして、アクエリアスⅠは自らの“信仰”を叫んだ。本来なら、産まれてすぐに殺される運命だった自分を“神”は救った。だから、“神”に従い、与えられた力を振るえる事に自分は幸福を感じているのだと。
その返答を聞いたジブリールは真顔になった。
アクエリアスⅠは自らの行動は“信仰”によって肯定されていると主張した。それに対して、戦う為の“兵器”であるジブリールは理解できないという表情をしていた。
「それがあなたの幸福ですか……なんと哀しいのでしょうか。あなたは自分の幸福の為に……“信仰”の為に他者を害する事を良しとしている。それは本当に……正しい行ないなのでしょうか?」
「なっ……なんだと!? テメェ、戯言を……」
「あなたは“信仰”の為に戦っていると言いましたね……それは間違いです。順序が逆です……あなたは戦いを肯定する為に“信仰”を言い訳に使っている。他人を傷付ける事を『それが女神アーカーシャ様の為だから』と必死に自分に言い聞かせている……哀れだとは思いませんか?」
「テメェ……アーカーシャ様を侮辱するか!」
「女神アーカーシャを侮辱しているのはあなたです、アクエリアスⅠ。神の信徒であるならば、あなたがするべきは人を救う事のはず。なのに、あなたは“神”の言葉を鵜呑みにし、救わねばならぬ人たちを“粛清”と称して傷付けた」
「それがなんだ……それが悪いことなのかよ!!」
「他者の犠牲の上に成り立つ“幸福”など偽物です。その証拠が弊機たちラストアーク騎士団……女神アーカーシャが生み出した犠牲者の死骸から現れた復讐者たちです」
「兵器の分際で偉そうにィィ!!」
「そうです、弊機は兵器です。故に……戦う事に理由は不必要。ですが人間は違う、戦う為には理由が必要です。あなたは“信仰”を言い訳に、他者を傷付ける事を正当化した……それ自体が“神”の品位を下げる行為だとも気付かずに」
「違う……おれはアーカーシャ様の為にィィ!!」
「武力を振りかざした時点で、あなたの信仰する“神”は『圧制者』となった。あなた達に狙われた人々が“神”をどんな目で見るか想像できますか……それはきっと“恐怖”でしょう」
そして、ジブリールは淡々と『兵器』としての所感を述べた。アクエリアスⅠたちは他者を傷付けることを“信仰”を言い訳に正当化しようとしていると。そうして、暴力を用いて“神”の品位を貶めてしまった事を。
その言葉を聞かされたアクエリアスⅠは激しく激昂した。それは違うとジブリールに噛み付いている。だが、アクエリアスⅠは僅かに動揺を見せてしまっていた。
「あなた達は“信仰”を護る守護者ではありません……“信仰”を盾に恐怖を振りまく加害者です。その愚かさ、即刻反省するべきでしょう……モードチェンジ“受胎告知”!」
「これは……膂力が上がって……!?」
「いい加減、目を覚ましては如何ですか、アクエリアスⅠ? “神”とは愛を与える者、決して暴力を振りまく存在ではありません。それを知りなさい……弊機にボコボコにされて!」
「ぐっ……吹き飛ばされ……ウォォアアア!?」
アクエリアスⅠが見せた僅かな隙を突いてジブリールは変身、ピンク混じりの水色だった髪を水色混じりのピンク色に変色させて近接格闘形態へと移行した。
そして、両腕に装着した追加装甲を駆動させて膂力を強化させ、ジブリールは杖を振り抜いてアクエリアスⅠを大法廷の壁まで吹き飛ばす事に成功したのだった。