第952話:見えない戦い -Invisible Battle-
「ギヒヒ、ギヒヒハハハハハハハッ!!」
「これは……攻撃の圧力、さらに上昇……」
――――アクエリアスⅠが振り下ろした戦斧による一撃を、ジブリールはバリアを展開する事でかろうじて防御した。
しかし、攻撃を防がれても尚、アクエリアスⅠは攻撃を止める気配はなく、戦斧をバリアに対して押し当て続けていた。その様子に良くない未来を演算したジブリールはバリアの出力を上げて身構える。
「ギヒヒ、水瓶よ……もっとおれに血を寄越せ!」
そんなジブリールの予測が的中するかのように、アクエリアスⅠは攻撃を続行したまま次の一手を繰り出し始める。
頭上に浮かぶ水瓶から血が再び流れ落ち始め、霧状に霧散した血がアクエリアスⅠの身体に流れ溶け込んでいく。
そして、アクエリアスⅠが血を取り込んだ次の瞬間だった――――
「オォ……オォォォオオオオオオッ!!」
「これは……弊機のバリアを強引に……ッ!?」
――――戦斧を握るアクエリアスⅠの細腕が筋肉の膨張で一気に膨れ上がり、そのままジブリールのバリアは腕力で強引に破壊された。
バリアが破壊されると同時に戦斧が振り下ろされる。バリアが破壊される事を咄嗟に予測したジブリールは咄嗟に後方へと回避行動を取ったが、戦斧の刃はジブリールの胸元を切り裂いた。
膨らんだ乳房の部分を切られ、破損部分からは炉心を冷却する為の水が溢れる。それでも致命傷を避けたジブリールは大きく後退して距離を取ることには成功した。
「なんだぁ……胸ぇ切ったら水が出んのか、機械天使? 母乳でも出んのかと期待したんだけどなぁ……ギヒヒ!!」
「平時はコーヒー用のミルクが出ますよ」
「マジかよ……絶対ぇ無駄な機能じゃねぇか。開発者の顔が見てぇぜ……あ? 急にノア=ラストアークが顔を赤らめて証言台に隠れやがった……何でだ??」
「ノア様が隠れた理由を話しましょうか?」
「いや……別に興味ねぇな。おれはただテメェをバラバラにするだけだからなぁ! ギヒヒ、まずは一本……おれが先行だァ! ギヒヒ、ギヒヒハハッ!!」
胸に傷を付けられたジブリールは上機嫌に戦斧を振り回すアクエリアスⅠの様子をつぶさに観察していた。
アンプルから血を摂取した後、さっきまで獣人状態になっていたアクエリアスⅠの姿が人間の状態に戻っている事をジブリールは気にしていた。バリアを破壊する際に見せた丸太のように膨張した腕も元の華奢な細腕に戻っている。
(解析、解析、解析……アクエリアスⅠの血を摂取しての強化行動。原理は吸血鬼特有の“吸血”による強化と酷似……ルージュ一族のアーカイブから参考データ抽出)
ジブリールは頭部の演算装置をフル回転させ、アクエリアスⅠが上機嫌に戦斧を振り回すコンマ数秒の間に膨大な量の演算を行なっていた。
人間では考えられない速度、秒間数垓回の演算をジブリールは実行できる。大型のスーパーコンピューターすら上回る演算速度だ。そんなジブリールがアクエリアスⅠの術式の秘密を暴いていく。
(データ参照……照合完了。アクエリアスⅠの血の摂取による強化は吸血鬼種の吸血強化の亜種スキルと断定。経口摂取したアンプルの解析……完了。アンプル内の血は100パーセント、狼系獣人種のものであると解析。得られた情報を元にアクエリアスⅠの術式……分析)
アクエリアスⅠはまだ気が付いていない。目の前で胸元を抑えているジブリールが見えない戦いを仕掛けている事に。ジブリールに一太刀の傷を付けた光導騎士は、それ以上の負債を背負わされる事に感付けていなかった。
(残る不明部分は……人間種であるアクエリアスⅠが如何にして吸血鬼と同等の能力を会得したか。これが判明すれば術式の解析は終了……挑発による証言の引き出しを実行します)
アクエリアスⅠが如何に粗暴で好戦的な性格をしていると言えど、自身の術式の秘密をベラベラと喋るような馬鹿な真似はしない。
故に、ジブリールは言葉による揺さぶりを掛けて、アクエリアスⅠから言葉による“情報”を聞き出そうとしていた。
「驚きました……血を摂取すれば強化されるのですね、アクエリアスⅠ。神の使徒とは思えぬ戦いかた……まるで吸血鬼ですね」
「…………あ? テメェいまなんて言った?」
「先ほど袖から取り出したアンプル……あれは獣人族の血でした。あなたは人間種である以上、先ほどのアンプルの血は明らかに他人の血です。そんなものを持ち歩くなんて……吸血鬼ではありませんか」
ジブリールは丁寧に、丁寧に、アクエリアスⅠという少女の『性格の地雷』を探す作業に勤しむ。そして、奇しくもジブリールは最初の一言でアクエリアスⅠの地雷を踏んだ。
ジブリールが『吸血鬼』という単語を口にした瞬間、アクエリアスⅠは歯を食いしばりながら口元を歪ませ、殺気と共に怒りの感情を噴き出した。
「テメェ……おれが吸血鬼だって言いてぇのか、アァン!? おれは人間だ……女神アーカーシャ様に選ばれた使徒だ!! ふざけたこと抜かすなら今すぐにスクラップにすんぞ!!」
「しかし……あなたの戦い方はどう見ても吸血鬼そのもの。弊機が知っていますルージュ一族も同様の強化行動を使えますよ……血を摂取しての強化を」
「ルージュ……ルージュ、ルージュ、ルージュ! それがどうした! あんなクソ一族なんぞ関係ねぇ! これはおれが女神アーカーシャ様から授かった力だ! なんにも知らねぇくせに……おれを吸血鬼なんて言うんじゃねぇ!!」
(クソ一族……何らかの接点ありと断定……)
「その割には……ルージュ一族を目の敵にされているご様子。あっ、知っていますか? あそこでカプリコーンⅩⅡさんと戦っているウィル=サジタリウスさん……の眷属をしていますよ。キルマリア=ルージュという女吸血鬼が」
「はっ……? キルマリア=ルージュだと……!」
「ちょ、ちょっとちょっと! なにいきなりわたしの話すんのよジブリール! わたしにヘイトを向ける気!? 言っとくけど、わたしはそんな不味そうな血をした子どもなんて知らないからね!」
そして、怒りの身を任せたアクエリアスⅠの些細な失言をジブリールは見逃さなかった。高名な吸血鬼であるルージュ一族の名を出した瞬間、アクエリアスⅠの感情は一際揺らいだ。
それを観察したジブリールは、大法廷内で戦うウィル……に憑依しているレディ・キルマリアことキルマリア=ルージュが居ることを示唆した。そしてキルマリアが慌ててウィルの影から姿を見せた瞬間、アクエリアスⅠの表情が険しくなった。
「レディ・キルマリア……おれの母親を吸血して、おれを苦しめた相手ェ!! 裏切り者のサジタリウスの所にいやがったのかァ!! 殺す、殺す、殺す……おれの両親の仇ィィ!!」
「ぎゃーーッ!? わたし恨まれてるぅぅ!?」
「今のでハッキリしましたね……あなたは幼い頃にキルマリア=ルージュに襲われて、その後遺症で吸血鬼の能力を得た。ええ、端的に言えば……あなたは呪われた子のようですね」
「ありゃ……あれはマズイわねぇ。正解だわ……」
「呪われた子だと……? テメェ、今すぐにその発言を取り消せ! おれは呪われてなんかいねぇ! おれは女神アーカーシャ様に祝福を受けた子どもだ!! 許さねぇ……おれへの侮辱は、女神アーカーシャ様への冒涜も同じだ……絶対ぇに許さねぇ。今すぐに殺してやる……キルマリア=ルージュゥゥ!!」
「わたし!? なんでわたし!?」
「あなたの固有術式は……本来は水を貯める水瓶を出現させ、水を操る術式。そこに吸血による自己強化は吸血鬼の呪いが加わった……それがあなたの有する術式の正体ですね。これであなたの能力は解析が完了しました……」
明かされたのは、アクエリアスⅠの母親がキルマリアによって殺され、当時母親の胎内に居た彼女もキルマリアによって呪われたという事実だった。そして、その事実を以って、ジブリールはアクエリアスⅠの術式を完全に解析した。
アクエリアスⅠの固有術式【血涙の水瓶】――――本来であれば、召喚された水瓶に水を貯め、それを自在に操る術式。
しかし、吸血鬼の呪いを受けた結果、水瓶には“血”しか貯えられなくなった。そして、その血を吸血鬼の因子を得て魔人化したアクエリアスⅠは自己強化に転化する事ができる。
「ハッ……おれの術式が解析できたからなんだ! その程度で遅れを取るような雑魚じゃねぇぞ、光導騎士はよォォ!! おれを怒らせた罰だ……ぶっ壊してやる、機械天使ァァ! そして、その次はレディ・キルマリア……テメェをバラバラに刻んでやるゥゥ!!」
「ぎゃーーッ!? あいつを倒してジブリール!」
「すでに手の内は明かされました……そして、それが致命的な出来事だと言うことをすぐに理解させて上げましょう。パーフェクト・ジブリール……これより光導騎士アクエリアスⅠの制圧を開始します」
術式が開示された事で、ジブリールは大きなアドバンテージを得た。そして、怒りながら戦斧を振り回すアクエリアスⅠに対して、ジブリールは恐れることなく突撃を開始するのだった。




