表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1142/1164

第951話:神に愛された、呪いの子


『吸血鬼だ、吸血鬼が出たぞーーッ!! 若い夫婦が襲われた! 誰か医者を呼んでくれ! 早く!!』



 ――――今から五十年ほど前、アロガンティア帝国領、国境都市テンタティオにてその事件は起きた。都市の防壁を破壊し、魔界マカイから吸血鬼ヴァンパイアが襲来して民間人を襲撃した。

 夜の闇に紛れ、吸血鬼ヴァンパイアは多くの民間人を襲い、その生き血を啜って飢えを満たした。その結果、街では多くの死傷者が出た。防壁が補修工事中で、脆弱性があったのが原因だった。



『この女性は妊娠している……なんという事だ』



 犠牲者の多くは女性だった。吸血鬼ヴァンパイアが女性の血を好んで吸血していたのが原因だ。そして、犠牲となった女性の中で一人だけ、新しい生命を宿していた女性がいた。

 血を吸われ、干からびたミイラのようにされた女性を見て、駆け付けた医者は驚愕した。



『胎児が母胎の中で生きている……!?』



 干からびた母のはらの中で、胎児がまだ生存していたからである。それは母親の“最期の愛”――――血を吸われて自身の死を悟った女性は残された自身の生命力を全て胎児に注ぎ込み、万が一の可能性に賭けたのだ。



『胎児を取り出すぞ……助産師を呼んでくれ!』



 母親の最期の願いを受け取った医者は母胎から胎児を取り出す事を決めた。胎児はまだ妊娠八ヶ月目、まだ『産まれる』にはほど遠い未成熟児。


 それでも、治療に当たった医者は希望を捨てなかった。


 最初から『助からない』と諦めるような真似を、善良な医者はどうしても出来なかった。故に、医者はすでに息絶えた女性の腹部をメスで切開し、魔法によって護られた子宮から胎児を取り上げた。



『ああ……あぁぁああん! あぁぁああん!!』



 外気に触れてから十数秒後、胎児は呼吸を始め産声をあげた。まだ完全に成熟しきっていない、今にも消えそうな儚い命。それでも、我が子だけは護りたいと願った母の想いは“神”に通じた。

 しかし、胎児を取り出した医者も、それを手伝った助産師も、事の一部始終を見守っていた群衆たちも、産声をあげた胎児を見て表情を曇らせた。



『ああ、駄目だ……()()()()()()()()()()



 その胎児は呪われていた。眼球は真っ黒に染まり、瞳は禍々しい金色こんじきに輝き、両眼からは血の涙を流していた。


 それは“魔人化”と呼ばれる『呪い』の一種。


 吸血された際に吸血鬼ヴァンパイアの因子が母親を通じて胎児に混入し、産まれた赤子は人間でありながら()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。



『この子は災いを生む……可哀想だが生かしては』



 神に仇なす存在である魔族、その眷属とでも言うべき存在になった赤子は『女神アーカーシャの敵』になってしまった。医者は善良だった、瞬時に赤子が辿るべき未来を予測してしまった。


 赤子は人間たちから迫害を受けるであろう。


 人間と敵対する魔族の血が流れた呪われた子など、人間社会では決して歓迎されない。故に、善良な医者は苦悩した。この場で赤子の命脈を断ち、赤子が苦難の道を歩まないようにする為に。



『その子はわたくしが預かります……』



 そんな呪われた赤子を救ったのは、騒ぎを聞き付けて病院を訪れたアーカーシャ教団の“大聖女”だった。聖女は呪われた赤子を医者から取り上げた。



『如何なる子であっても……産まれたからには女神アーカーシャ様のご加護を授けねばなりません。あなた方が善意でこの子の未来を憂いているのは理解できます。故に……この子はわたくしが責任を持って教団で引き取ります』


『聖女様……』


『産まれてすぐに殺されて、()()()()()()()()()()()など……残酷なことです。ならば、せめて……わたくしだけでもこの子の命を拾わねば……』



 誰も聖女に異を唱える者は居なかった。偉大なる女神アーカーシャの代弁者である聖女が見せた慈悲に、その場にいた全員が驚き、そして彼女を通じて“神”の意志の偉大さを改めて知った。


 “神”は呪われた子すら愛するのだと。


 聖女の腕に抱かれた赤子は笑顔を浮かべた。人間たちの『常識』によって殺されようとしていた呪われた子は、“神”の愛という『救済』を受けて生誕の祝福を受けた。



『この子に名前は……?』

『その子に名前は……ありません』



 名前すら与えられずに『世界』に生まれ落ちた無垢なる子、彼女はそのまま聖女に連れられてデア・ウテルス大聖堂へと迎え入れられた。



『あなたを『光導十二聖座アカシック・ナイツ』の第一席に命じます。女神アーカーシャ様の為に、その“名”と“顔”を捧げなさい。今日からあなたの名は……アクエリアス(ワン)です』



 そして、運命の日から十五年後、呪われた子は成長し、教皇ヴェーダによって少女は『アクエリアス(ワン)』という“コードネーム”を与えられて神に絶対の忠誠を誓う騎士となった。


 少女にとって、それは絶対の喜びだった。


 自身を救いあげた“神”に対して、全身全霊の“信仰”を捧げる。それが呪われた出自を持つ自分を保護し、大事に育て上げてくれた“神”への恩返しに繋がると少女は確信していたからだ。



 〜〜〜〜



「おれの名はアクエリアス(ワン)! 女神アーカーシャ様に絶対の忠誠を誓う“血涙の水瓶”アクエリアス(ワン)だ!! だから、おれは“神”の敵を粛清するのさ……ギヒヒ、ギハハハハハ!!」


「――――ッ! 障壁展開……」


「“神”の慈愛を理解しねぇ反逆者どもが……テメェ等は皆殺しだ!! まずはテメェから死ね、信仰なき機械ロボットがァ!! ギヒヒ、ギハハハハハ!!」



 機械天使ティタノマキナジブリールに戦斧を振り下ろした少女の名はアクエリアス(ワン)――――神に愛された、呪われた子。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ