第950話:血涙の水瓶
「ノア=ラストアークを粛清なさい! さすればラストアーク騎士団は瓦解する! さぁ、我が信徒たちよ、“神”の敵を倒すのです……この世界を護る為に!」
――――ラムダ=エンシェントがタウロスⅠⅤとの死闘に臨んでいた頃、大法廷ではノア=ラストアークを粛清せんとする聖堂騎士団と、それを阻まんとするラストアーク騎士団との激しい攻防が続いていた。
「ノア様、証言台から動かぬように。マスターがご帰還されるまでの間、弊機たちがノア様をお守りします」
「私だって自分の身ぐらい……おらー、勝訴バリアー!」
「ギヒヒ……こっちは光導騎士3人、聖堂騎士100人、加えて女神アーカーシャ様の大盤振る舞いだ! たった3人で守り抜けると思ってンのかぁ、あぁん!?」
「それをするのが“盾”である弊機の役目です」
「ギヒヒ……そいつはおもしれぇ! やってみなよ、“機械天使”! おれがテメェを粉々の廃棄物にして、テメェの大事なご主人様を粛清してやんよォォ!!」
光導騎士が一人、アクエリアスⅠは単独で行動し、証言台でシールドを構えて自衛を試みているノア=ラストアークを直接始末しようとしていた。
そんなアクエリアスⅠを阻むのはノアの護衛である機械天使ジブリールである。アクエリアスⅠが振り回した戦斧を荷電粒子砲の砲身で受け止めて跳ね返し、ジブリールはノアの盾にならんと立ちはだかる。
「マスター……ラムダ=エンシェントがノア様の“剣”であるならば、弊機はノア様の“盾”。ノア様を殺したくば、まずは弊機という“盾”を壊してからにして頂けますか、アクエリアスⅠ」
「ギヒヒ……機械の分際で偉そうに……!」
「そちらこそ……弊機という機械をずいぶんと見下していますね? そんなにもあなたは優れているのでしょうか……超高性能機である弊機より? それは素晴らしい……さぞかし恵まれた出自をされているのでしょうね……」
「あ? テメェ……おれをおちょくってんのか?」
「否定――――疑問に思っただけです。だって……『機械』の方が『人間』よりも優れているのは事実なのですから。人間は絶対に機械に勝てないから、機械に“制約”を課して機能を制限した……違いますか?」
ジブリールの淡々とした受け答えにアクエリアスⅠは苛立った表情を見せた。ジブリールのどの言葉が彼女の琴線に触れたかは定かではないが、アクエリアスⅠの標的がノアから逸れたのは間違いない。
ジブリールは両腕に装備した荷電粒子砲をアクエリアスⅠに向ける。ラムダ=エンシェントに代わりノアを護る“盾”としての役割を果たす為に。
「違うね、テメェよりもおれの方が……優れてる!」
「ならばご証明を……アクエリアスⅠ」
床を強く踏み込んでアクエリアスⅠがジブリールへと突貫する。小柄な身の丈に合わない巨大な戦斧を振り上げて、目の前の機械をスクラップにする為に。
対するジブリールは荷電粒子砲の長砲身を展開し、一切の躊躇なくアクエリアスⅠに向かって加速粒子を撃ち出した。
「アクエリアスⅠの行動分析……開始」
命中すれば生身の人体など一撃で消し飛ぶ。それがジブリールの持つ小型荷電粒子砲『ソドム』『ゴモラ』の性能だった。歴戦の戦士ならば攻撃の威力など目算できる、なのにアクエリアスⅠは迫りくる白い粒子の砲撃に怯む素振りもしない。
彼女は確実に対抗策を持っている、そう判断したジブリールは仮面の“一つ目”を光らせてアクエリアスⅠの動きを冷静に観察していた。
「固有スキル【血涙の水瓶】――――発動ォォ!!」
そして、ジブリールが観測する中でアクエリアスⅠは固有術式を発動。その瞬間、彼女の背後に巨大な白い水瓶が出現した。
その水瓶から溢れたのは――――ドス黒い血液。
溢れ出た血はまるで吸い寄せられるようにアクエリアスⅠの身体と彼女の戦斧に纏わりつく。戦斧の刃は血でコーティングされ、アクエリアスⅠの華奢な身体に血が浸透した瞬間、彼女の肉体の強度は跳ね上がった。
「ギヒヒ……ギヒヒハハハハハハッ!!」
そして、血を啜って自己強化を果たしたアクエリアスⅠが血を纏った戦斧を真横に振り抜いた瞬間、ジブリールが放った荷電粒子砲は真っ二つに寸断され、そのまま消滅していった。
「これは……想定外の膂力ですね」
ジブリールは今しがたアクエリアスⅠが見せた現象について、頭部の演算装置を全開で駆動させて分析を開始しだした。
しかし、ジブリールが結論を出す前にアクエリアスⅠが接近、ジブリールに対して戦斧を叩き付けるように振り下ろしてきた。
「回避行動……」
「逃がすかよォォ!!」
咄嗟にジブリールは後方へと跳躍して戦斧による攻撃を回避、空中に浮遊しつつアクエリアスⅠの追撃に備えた。
そして、ジブリールの懸念通り、アクエリアスⅠの掛け声と共に床に叩き付けれた戦斧の刃からは大量の血液の“矢”が撃ち出され、後退したジブリール目掛けて飛んでいく。
「“ルミナス・フェザー”――――発射」
迫りくる血液の矢を認識したジブリールは純白に輝く“エナジーウィング”からエネルギー弾を大量に発射、撃ち出された血液の矢を撃ち落としていた。
「チィ……面倒くせぇ!!」
「アクエリアスⅠを迎撃します」
そのままジブリールはエネルギー弾を撃ち続けて眼下を攻撃、今度は大量のエネルギー弾がアクエリアスⅠに向かって迫り来ていた。
「血液注入――――“獣人強化”!!」
だが、ジブリールの光弾がアクエリアスⅠを仕留めることはなかった。エネルギー弾が撃ち出されたのを目視で確認したアクエリアスⅠは懐から取り出したアンプルを開栓し、中に含まれていた血を飲み干した。
次の瞬間、アクエリアスⅠの身体に変化が起こった。
頭部からは獣耳が生え、臀部からは獣の尾が現れ、少女の身体からは灰がかった獣毛が生え、さっきまで人間だった少女は瞬く間に獣人へと変貌していた。
「ギヒヒ……アォォーーーーン!!」
そして、変貌したアクエリアスⅠは床に突き刺さった戦斧を軽々と持ち上げると、戦斧を目にも留まらぬ速さで振り回してジブリールの光弾を全て弾いて受け止めた。
「これは……著しい細胞の変質……まさか!」
「ギヒヒ、考えている暇なんて無ぇぜ!!」
ジブリールはアクエリアスⅠの術式の秘密は“血”にあると確信した。彼女は血を武器のように操り、血を取り組む事で自己強化を果たすことが可能なのだと。
しかし、ジブリールが術式を解析していた僅かな隙をアクエリアスⅠは見逃さなかった。獣人と化した少女は大きく膝を曲げて、優れた脚力で床を一気に踏み抜く。
そして、アクエリアスⅠはジブリールの眼でも追えない速度で跳躍すると――――
「さぁ、テメェの血をおれに寄越せ……ギヒヒハハ!」
「これは……反応不可。回避……不能」
――――ジブリールの目の前に出現し、血を滴らせた戦斧を勢いよく振り下ろしてきたのだった。




