第97話:時の歯車
「ラムダお兄ちゃん、無事だったのだな! あたしは心配したのだーーッ!」
「アウラ……こっちは大丈夫だった?」
「勿! 第二師団? のおねーちゃん達が頑張ってくれたのだ!」
「ラムダ卿、お疲れ様です! こちらではレイズ配下と思われる幽霊の軍団による奇襲がありましたが、我ら第二師団とミリアリア様たちで協力して撃退致しました!」
「本当ですか……ツェーネル卿、ノアたちを守っていただきありがとうございます!」
逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】、聖堂――――時刻は夕刻。
迷宮攻略とレイズとの戦闘で消耗した俺たちは体勢を立て直すべく一度帰還、アウラたちに出迎えられて聖堂まで戻って来ていた。
「ツェーネルさん、ノアたちは……?」
「そ、それが……ノア様が……!」
「ノアが……?」
だが、そこで俺を待っていたのは……あまり良くない出来事だった。
「はぁ……はぁ……ラ、ラムダさん……おかえりなさい……」
「ノア……手足が完全にゾンビ化している……どうして……!?」
「ラムダ様……その……ノアさんには“聖水”の効果が殆ど現れなくて……ひとりだけ、どんどん様態が悪化していってて……」
聖堂のイスに寝かされたノアは既に手足が完全にゾンビ化して動かせなくなっており、その激しい拒否反応からか肩で息をしながら苦痛に耐えていた。
聖水の効果が出ないのは恐らくノアが女神アーカーシャに設計された人間では無いから――――人体の構造の違いがこの結果を生んだのだろう。
「まだ……平気……! 完全にゾンビ化するまで、まだ時間は……あります……!」
「ノア……まさかずっと治療薬の研究を……!」
「はい……でも、材料が……足りないの……!」
「この近くには無いのか!? 俺が全力で探すから、ノア……死ぬな! 俺の側に居てくれ!」
「だから……あなたを呼びました……旗艦『アマテラス』……あそこに……私を連れて行って……」
「ノア……」
「あそこには……私の……研究所が……あるの……そこなら……ワクチンの材料が……残っている筈……!」
弱々しく、それでもなお力強く、ノアは生きようと足掻く――――もう、彼女にはふざけるだけの“余裕”も無い。このままだと、じきに死ぬ……そんな事は、断じて許さない。
残された希望は地下に眠るあの巨大な艦の中に…………そこに、ノアたちを救う手立てがある。
「10万年前の戦艦に物資が残っているの? 戦艦そのものや例の天使が残っているのも不思議だけど、流石に物資なんて朽ちているんじゃ無いの?」
「いいえ、その心配は必要は無いですよ、アリアさん……」
「オ、オリビアさん……どうしたの、眼が朱くなってるよ……?」
「ご心配なく、私は平気です……! そして、この神殿は【巫女】によって時間が常に巻き戻されています!」
「どういう事……オリビア?」
「この神殿に眠る旗艦『アマテラス』は【巫女】の時間魔法で時を戻されて、いまだに墜落して間もない状態を保ち続けています。ですので、ノアさんが必要としている物資は……まぁ、まだ残っているでしょう……」
「なら……!」
「ええ、助かる可能性……まだ残っていますよ、ラムダ様」
ミリアリアの疑問に答えたのは少し様子のおかしいオリビア――――曰く、この神殿は【巫女】による時間の巻き戻しで『旗艦アマテラスが墜落したすぐ後の時間』を保存しているらしい。
それがこの【逆光時間神殿】の秘密。
「私……もっとラムダさんと一緒に……居たい……! だから……私をあそこに……私が造られた場所に……連れて行って……」
「ノア……あぁ、一緒に行こう……! 一緒に……!」
「少し……疲れたので……もう寝ますね……おやすみ……なさい……」
「ラムダ様、ノアさんは私が看ていますから、ラムダ様もどうかおやすみ下さい……ね?」
共に神殿の丘眠る古代文明の旗艦『アマテラス』へ――――そう約束して、意識を失ったように眠るノア。
歯がゆい思い、焦燥感……そんな俺の心境を察したのかオリビアは『休む』ように促す。もうすぐ日が暮れる……迷宮内で『夜明けを迎えてはいけない』以上、探索は明日以降にするしか無い。
「分かった……少しだけ仮眠してくるよ……。オリビアたちも症状が進行しているんだから、無理はしないで……」
「はい、ご安心下さい……今回の一件、女神アーカーシャ様もきっと協力して下さるから大丈夫です…………私が保証しますね……」
聖堂に差し込む夕日のせいか朱く見えるオリビアの瞳――――いつものオリビアとは少し違う独特な雰囲気に少しだけ戸惑いながらも、俺は彼女の気遣いに甘える事にした。
聖堂に置かれた長椅子に腰掛けて眠る。明朝から戦い続きで疲れたのか、襲ってくる眠気……その耐え難い睡魔に抗うことなく身を委ねて。
〜〜〜〜
「おーっ、どうしたのだ、ラムダお兄ちゃん? 眠れないのか?」
「アウラこそどうしたんだ、こんな時間に……? もうすぐ夜明けだぞ?」
「結界の維持で疲れたからちょっと休憩なのだ!」
眠りについてから暫くして――――ふと、目が覚めた俺は夜風に当たるべく神殿の外に出てそこでアウラと鉢合わせする。
時刻は夜明け前――――既に地平線の向こうから日の光が見え始めている時間。アウラは地平線の向こうに隠れた太陽の方を瞳を輝かせながら向きながら、俺を元気よく出迎える。
「休憩なら聖堂で休んでいたほうが……いま、コレットが暖炉に薪をくべてくれてるから温かいよ?」
「にゃははは! あたしはここで良いのだ! だって……あたしは夜明けを見たいから……」
「夜明けを……?」
肌を切る夜風など気にもせずにくるくると回るエルフの巫女。彼女は待っているのだという……夜明けを。
「どうして夜明けを?」
「なんでなのかなー? 単に“好きなだけ”かもなのだ!」
「好きなだけ?」
「そう、好きなだけ! だからかな……夜明けが待ち遠しいのだ……!」
ごくごく僅かな小さな丘――――朝露が滴る草の上に腰かけて、両手を広げて走り回るアウラを見守る。
エルフは長命で知られている……きっとアウラも見た目とは似つかないような永い時を生きているのだと思うのだが、どうにも彼女の内面は容姿に似通っているようだ。
無邪気にはしゃぐ少女、それを見守る少年、夜明け前の一時。気分が安らぐ感覚……まるで、緑豊かな大自然の中にいるような感覚――――きっと、アウラの持つ性質のせいなのだろう。
だからだろうか、彼女ともっと仲良くなりたいと思ったのは。
「ねぇ、ラムダお兄ちゃん! お兄ちゃんは“冒険者”なんでしょ?」
「あぁ……まあ、そうだけど……」
「なら……夜明けまであたしにお兄ちゃんたちの『冒険』を聞かせるのだ!」
「……ふふっ、そういう事なら、喜んで……!」
俺の隣に腰かけてアウラに語り聞かせるのは『神授の儀』から始まったラムダ=エンシェントの冒険譚。
エンシェント家からの追放、魔狼との死闘、ノアとの出会い、食堂での大喧嘩、コレットとオリビアとの再会、リリィとの決戦、エルロルでの戦い、古の勇者クラヴィスとの決闘、復活した邪神との闘い、消えた王女の捜索、兄との死別、母との二度目の別れ、憎き仇との決着、姉さんとの再会。
全部語り聞かせた――――喜びも、悲しみも、怒りも、全部。そして、それをアウラは興味深そうに聞き続けてくれていた。
「クラヴィス=ユーステフィア……ふ~ん、骸骨が女の子になるなんて凄いのだ! あたしも会ってみたいな~、そのクラヴィスって勇者様に!」
『……』
「アウラは『冒険』に興味があるの?」
「そうなのだ! あたし、この神殿での“お役目”が終わったら世界中を冒険したいのだー!」
気付けば空がだいぶと明るくなってきた……間もなく夜明けだ。
「もうすぐ夜明けだね」
「うん! 夜が明けたら……また『明日』がやってくるのだ……!」
「日付が代わるのはもっと早いよ?」
「はぁ~、これだから『人間』は細かいのだ……! あたしにとっての『明日』は夜明けとともに来るのだ!」
神殿に吹く風は暖かさを纏い、立ち上がったアウラは両手を広げて風を感じながら、来るべき『明日』を抱き締めようと待ち構える。
夜明けが来たら言おう、『おはよう』って……そう思っていた。
『さぁ、ご主人様……お覚悟を……! 今から始まるのが、アウラ=アウリオンの“宿命”です……!』
「……【シャルルマーニュ】……いま……なんて……!?」
「ラムダお兄ちゃん……ねぇ、あたし……お兄ちゃんと――――ッ!?」
彼女に『明日』が来ないことを、俺は気付かずに。
「――――アウラ?」
「あぇ……なんで……? あたしの身体から……光が……?」
アウラがこちらを向いた瞬間、俺の顔に掛かったエルフの鮮血。アウラの心臓を内部から突き刺すように現れたのは、一筋の“光”。
「アウラ……アウラぁああああ!!」
「あぁ……あたし……………」
右眼にも映らなかった不可視の一撃、血反吐を吐いて倒れるアウラ。
何が起きた、何があった、何が襲った――――分からない、分からない、分からない。
ただ、倒れたアウラに駆け寄る…………助けないと、何が起きたか考えるのは後だ。
「アウラ……アウラ! しっかりしろ、アウラ!!」
「――――――――」
「嘘だ……死んでる……?」
『ええ、死にました……! そして、彼女の“今日”が再び始まります……!』
けれど、運命は残酷だった――――たったの一撃、それだけで……アウラの未来は閉ざされた。
死んだ……明日を待ち焦がれた少女は、明日を迎える事なく、無慈悲に……殺された。
俺が抱きかかえているのはアウラの亡骸。
『【巫女】アウラ=アウリオンの死亡を確認――――【時の歯車“古”】、起動開始します』
「クロノ……ギア……!?」
そして、始まるのは時間逆行――――冷たくなったアウラの亡骸を包むように現れたのは無数の歯車。
俺の脳内に響いた自動音声と共に光に包まれていくアウラ。
「まさか――――禁忌級遺物!?」
『アーティファクト!? まさか……だから姐さんじゃどうにも出来なかったのか……!!』
『女神アーカーシャの名において命じます――――【巫女】アウラよ、逆光時間神殿と共に再び“今日”を繰り返しなさい……!』
「女の声――――貴様がアーカーシャかッ!!」
木霊する少女の声――――間違い無い、この声の主こそが女神アーカーシャだ。
女神の導きとともにアウラの身体が歯車と眩しい光に包まれていく。
「アウラ……アウラ!!」
『さぁ、永遠の“今日”で祈り続けなさい――――貴女は“時紡ぎの巫女”……終焉の希望を封じ込めた“楔”……その命、燃え尽きるまで……永遠に来ない希望を胸に祈りなさい……!』
「やめろ……アーカーシャ……! アーカーシャーーーーッ!!」
夜明けと共に時間は逆か巻く――――昨日の出来事が無かった事になっていく。
これが、逆光時間逆行【ヴェニ・クラス】に隠された最大の『秘密』――――巫女アウラに架せられた呪縛。
『さぁ、巫女アウラ=アウリオンを開放したくば……旗艦【アマテラス】に眠る“終末”……【光の化身】を討ち倒してみなさい……!』
俺が断つべき――――アウラの絶望。
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