第948話:VS.【天雷の雄牛】タウロスⅣ⑦ / 〜最後の鼓動〜
「ぐっ、ガァァァ!!」
「ぐっ、オォォォ!!」
――――天から降り注いだ“神の鉄鎚”は大聖堂の結界を踏み砕き、そのまま落雷は鐘楼を破壊しながら地面へと落ちた。その瞬間、ありったけの電気を集束させていた鉄鎚は弾け、大放電が地上で炸裂した。
俺とタウロスⅠⅤが居るのは大放電の中心、爆心地になっている場所。そこで俺たちは降り注ぐ雷を喰らいながら最後の激突を続けていた。
「ぐっ……耐電性質があっても身体が……!?」
「ガッ、アァァ……身体が灼ける……ウァァ!!」
胴を魔剣で貫かれ、地面に串刺しにされたタウロスⅠⅤは体内を駆け抜ける電撃に臓器を灼かれて苦痛に喘いでいる。すでに死に体になった身体では落雷に耐えるだけの力が残っていないのだろう。
タウロスⅠⅤに馬乗りになって魔剣を突き立てる俺も、奪い取った耐電撃性質を装甲に付与しているにも関わらず、落雷に対して手酷いダメージを喰らい続けていた。
(喰らった電撃は魔剣を通じて地面に逃している……俺なら耐えれる筈だ。あとは先にタウロスを力尽きさせれば俺の勝ちだ……)
雷は身体に刺さった矢から俺の体内を通り抜け、手にした魔剣からタウロスⅠⅤの体内を伝って地面へと流れていっている。周囲に炸裂しているのは余剰分のエネルギーだ。
臓器が灼かれて、激痛が体内を駆け巡る。打ち上げ花火を体内で爆発させられたような気分だ。いつ身体が吹き飛んでもおかしくない状態だった。
そんなギリギリの状態の中で――――
「僕が……僕が……負けるかァーーーーッッ!!」
「なっ、タウロス、まだ抵抗でき……ぐあッ!?」
――――俺の頭部に牡牛の“角”が突き立てられた。
右の側頭部に鋭い“角”が深々と突き刺さった。タウロスⅠⅤの頭部に装着されている武装だ。それを使って彼は反撃を試みていた。
電撃を帯びた“角”は皮膚を破り、骨を軽々と砕き、脳にまで到達していた。そして、“角”を伝った電撃が俺の脳内に流れ込み、意識が吹き飛ぶような激痛が脳から直接神経を灼き始める。
「タウロス……!!」
「僕はただじゃ死なない……お前も地獄に道連れだ! トネリコの『世界』から……せめてお前だけでも連れ去ってやる! それが……僕の“騎士”としての使命だ……!!」
「こ、この程度ォォ……!!」
「あっ……め、女神アーカーシャ様……あと少し、あと少しだけ僕に……力をください……! トネリコを護る力を……僕にお与えください……アーカーシャ様!!」
「くっ……ウォォオオオオオオ!!」
それはタウロスⅠⅤの最後の意地だった。せめて俺だけでも倒そうとする執念だけが彼を突き動かしていた。
左腕にありったけの力を込めて彼は“角”をより深く突き刺していく。女神アーカーシャへの揺るぎない“信仰”を叫び、トネリコへの絶対の忠義を叫び、タウロスⅠⅤという騎士は自らの使命を全うしようとしていた。
「この『美しき世界』は……僕が護るんだァ!!」
「お前を乗り越えて……俺は“明日”に行く!!」
こうなればあとはどちらが先に力尽きるかを待つだけだ。“神の鉄槌”の全てが地面に落ちきるまでの間、俺は魔剣を突き立てて、タウロスⅠⅤは“角”を突き立て続けた。
時間にして三十数、身体を灼かれながらの激闘は永遠のように長く感じられた。叫び続けた喉は灼けて、意識はどんどんと曖昧になっていく。それでも、俺たちは一歩も譲ることなく戦っていた。
そして、落雷が全て落ち切った瞬間――――
「あ、あぁ……ぁ、………………」
「――――ッ! ぐっ……ぅぅ…………」
――――戦いは静かに決着の時を迎えた。
“角”を握りしめていたタウロスⅠⅤの左手が解けた。いいや、正確に言えば……腕が炭化して砕け散った。そう、先に力尽きたのはタウロスⅠⅤの方だった。
俺の目の前で、仮面を被った少年騎士が焼け焦げて沈黙した。皮膚から白煙をあげ、血も肉も灼かれて力尽きていた。
「…………」
心音は聞こえず、アーティファクトの動力も停止している。その瞬間、俺はタウロスⅠⅤが息絶えたと確信した。
もう魔剣を突き立てる必要もない。俺はフラフラと立ち上がりながら、魔剣を彼の胸部から引き抜いた。それでもタウロスⅠⅤはピクリとも動かなかった。
「すまない……こうするしか道はなかった……」
タウロスⅠⅤがどれほどトネリコを案じていたかは容易に想像できた。自分の命を賭してまで彼はトネリコを護ろうとしていた。
そんなタウロスⅠⅤの矜持を俺は砕いた。それが我が王であるノアを護る為なのだから。それでも……胸の中は罪悪感でいっぱいだった。
「ラムダ=エンシェント……タ、タウロスを殺したのか……!? お、お前ェェ……よくも、よくも……僕の騎士を……!!」
「…………ッ!」
そんな俺に向かって、拳銃の銃口を向けている少女が一人いた。トネリコ=アルカンシェルだ。
トネリコは無残な姿にされたタウロスⅠⅤを見て顔面蒼白になり、震える手で俺に銃を向けていた。俺たちが落ちてくるのを大聖堂内から目撃して、落下地点まで走ってきたのだろう。
「よくも……よくもタウロスを……」
「魔剣ラグナロク……起動……」
「僕が……仇を……タウロスの仇を!」
「我が王の敵……ここで死んでもらう……」
「ラムダ=エンシェント……この魔王が……!!」
涙を滲ませながら銃を構えたトネリコに対して、俺は魔剣の切っ先を向けた。彼女はノアを排除しようとする“敵”である。だから殺して排除する必要があると。
もうトネリコを護る騎士はいない。あとは彼女を排除すればそれでお終いだ。そう考えて俺はトネリコを殺すべく、彼女に歩み寄ろうとした。
その瞬間だった――――
「やめろ……彼女に……手を…………出すな…………」
――――タウロスⅠⅤの声が聞こえたのは。
ふと、何かが俺の歩みを止めた。何かに引っ張られて、俺はトネリコの元に向かえなかった。違和感を感じたのは右脚の踵、そこに何かが噛みついている。
トネリコが驚いた表情をして俺の足下を見ている。それに釣られて、俺はゆっくりと視線を自分の足下に向けた。
「タウロス……君は……」
「最期まで……主を護るか……」
視線の先に映ったのは、俺の脚に噛み付いたタウロスⅠⅤの姿だった。両腕を失って、全身が焼け焦げても尚、彼はトネリコを護ろうと這いつくばってまで俺に抵抗を試みていた。
すでに死んでいる筈、それでも死に体を引きずって彼は“騎士”の使命に殉じた。その姿を見て、どうしてか俺はトネリコへの殺意を失ってしまった。
「ここでトネリコを殺せば……俺は騎士失格だな」
これは俺とタウロスⅠⅤの決闘だ。ここで俺が勝ったからとトネリコを殺せば、俺はタウロスⅠⅤを二重の意味で殺すことになってしまう。それだけはどうしてもできなかった。
魔剣の切っ先を降ろし、俺はトネリコへの殺意を消した。その瞬間、俺の意図を察したタウロスⅠⅤは静かに俺の脚から口を離した。
「誇れ、タウロスⅠⅤ……お前は主を最後まで護り抜いた。見事だ……主君を持つ騎士として……私は君を尊敬しよう」
「タウロス……」
「トネリコ……この場はタウロスの顔を立てて見逃してやろう。死にたくなければデア・ウテルス大聖堂から立ち去るんだな……」
「うっ、うぅぅ……」
「俺は大法廷に向かう……我が王を迎えに行かねばならないのでな。それと……すまない。こうする事しか俺は出来なかった……恨むなら俺を恨め」
そして、タウロスⅠⅤの最後の勇姿を見届けた俺はトネリコを素通りして、ノアが居るであろう大法廷に向けて走り始めたのだった。
トネリコとタウロスⅠⅤ、死別という残酷な最期を迎える二人をその場に置き去りにして。




