第946話:VS.【天雷の雄牛】タウロスⅣ⑤ / 〜神の鉄槌〜
「ウォォオオオオオオ!!」
「ハァァアアアアアア!!」
――――リミッターを外しての限界を超えた激突、魔剣と雷剣の衝突で発生した放電が周囲の建物を粉々に破壊していく。
無論、俺もタウロスⅠⅤも無事では済まない。
放電によって俺の身体は焼け焦げ、タウロスⅠⅤも身体が保たないのか口から血をダラダラと流している。
「そのまま戦えばお前は自滅するぞ……!」
「それで君を仕留めれるなら本望さ!」
仮面で隠れて見えないが、目元からも出血しているのだろう。それでもタウロスⅠⅤは不敵に笑みを浮かべていた。
「魔力集束、障壁展開――――“迅雷撃”!!」
「――――ッ!! “量子転移”!!」
自分の“死”も自壊も一切気には留めていない。タウロスⅠⅤが大きく息を吸った直後、彼の周囲には激しい放電を伴う電撃が発生した。
攻撃を察して転移で空中へと飛び退いたが、タウロスⅠⅤの攻撃は空気をジグザグと掻き分けながら広範囲へと広がり、数メートル離れた位置に居た俺に放電が襲い掛かってきた。
「あー、とってもマズイし! 空から降ってくる落雷にも対処しなきゃなのに、地上も放電まみれとかいくらあーしの避雷針でも対応できないし!」
「ルクスリア、放電を左手で吸い込め!」
「やめるのじゃアケディアス、儂の“喰魔”は掃除機じゃないのじゃ、儂の左腕を掴んで放電に向けるでない! って、はぎゃああああああっ!? また痺れるのじゃ〜〜!?」
「またグラトニスが貧乏くじを……タウロス!!」
「ハハハッ、悪いね……こうなったら、周りに配慮なんて生ぬるい事はできないさ! 生憎と僕のアーティファクトの影響範囲はこのサンタ・マリア島全域に及ぶ。何処に逃げたって安全な場所はないぞ!!」
タウロスⅠⅤから発せられる放電が、空から降り注ぐ落雷が俺はおろか仲間たちにも被害を及ぼしていた。電撃を免れているのは強力な結界で護られたデア・ウテルス大聖堂だけだ。
大聖堂へと攻め入っているラストアーク騎士団も落雷の影響で攻めあぐねている。グラトニスが落雷を(盾にされて)一身に受けてみんなを守っているが、あまり長くは保たないだろう……たぶん。
(これ以上、地上で戦えばみんなが被害を受ける。ここは戦いの場をあの雷雲の中に引っ張るしかないか……!)
このままでは俺とタウロスⅠⅤの決闘で周囲の状況が壊滅的になってしまう。タウロスⅠⅤ自身もアーティファクトの出力を細かくは制御できない。
これで『周囲を気遣って手加減しろ』というのも野暮な話だ。周りへの被害を考慮するなら、俺がタウロスⅠⅤが全力を出しても被害が出ない場所に誘導するしかない。
「――――ッ! ついてこい、無差別放電野郎!」
「ハッ……場所を変えるのか? 良いだろう」
翼から魔力を噴射して、俺は雷鳴轟く天空に向かって飛翔した。タウロスⅠⅤも俺の意図を察したのか、ニヤリと笑みを浮かべると装甲の各部から魔力を噴射して飛翔を開始した。
一気に音速まで加速して雷雲に向かって飛んでいく。途中、降り注ぐ落雷を何度も躱しながら、タウロスⅠⅤの放つ電撃をシールドで防ぎながら。
(身体に蓄積した電撃で身体の動きが鈍くなってきた……これ以上、戦いを長引かせられない)
少しずつ反応が鈍くなってきている。身体を蝕む電撃がかなり溜まってきているのだろう。これ以上、戦いを長引かせるのは危険だ。
タウロスⅠⅤが自滅するのが先か、俺が動けなくなるのが先か。いずれにせよ、もう迷っている時間はない。
「ここなら誰にも迷惑は掛からない……」
そして、飛翔から十五秒後、俺とタウロスⅠⅤは雷雲の真下に到着して、雷鳴が轟く空の上で睨み合った。
「わざわざ僕の有利な領域に移動するなんて……君も馬鹿なようだね、ラムダ=エンシェント」
「テメェに有利な場所で勝ってやるつもりなだけだ」
「ふっ……強がりだけは流石だと褒めてあげるよ。フフフッ、うぐっ……!? ゲホッ、ゲホッ……! うっ……ハァハァ、ハァハァ……く、くそ……!!」
「どうした……もう限界か、タウロス?」
「ま、まさか……そんなわけないだろう。少し空気が薄くて呼吸がしにくかっただけさ……まだ戦える!」
タウロスⅠⅤは咽て咳き込んでいる。そして、口を覆っていた籠手には吐血の痕が見える。彼ももう長くは保たないのだろう。
かつて、グラトニスと戦った時の俺と同じだ。
タウロスⅠⅤの“限界突破”は自分の“魂”を燃料にしてしまっている。こうして膠着状態が続いている間にも彼の命は刻一刻と尽きつつある。
「もう少しだけ保ってくれ……僕が勝つまで!!」
その事を理解しながら、タウロスⅠⅤはさらに自分の“魂”を燃やして叫ぶ。すぐ真上にある雷雲が激しく光を放ち、雷鳴が鳴り響く。
「勝つのは僕だ……勝つのはトネリコなんだ!!」
「なら俺の息の根を止めてみな、タウロス……!」
「言われなくてもやってやるさ! 行け、雷鳥!!」
そして、タウロスⅠⅤが頭上の雷雲に剣をかざした瞬間、雷によって形作られた鳥が何羽も現れて俺に突撃し始めた。雷鳥たちは迷うことなく俺目掛けて突進してくる。
「いまさらそんな虚仮威しで……!!」
雷鳥自体の対処は難しくなかった。魔剣で斬り裂けばすぐに倒せた。だが、真に問題だったのは倒されてから。
雷鳥は斬られた瞬間に放電を発生させて消滅、俺の身体に電撃を喰らわせていた。電撃によって身体が灼かれ、動きがさらに鈍くなっていく。
「くっ……身体が痺れて……」
「どうやら、ボロボロなのはお互い様みたいだね!」
「……くっ! 舐めるなよ!!」
そんな俺の隙を突いて、タウロスⅠⅤが俺の背後に瞬間移動していた。頭部の“角”に魔力を集束させて、タウロスⅠⅤは至近距離で俺に頭を向けて雷撃を発射しようとしていた。
「喰らえ――――“天雷ノ矢”!!」
「喰い斬れ――――“天蓋邪竜”!!」
タウロスⅠⅤが“角”から雷撃を発射した瞬間、俺は魔剣を真横に振り抜いて撃ち出された稲妻を斬った。斬られた電撃はそのまま魔剣の刀身に吸収されていく。
「まだまだぁぁ!!」
「おぉぉ……!!」
そのまま俺とタウロスⅠⅤは空中で何度も斬りあいを続ける。もはや根比べだ、どちらが先に音を上げるかの。
俺は身体の痛みに耐えながら剣を振るい、タウロスⅠⅤは迫りくる限界を堪えながら剣を振るっている。剣戟が起こる度に雷が発生し、天に雷鳴を轟かせる。
「ぐっ……ゲボッ!? しま……!!」
そして、十数秒斬りあいの後に、最初に隙を晒したのはタウロスⅠⅤの方だった。
アーティファクトの出力に身体が耐えれなくなったのか、タウロスⅠⅤは吐血して攻めの手を緩めてしまった。当然、その隙を見逃すほど俺も甘ちゃんじゃない。
「――――ハァ!!」
「ぐっ……うあッ!!?」
タウロスⅠⅤが隙を晒した一瞬を突いて俺は左手の魔剣で斬り上げを行ない、そのままタウロスⅠⅤの右腕を斬り落とす事に成功した。
身を捩ってタウロスⅠⅤは急所への被弾は避けていたが、装甲ごと腕が斬られ、傷口からは鮮血が噴き出していた。その激痛にタウロスⅠⅤは小さく悲鳴をあげている。
「これで……うっ!? 身体が痺れて……!!」
これで有利になった、そう思ったのも束の間、身体の痺れで今度は俺が隙を晒してしまっていた。魔剣は振り上げたまま、俺はタウロスⅠⅤの目の前で無防備な姿を見せてしまった。
「お返しだ――――“天雷ノ矢”!!」
「しまっ――――うあッ!!」
そして、俺の隙を逃すまいとタウロスⅠⅤは“角”から電撃を発射、胴体を電撃で貫かれた俺はそのまま地上に向かって落され始めた。
「身体に電撃の矢が刺さって……!?」
体勢を立て直そうにも、タウロスⅠⅤが放った雷が身体に刺さったままになり、俺は自由に動けない状態になっていた。そのまま落下していく様は、まるで自分が雷になった気分だった。
そんな俺をタウロスⅠⅤ苦しい表情をしながらも睨みつけていた。まだ彼は戦いを諦めていない、腕の欠損など気にする事もなく、タウロスⅠⅤは残された左腕を天高く掲げる。
「見せてやる……僕の全力を、アーティファクトの真価を。そして、トネリコの叡智を!! 集え、雷よ……“神”の怒りよ!! そして、我が主に仇なす敵を討つ“鉄鎚”となれ!!」
「これは……俺に刺さった矢を“前駆放電”に見立てて……!」
「ラムダ=エンシェント……君を倒して、僕はトネリコを“未来”へと送り届ける! 邪魔をするな、これが僕の忠義……これがこの僕の覚悟だ!!」
タウロスⅠⅤが左腕を掲げると同時に、雷雲が一箇所に固まっていく。天を覆っていた雷が一点に集束していく。
晴天を覗かせながら現れたのは超巨大な“牡牛”の脚。それを鉄鎚に見立てて俺に振り下ろすのだろう、俺の身体に刺さった電撃を“前駆放電”にして。
「終わりだ、天より落ちよ――――“神の鉄鎚”!!」
そして、タウロスⅠⅤが左腕を振り下ろした瞬間、雷の鎚と化した“牡牛”の脚が俺を踏み潰さんと落下し始めたのだった。




