第944話:VS.【天雷の牡牛】タウロスⅣ③ / 〜その剣を主に捧げて〜
「――――ッ!? カ……ッ!!」
「これで……どうだ!!」
――――タウロスⅠⅤが操る雷を利用した一撃で、俺は白き“牡牛”の頭部を両断することに成功した。
頭部を縦に真っ二つにされ、白き“牡牛”は息を吐き出すような悲鳴をあげた。“角”に集束していた電撃は制御を失って放電され、周囲の建物や地面を壊していく。
(やったか……? いや、殺気が死んでない!)
普通なら頭部を破壊した時点で勝敗はつく。だが、相手はアーティファクトを纏って牡牛の形態になっているだけに過ぎない。元々のタウロスⅠⅤは人間の少年なのだから。
タウロスⅠⅤの放つ殺気は無くなっていない。むしろ強まっている。俺は反撃に備えて右手にエネルギー状の盾を構えて、タウロスⅠⅤの反撃に備えていた。
「まったく……トネリコに怒られるよ……!」
そんな俺の反応を見て、頭部を切断された筈の白き“牡牛”は数メートル後方に跳躍して距離を取った。同時に、真っ二つにされた頭部が首から取れて地面に落ちた。
ガランと音を立てて頭部が地面に転がった瞬間、頭部に纏われていた魔力が消え去り、機械式の牡牛の頭部が露わになった。そして、頭部を失った白き“牡牛”が俺へと殺意を向けている。
「その頭部は飾りか……本体は内に居るんだな?」
「まぁ、そう言う事さ……この形態はただの変形。人間体である僕はちゃんと居るよ。待ってなよ……今から変形するからさ」
「…………牡牛が変形していく……!」
白き“牡牛”の胴体に本来のタウロスⅠⅤが居る。その事を認めたのか、白き“牡牛”は前脚を盛り上げて声にならない嘶きをあげると変形をし始めた。
全身を覆っていた雷は解除されて機械の装甲が露わになり、四脚だった牡牛が二足歩行の人型形態へと変わっていく。牡牛の体躯を構築していた装甲が変形して、牡牛の内部から重武装の少年騎士が現れる。
「――――ッ!? なんだお前……その顔は……!」
変形したタウロスⅠⅤは牡牛の胴体部分に隠していた本来の顔を露わにした。そして、その顔を見た俺は彼の豹変ぶりに驚愕してしまった。
髪は白髪になり、肌の色も真っ白になって生気が無くなって、さらには皮膚はヒビ割れている。明らかに正常ではない、今にも死にそうな人間の顔がそこにはあった。
「なに、別に驚くような話じゃないさ……このアーティファクトに適合する為に、僕は自分の肉体を改造したまでの話さ」
「肉体を……」
「神経をアーティファクトに接続し、臓器のほとんどを機械に換装した。今の僕はアーティファクトの“部品”の一部って言う訳さ」
「その顔……長くは保たないな?」
「ああ……早ければ今日までの命さ。無論、トネリコの反対を押し切って僕が自分から志願した。決して、トネリコの意志じゃない事は念押ししておこう……」
「そこまでしてアーティファクトを……」
「全ては君を倒す為に……その覚悟が僕にはある! 我が命と引き換えに、トネリコの『居場所』が護られるならば……騎士としてこれほど名誉な事もないだろう?」
タウロスⅠⅤはアーティファクトと適合する為に無茶な改造を行なっていた。早ければ今日中にも命を落とす。
そう、彼は自分の命を差し出してまで俺を倒す力を得ていたのだ。そんな会話をしている最中にもタウロスⅠⅤの口からは血が流れ溢れている。けれど、仮面を被った少年騎士は笑みを浮かべていた。
「トネリコは今も自分にできる事を精一杯模索している。トネリコはまだ諦めていない……言葉では諦念していても、彼女は懸命に生きようとしている!」
「…………」
「だったら……その信念は誰かが護らねばならない! それが僕だ、光導騎士である僕がトネリコの“未来”を護るんだ! 他の誰もがトネリコを見捨てたとしても……僕だけは彼女の味方であらねばならない!」
「それが……お前の騎士道だな?」
「お前とノア=ラストアークを倒し、その功績を以ってトネリコはアーカーシャ教団に迎え入れられる。僕はその為の“剣”さ……だから君を倒す。我が命を引き換えにしても!!」
自分の命を差し出す事をタウロスⅠⅤはまったく後悔していない、むしろ光栄な事だと誇っている。彼は俺たちを倒してトネリコに『居場所』を与えようと覚悟していた。
その覚悟を俺は否定できない。
同じ忠義をノアに捧げた騎士として。
俺がノアの為に命を捧げる覚悟をしたように、タウロスⅠⅤはトネリコの為に命を捧げようとしていた。そう、ここに来てタウロスⅠⅤは俺と同じ境地に至っていたのだ。
「ならば……同じ“騎士”として、誠意を以ってお前を殺そう、タウロスⅠⅤ。お前の覚悟は否定しない……だが、その上で踏み越えさせてもらうぞ!!」
「やってみろ……勝つのはこの僕だ……!!」
ならば、生半可な打倒ではタウロスⅠⅤは諦めない。その命の灯火が消える瞬間まで俺に喰らいついてくるだろう。故に、この決闘の決着はどちらかが死ぬまで終わらない。
タウロスⅠⅤは笑みを浮かべると、砕けた頭部に残されていた“角”を拾い上げると自分の頭部に装着する。その瞬間、タウロスⅠⅤの全身から電撃が迸る。
「くっ……!」
放電が俺の身体に纏わりつく。帯電した電撃が装甲を通じて体内に感電していく。先ほどの戦闘で受けた電撃も活性化して、立っているだけで俺の体組織を破壊していく。
四肢が痺れ、五感が鈍った。
全身をナノマシンに換装した影響で耐久力・再生能力には秀でている。そんな俺の能力を見越した上での電撃能力なのだろう。電撃で視覚が麻痺して視界が一瞬だけ揺らいだ。
そして、視界が揺らいだ一瞬を突いて――――
「“電送転移”……どうした、呆けている暇はないぞ?」
「――――ッ!? チィ、いつの間に背後に!」
――――タウロスⅠⅤは俺の背後に回っていた。
気が付いた時にはタウロスⅠⅤの身体は電気になって消え去り、気が付いた時には彼は俺の背後で攻撃体勢に入っていた。
両手に電撃で構成された魔力の剣を握り締め、“鋏”の要領で俺の身体を胴体で寸断しようと剣を振り抜いてきていた。
「くたばれ、ラムダ=エンシェン――」
「くっ……胴体分離!!」
「――ッ!? ハァ、胴体が分離した!?」
回避は間に合わない、咄嗟に俺は上半身と下半身を分離させてタウロスⅠⅤの斬撃を回避した。全身ナノマシンだからできる芸当だ。
攻撃を躱されたタウロスⅠⅤは驚いた表情をしている。俺が身体が真っ二つに分離する人間だとは思わなかったのだろう。そして、俺はタウロスⅠⅤの隙を突いて分離した下半身を操って蹴り上げを繰り出す。
「――――ぐッ!? この……手品師が……!」
「俺を舐めるなよ、タウロス!!」
顎を蹴られたタウロスⅠⅤはそのまま上体を反らして仰け反った。その隙に乗じて、上半身を反転させつつ浮遊させた俺は魔剣をタウロスⅠⅤ目掛けて振り下ろす。
「お前こそ、僕を舐めるな! 電磁障壁!!」
「――――くっ! 障壁は健在か……ぐぅぅ!!」
だが、タウロスⅠⅤも電磁障壁を展開して俺の攻撃を防いでみせた。至近距離で電撃が激しく放電され、視界が徐々に白く染まっていく。
「このままじゃ電撃が暴発して……ぐあっ!?」
「吹き飛ばされる……うあっ!?」
そして、魔剣と電磁障壁の間で溜まった電撃が暴発した瞬間、電撃を伴う爆発が発生して俺もタウロスⅠⅤも勢いよく吹き飛ばされてしまうのだった。




