第941話:天を揺るがす天雷
「マスターはノア様の護衛を!」
「だけどアーカーシャがノーマークだ!」
――――大法廷ではすでに俺たちラストアーク騎士団と聖堂騎士団の間で起こった戦いで、混沌とした状況に陥っていた。
「ギヒヒ、ギヒヒヒヒヒ!! 機械天使はブチのめしての血を出さないんだよなァ! お前の血は何色だ? それともオイルでも流れんのかぁ?」
「弊機から流れるのは……サラダ油です」
「!!? サラダ油で動くのかテメェ!?」
「こう見えても弊機、環境に配慮したSDGsに配慮したエコな兵器ですので……はい、なんですかノア様? えっ、嘘をつくな? ちっ……ノア様は空気が読めませんね」
「あらー、あっちの子は面白そうねぇ……」
「目移りしてもらちゃ困るね、カプリコーン……君の相手はこの僕だよ。それとも……昔の同僚には手を出しづらいのかい?」
「あら……少し見ない間に減らず口が上手になったわねぇ、サジタリウスちゃん。あたしが教団に歯向かう異端者を刈り取る“大尋問官”なのを知っての発言かしらぁ?」
「いいや、よく憶えているさ……!」
ジブリール、ウィルはそれぞれアクエリアスⅠ、そしてカプリコーンⅩⅡの相手をしている。大法廷には両陣営が繰り出した攻撃が絶え間なく響いている。
「“レディ・ジャスティス”! 行きますよ!!」
「ふん……わたしに勝とうなんて千年早いわ!」
リブラⅠⅩは姉であるヴァルゴⅤⅢと対峙、召喚した“レディ・ジャスティス”の剣を振るって空中に浮遊したヴァルゴⅤⅢへと攻撃を仕掛けていた。
しかし、ヴァルゴⅤⅢは座椅子を覆うように魔力の障壁を展開すると、“レディ・ジャスティス”の剣をいとも容易く防いでいた。
(光導騎士はみんなが抑えてくれている。しかし、まだアーカーシャとアートマンが残っている。俺ひとりで二人を捌くのは不可能……そもそもアートマンには勝てない。どうする……?)
ジブリールとウィルはアクエリアスⅠたちと戦いながらも、大法廷になだれ込んできた聖堂騎士たちの足止めもしてくれていた。
だが、まだ大法廷には女神アーカーシャとアートマンが残っている。二人にノアを狙われたらいくらで俺でも守りきれないだろう。
「これが人間の闘争ですか……」
(アートマン……ずっと戦いを眺めている? いいや……俺たちの争いを観測しているのか? いずれにせよ、仕掛けてくる気はないのか……)
「これが……わたしが治める『世界』の現在か……』
唯一、幸運だったのはアートマンが中立の立場を貫いた事だった。アートマンは何とも言えぬ表情でラストアーク騎士団とアーカーシャ教団の戦いをつぶさに観測していた。
「ラストアークお母様……あなたは私が粛清します」
「しかし……アーカーシャの奴はやる気らしいな。我が王……私はアーカーシャを抑えます! 自衛手段はお持ちですか?」
「心配いりません……自前の盾を持っています」
「そうですか、準備が良いですね……と言いたいのですが、盾の正面に思いっ切り『勝訴』って書いてあるので、絶対に邪な想いで準備していましたね」
「な、なんの事でしょう? べ、別に……裁判で逆転勝利したら、この盾を構えながらドヤ顔で大聖堂から飛び出そうとか思ってませんし……この文字はただのデザインですし」
「はいはい……じゃあそう言う事にしておきます」
「気を付けてください、我が騎士よ……相手は教皇ヴェーダ=シャーンティさんの身体を間借りしただけとは言え、女神アーカーシャそのものです。どんな無法な術式を使うか分かりませんよ」
「分かっています……それでも勝ちますとも!」
俺が相手をするのは女神アーカーシャだけだ。幸いな事に、ノアは(明らかに煽り目的で)あらかじめ盾をしていた。
手首のブレスレットからエネルギー状の(“勝訴”と文字が刻印された)シールドを展開して防御を固めている。俺が終始付いていなくとも、最低限の自衛はできるだろう。
「なら……一気にアーカーシャを叩く!!」
「来ますか……ラムダ=エンシェント!」
俺は踵から魔力を一気に噴射して、女神アーカーシャへと飛び掛かった。俺の突撃を察知した女神アーカーシャは手にした杖に魔力を溜めて迎撃の準備を整える。
それに対して俺は魔剣を思いっ切り振り上げて、真っ正面からぶつかる姿勢を見せた。
「我が王には手は出させないぞ、アーカーシャ!」
「なら……まずはあなたから粛清しましょう!」
お互いの距離は五メートル、瞬きの間に詰めれる距離だ。俺も女神アーカーシャも意識を集中して、相手の一挙手一投足を観察していた。
相手がどんな動きを見せるか、どんな行動にでるか、どんな攻撃を仕掛けてくるかを見逃さないように。
(――――っ! なんだ……電流が流れて……?)
そして、俺は気が付いた。ほんの僅かな電流が俺を射抜くように流れていたのを。意識を集中していなければ見落とすような、静電気レベルの微弱な電流だ。
だが、その電流を視認した瞬間、俺の視界は“警告”を促す朱い幻影で覆われた。咄嗟に悟った、女神アーカーシャではない、別の誰かの攻撃が迫ってきている事に。
そして、攻撃に気が付いた俺が魔剣を盾のように構えた瞬間――――
「今だ……始めろ、タウロス!!」
「――――了解! 出撃開始……!!」
――――トネリコの号令と共に大法廷の床を撃ち抜いて、真っ白に輝く稲妻が俺に襲い掛かってきたのだった。
現れたのは真っ白な稲妻そのもの、人間であるかも判別できない。そんな稲妻が女神アーカーシャを護るように出撃して、一気に俺へと距離を詰めてきた。
「な、なんだコイツは……ぐっ、おぉぉ……!!」
「――――な!? 大丈夫ですか、ラムダさん!」
稲妻そのものは魔剣の刀身で受け止める事が出来たが、俺は衝突の勢いでそのまま後方吹き飛ばされてしまった。
正確に言えば、白い稲妻が俺を押し込んでいる。凄まじい勢いで連れ去られた俺は、そのまま後方の壁を突き破って大法廷から引き剥がされてしまった。
「ぐっ……お前、誰だ……!?」
何度も身体を打ち付けられ、大聖堂の壁を何度も貫きながら、俺は白い稲妻に連れ去られていく。相手が誰か分からない、分かるのは白い稲妻が徐々に光り輝く“牡牛”へと姿を変えていっている事ぐらいだった。
「くっ……大聖堂の外まで連れられて……!?」
「グラトニス様! あれ見て、御主人様よ!」
「ラムダ……何をしているのじゃ、あやつは!?」
「この……いい加減、俺から離れろ!!」
気が付けば、俺は強固な外壁すら打ち破ってデア・ウテルス大聖堂の外まで連れられていた。空中に吹き飛ばされた俺が見たのは、大聖堂の正門前で戦っているグラトニスたちの姿だった。
自分が護るべき“王”から大きく引き離された事に気が付き、俺は白い“牡牛”を引き離す為に両眼から光線を放とうとした。
「――――ッ!」
「――――ちっ!」
その瞬間、白い“牡牛”は魔剣へと押し当てている頭部を力強く振り下ろし、俺を地面へと向けてぶん投げた。
俺を投げ飛ばすと同時に、白い“牡牛”の頭部に生えた白い“角”から雷撃が発生して俺を攻撃、魔剣で防御こそしたものの俺は攻撃で吹き飛ばされて地面へと叩きつけられてしまった。
「お兄ちゃん、大丈夫なのか!?」
「近付くアウラ……相手は強敵だ」
なんとか地面に上手く着地して、俺はすぐさま戦闘態勢を整える。相手はトネリコが差し向けた刺客、おそらくはアクエリアスⅠたちよりも強い相手だろう。
俺が叩き落されたのを見たアウラが近付こうとしたが制止した。すぐにでも白い“牡牛”が来ると悟ったからだ。
「へぇ……まさか原型を保っているなんて、結構思いっ切り攻撃したつもりだったんだけどなぁ……」
その予感通り、白い“牡牛”は雷鳴を轟かせ、落雷と共に俺の前に現れた。全身が真っ白な稲妻で構成された全長三メートルほどの白い“牡牛”だ。
白い“牡牛”が地上に現れた瞬間、それまで雪模様だったデア・ウテルス大聖堂の天候が変化してきた。雲は雷鳴を伴う雷雲に代わり、空中から地上に向けて稲妻が降り注ぎ始めだした。
「その声……タウロスⅠⅤか……!」
「その通り……驚いたかい、ラムダ=エンシェント?」
白い“牡牛”は聞き覚えのある少年の声を発していた。以前、リブラⅠⅩとコンビを組み、後にトネリコの護衛になった『光導十二聖座』のひとりタウロスⅠⅤだ。
「その姿はなんだ……!?」
「お前と同じだよ、ラムダ=エンシェント……僕はトネリコからアーティファクトを貰ったのさ! 自身の身体を改造してね。全てはお前に勝つためさ……“傲慢の魔王”!」
「トネリコに……!!」
「僕はトネリコの為に、この『世界』に彼女の居場所を作る。その為にはお前とノア=ラストアークが邪魔だ……だから倒させてもらうよ」
「トネリコの為に……命を賭けるか!」
「そうだ! 僕だけは孤独なトネリコの味方であらねばならない! その為ならこの命、惜しくはないさ! 我が名はタウロスⅠⅤ! 女神アーカーシャ様に仕える信徒にして、トネリコ=アルカンシェルの騎士……天を揺るがす“天雷の牡牛”である!!」
トネリコによって改造を受け、タウロスⅠⅤはアーティファクトを手に入れたらしい。俺とノアを打ち倒し、この『世界』にトネリコの居場所を勝ち取る為に。
それは紛れもなくトネリコの“騎士”としてのタウロスⅠⅤの覚悟の現れなのだろう。白き“牡牛”と化したタウロスⅠⅤは俺を威圧している。
「良いだろう……ならば、同じ“騎士”としてお前を正面から撃ち破る! 俺はお前を倒し、この『世界』にノアの居場所を作る! 我が名はラムダ=エンシェント! この世界を支配する“神”を殺す“ノアの騎士”!!」
「さぁ、我が“魂”を喰らえ……アーティファクト『ゼウス』!! さぁ、恐れ慄け、人間……天から降り注ぐ“神”の怒りを!!」
白き“牡牛”が雄叫びを上げた瞬間、天から幾つもの稲妻が地上に落下した。それがタウロスⅠⅤが操るアーティファクト『ゼウス』の持つ能力なのだろう。
相手にとって不足はない。
同じ騎士として正々堂々と戦うまで。
タウロスⅠⅤは全身に白い稲妻を迸らせ、頭部の“角”に強力な稲妻を充電している。その光景を睨みながら、俺は魔剣を強く握り締めて決闘の開始を待つ。
そして、一際大きな稲妻が俺とタウロスⅠⅤの間に落下して、凄まじい雷鳴と閃光を轟かせた瞬間――――
「「いざ尋常に――――勝負ッ!!」」
――――俺は一気に駆け出して、タウロスⅠⅤは全身から放電を始めて、ここに“ノアの騎士”と“トネリコの騎士”による決闘が幕を上げたのだった。