第940話:嘘つき
「合図が来た……法廷で教団が仕掛けてきた。行かなくちゃ……ラムダ卿の所に。あたしが助けるんだ……!」
――――デア・ウテルス大聖堂の正門前で聖堂騎士団とラストアーク騎士団の前面衝突が始まった頃、ルチア=ヘキサグラムはラムダたちと合流すべく大聖堂内を駆け抜けていた。
元々、ラムダによって保護されていたルチアは大聖堂内に隠れ潜んでいた。そして、ルチアはノアからの依頼で『有事の際の増援』として、両陣営の衝突が始まった瞬間に動くことになっていた。
「ウィルとジブリールはもう大法廷に到着している頃……あとはあたしがいい感じに大聖堂内を引っ掻き回しながら進めれば……」
ルチアの目的は『陽動』、大聖堂内で力の限り暴れて注目を引き、少しでも大法廷に集結する戦力を減らす事にあった。
「正門前でラストアーク騎士団が攻撃を仕掛けてきた! すぐに正門前に向かい、我々も戦線に加わるのだ! 何としても大聖堂を死守せよ!」
「大法廷への援軍はどうしますか?」
「あちらにはリチャードの部隊をすでに送っている! 我々の仕事は……ん! あそこにいる朱髪は……ラストアーク騎士団の“朱の魔女”か! いつの間に……迎え撃て!!」
大法廷内では聖堂騎士団が慌ただしく動いている。戦場が大法廷と正門前に絞られた事で、大聖堂内の聖堂騎士たちが各々の場所に振り分けられていたのだった。
そんなまだ加勢していない聖堂騎士たちを翻弄するのがルチアの役目だった。向かう先に聖堂騎士たちがいる事を視認したルチアは、両手に魔力を集束させていく。
「邪魔すんな――――“緋ノ焔光”!!」
「これは……全員、盾を構えろ!!」
両手に集束させた触れたものを超高温で融解させる熱線を、ルチアは遠慮なく聖堂騎士たちに向かって放つ。
そして、ルチアの攻撃の特性に瞬時に気が付いた聖堂騎士団たちは手にした盾に魔力を纏わせて防御姿勢をとった。熱線が盾に命中した瞬間、激しい閃光が通路内を眩く照らし始める。
「くっ、くぅぅ……この程度でぇぇ……!!」
「ラムダ卿を傷付ける敵……敵、敵、敵!! あたしが殺す、殺してやる! そうよ、いまさら人を殺すなんて訳ないわ……あたしはママとは違うんだから!!」
「盾が……融ける……!? このままでは……」
「あたしの“緋ノ焔光”で塵一つ残さずに消し去ってやる! あたしのラムダ卿の手ぇ出した罰よ……さっさと消えなァァ!!」
「わ、我等が……“神”の守護者が屈する訳には……!」
ルチアが放った熱戦は聖堂騎士たちの盾を徐々に溶かしていた。魔力を纏わせて対魔力を持たせた盾であっても、ルチアの膨大な魔力を受け止める事は困難だったのだ。
徐々に盾は融けつつある、しかし聖堂騎士たちに後退は許されない。防御姿勢を解除した瞬間にルチアの熱戦に容赦なく融かされる事を予期していたからだ。
「おおっと……神聖なる大聖堂内でこのような物騒な攻撃はご遠慮願いますかぁ、ルチアさん? 固有スキル【封印執行】――――発動っと!」
このままでは自分たちは倒される、そう聖堂騎士たちが覚悟した時、その人物は現れた。聖堂騎士たちを飛び越えながら現れた彼は短剣を握りしめながらルチアの熱戦へと迷わずに飛び込む。
そして、熱戦に身体が触れる直前、彼は短剣を振って熱戦に小さな切り込みを入れた。するとどうだろうか、さっきまで聖堂騎士たちを融かそうとしていた熱戦は跡形も無く消え去っていた。
「テメェ……!!」
「これはこれは……お一人で何をしているのですかぁ、ルチアさん。これはいけませんねぇ……大聖堂内ではお静かに。今は大事な裁判の真っ最中ですよぉ……クックク!」
「ヘキサグラム殿……助かりました」
現れたのはアーカーシャ教団の審問官リヒター=ヘキサグラム。聖堂騎士たちの盾になるように現れた審問官ヘキサグラムは相も変わらない胡散臭い笑みをルチアに向けていた。
「彼女の相手は私が引き受けます……あなた達は急ぎ正門前に向かいなさい。正門を突破されれば大聖堂内が戦場になる……そうなっては聖堂騎士団の名折れですよぉ」
「しかしヘキサグラム殿、お一人では……」
「大丈夫、大丈夫……彼女の術式は熟知しています。一度、グランティアーゼ王国で対峙していますので……ですので、ほらさっさと行ってくださいな」
「…………分かりました。この場は任せます」
「融けた盾は役には立ちません、一度営倉に向かい代わりの盾を調達なさい。無駄死には許しませんよぉ……最後の最後まで“神”に尽くして死になさい」
審問官ヘキサグラムはルチアの相手をすると言い、促された聖堂騎士たちはその場を後にする。通路内に残ったのは審問官ヘキサグラムとルチアのみになった。
大聖堂の外から激しい戦闘の爆音と振動が絶えず発生する中、審問官ヘキサグラムとルチアは静まりかえった通路内で睨み合う。
「相手をしている暇はないのよ……退きなさい」
「そうはいきませんねぇ……これでも私、従順な“神”の信徒ですので。それに……あなたにこれ以上チョロチョロとされるのも迷惑ですので……ここで大人しくしてもらいましょうか、ルチアさん」
「どこまでも……あたしの邪魔を……!!」
黒い祭服を纏った審問官ヘキサグラムは帽子を深々と被ると、腹を抱えながらルチアを嘲るように嗤う。
明らかな挑発に対して、ルチアは審問官ヘキサグラムに対する怒りを表情に滲ませた。
「あたしとママを見捨てた分際で……自分は“神”に縋ろうって言うの! ママはずっと待ってたのに……あんたが迎えに来るのを!」
「だったら……なんだと言うのです?」
「ママを見捨てた事、あたしを見捨てた事……全部償わせてやる! あんたなんか、あたしの親じゃない……あたしの愛する人を傷付ける、ただの敵よ!!」
「そう、その通り……私はあなたの敵です……」
「あんたをブチのめして、あたしはラムダ卿を助けに行く! 邪魔すんなら……あんたから先に消し炭にしてやる! 覚悟しな……リヒター=ヘキサグラムゥゥ!!」
これまでの十九年の歳月で溜まった鬱憤を怒号にして吐き出しながら、ルチアは審問官ヘキサグラムへと走り出した。両手に魔力を込めて、目の前の“嘘つき”と決着を着ける為に。
審問官ヘキサグラムは両手に短剣を装備して、迫りくるルチアを笑みを浮かべながら迎える。愛する人の為に戦おうとするルチアの姿に何かを想いながら。
そして、高熱を帯びたルチアの右手と、審問官ヘキサグラムが振るった短剣が激突し――――
「ここで決着を着けるわよ……このクソ親父!!」
「さぁ、最後の教育を始めましょうか……!!」
――――火花を散らしながら、ルチア=ヘキサグラムとリヒター=ヘキサグラムの因縁の死闘が幕を上げたのだった。