第938話:Amazing Grace
「リブラ、悪いけどお姉さんを傷付けるぞ!」
「イレヴンさん……大丈夫です。覚悟はしてます!」
――――女神アーカーシャが裁かれたのを不服として、『光導十二聖座』率いる聖堂騎士団が俺たちに襲い掛かってきた。
部隊を率いるのは巨大な戦斧を担いだ少女騎士アクエリアスⅠ、鞭をしならせる男性騎士カプリコーンⅩⅡ、そして浮遊する座椅子に座った女性騎士ヴァルゴⅤⅢだ。
「まずはノアさんを助けないと……!」
「分かっている! ラストアーク騎士団……出撃!」
対するラストアーク騎士団の戦力は俺とリブラⅠⅩだけ、ノアはヴァルゴⅤⅢによって絞首されて蹲って苦しんでいる。
まずはノアを救出するのが最優先、俺は右手に隠し持っていたグリップ型のスイッチを押して“合図”を送りつつ、左手に“神殺しの魔剣”を装備する。
「ギヒヒ……まずはテメェから死ね!」
「ラムダちゃん……覚悟なさい!!」
ヴァルゴⅤⅢに向かって魔剣の振り上げる。刀身に魔力を込めて、斬撃を放つ準備を整える。
だが、背後からはアクエリアスⅠとカプリコーンⅩⅡが近付きつつあった。二人の方が行動が速い、このままだと間に合わないだろう。
「荷電粒子砲、照準固定――――砲撃!」
「寿命変換、魔弾装填……狙い撃つ!!」
しかし、アクエリアスⅠたちが俺に攻撃を仕掛ける事はなかった。その前に二人に攻撃が加えられたからだ。
俺がヴァルゴⅤⅢに向かって攻撃を仕掛けようとした刹那、大法廷の天井付近から荷電粒子砲による砲撃と魔弾による狙撃が放たれた。
「あ? 上からか……“血ノ盾”、展開ィィ!」
「あら……狙撃? あたしを狙うなんて甘いわね!」
アクエリアスⅠは立ち止まると迫りくる荷電粒子砲を真っ赤な鮮血で形勢された盾で防ぎ、カプリコーンⅩⅡは鞭を素早く振り上げて魔弾を空中で弾いて迎撃した。
「我が王から手を離せ、ヴァルゴⅤⅢ!!」
アクエリアスⅠたちの足が止まった隙に俺は魔剣を振り下ろして斬撃をヴァルゴⅤⅢに向かて放ち、迫りくる斬撃を躱すべくヴァルゴⅤⅢは右手を緩めると座椅子ごと跳躍して回避行動に移る。
「くっ……おのれ、伏兵を仕込んでいたの!」
「テメェ等が裁判の結果に関係なく俺たちを排除しに掛かるのは読めていたからな! 我が王、ご無事ですか!?」
「――――ッ! うっ、ゲホゲホ……カヒュー、カヒュー……な、なんとか無事です。うっ、許すまじ……危うく首絞めプレイの性癖に目覚めるところでした……」
「ご無事ですね、安心しました! 我が王よ、私の後ろに隠れてください……聖堂騎士団も、女神アーカーシャも私たちを逃がす気は無いようですよ」
「予想はしていましたが……やはりこうなりますか」
ヴァルゴⅤⅢによる絞首から解放され、ノアは噎せながらもゆっくりと立ち上がった。馬鹿馬鹿しい小言を言っているので余裕はあるのだろう。
ノアを仕留め損なったからか、空中に浮かんだヴァルゴⅤⅢは忌々しそうな表情でノアを睨んでいた。
「ありがとうございます、ウィルさん、ジブリール!」
「なぁに……ラムダくんとノアちゃんの為さ。これぐらいの手助けは喜んでするさ。さて……ラストアーク騎士団ウィル=サジタリウス、これより聖堂騎士団を迎え撃つ!」
「あら、サジタリウス……あたしと殺る気?」
「悪いけど……僕はもう光導騎士じゃない。かつての同志と言えど、容赦なく討ち取らせて貰うよ……カプリコーン! ティオ様を大聖堂から連れ出した事を、かつての自分との決着を今こそ付ける!」
「おれの相手はテメェか……機械天使?」
「肯定――――機械天使ジブリール、お呼びとあらば即参上、お呼びでなくとも即参上。今回は決戦仕様の“完全武装”……パーフェクト・ジブリールにて作戦を開始します」
「ギヒヒ……血の気の無ぇ奴は嫌ぇだ!」
アクエリアスⅠたちを遮るように現れたのは、武装したウィルとジブリールだった。二人はデア・ウテルス大聖堂内に潜伏し、いざという時に行動できるように準備をしてくれていた。
ウィルは愛用の狙撃銃をカプリコーンⅩⅡに向けている。そして、四肢に全身に追加装甲を纏い、背後に円筒状の大型の追加バッテリーを複数本装備したジブリールがアクエリアスⅠと敵対していた。
「“レディ・ジャスティス”――――召喚! あなたの相手は私です、ヴァルゴお姉様! 停戦協定を破りノアさんを襲ったこと、必ず懺悔させます! イレヴンさん、お姉様は私に任せてください」
「分かった。任せるよ、リブラ!」
「ふっ……“神”に逆らう愚かな妹よ、あなたには心底失望しました。偉大なる女神アーカーシャ様に逆らうと言うのなら、このわたしが直々にあなたを粛清しましょう!」
「くっ……僕の予想通りこうなったか……!」
リブラⅠⅩは巨大使い魔である“レディ・ジャスティス”を召喚し、姉であるヴァルゴⅤⅢとの敵対姿勢を見せていた。
同時に、戦闘の気配を感じたトネリコは素早くその場から退避して大法廷の壁際に移動していた。どうやらトネリコは戦闘には参加しないらしい。
「アーカーシャ、聖堂騎士団を止めなさい!」
「それはできません、ラストアークお母様。聖堂騎士団が、信徒たちが私を信じると言うのなら……彼等の行動の一切の責任を負うのが“神”としての我が務めです」
「――――ッ! 貴女は……!」
「“神”として振る舞う事こそが……我が贖罪! 世界が“神”を求めるのならば……私は最後まで“神”を演じましょう!」
「我が母よ……それがあなたの考える“神”ですか」
「そうです……我が名はアーカーシャ! この世界を創造せし至高の“神”である! 彷徨える子羊たちよ、私を求めなさい! 世界に仇なす者たちよ、私を恐れなさい! この世界の安寧は……私が護ります!」
聖堂騎士たちを焚き付けるのは女神アーカーシャ。アートマンの制止すら振り切って彼女は“神”として振る舞う事を強く決め、その威光を目の当たりにした聖堂騎士たちは決意をさらに固くしていくのだった。
「トネリコ……そろそろ僕の出番か?」
「ああ、いよいよ君の出番だ……タウロス」
始まるは“神”と“世界”を巡る戦い、アートマンが見守る中、デア・ウテルス大聖堂の戦いが幕を上げるのだった。




