第937話:神の証明⑦ / 神を見失った彷徨える子羊たちは何処に行く?
「アーカーシャ様が……わたしの“神”が間違った存在? そんな……そんな筈は……だったら、わたしが今まででしてきた事は何なの? 違う……違う、違う……あり得ない、こんなの悪い夢だわ……」
――――女神アーカーシャは古代文明の滅亡の真実を、第三者の干渉による自身の暴走を認めた。本来、滅ぼさなくてのいい筈の『世界』を滅ぼした事を認めた事で、アートマンによって女神アーカーシャは無謬性を剥がされた。
それがよほどショックだったのか、ヴァルゴⅤⅢは座椅子に深く腰を落とし、俯いてぶつぶつと独り言を呟いていた。
「我が母よ……あなたにはノア=ラストアークさんによる全面改修を受けて頂きますよ。誰があなたを暴走させたのか、古代文明滅亡の真犯人を明かすことがあなたの責務です」
「…………っ」
「ノア=ラストアークさん、そしてラムダ=エンシェント……これで女神アーカーシャの“罪”は明らかにされました。次はあなた達の番です……この場で明らかにするのです、あなた達が犯した“罪”を……」
放心するヴァルゴⅤⅢを心配しつつも、アートマンは俺たちに視線を向けてきた。女神アーカーシャの次は俺たちの“罪”を計るつもりのようだ。
アートマンの柔らかく、そして厳しい視線が俺たちに向けられる。思わず俺は息を飲んでしまった。今だに底の見えないアートマンの存在感に、俺は“嘘”はつけないと悟ってしまった。
「審議の必要などありません、アートマンさん……私は有罪です。私には幾つもの“罪”がある……それを偽る事も誤魔化す事もしません。私、ノア=ラストアークは……罪人です」
「ほう……潔いですね、ノア=ラストアークさん」
「私は言われるがままに殺戮兵器を造り無辜の民を殺め、女神アーカーシャを創り上げて古代文明を滅ぼし……そして、自身の“罪”の清算を名目にして『世界』に争いを持ち込んだ。それが私の抱えた“罪”です……」
「では……あなたの騎士の“罪”は?」
「我が騎士……ラムダ=エンシェントは私の命令を忠実に聞く忠実な下僕です。故に、彼が犯した“罪”、その一切の責任は私にあります。裁かれる罪人は……私ひとりです」
そんなアートマンに対して、ノアは一切臆する事なく自らの“罪”を語った。様々なアーティファクトを開発した事、女神アーカーシャを創り上げて古代文明を滅亡に追い込んだ事、『世界』に争いを持ち込んだ事を。
そして、驚くことにノアは騎士である俺を庇い、これまで犯した全ての“罪”の責任を一身に背負う覚悟を見せた。ノアの衝撃的な言葉に俺は思わず動揺してしまった。
「お待ちください、我が王よ! それは……それは私への侮辱です! 貴女の“罪”は私の“罪”だ! 私は自らの意志で貴女の“剣”になる事を選んだ! 私は貴女と同じ裁きを受ける覚悟をしています……ノア様!」
「イレヴンさん……」
「良いのです、我が騎士よ……トネリコの言う通り、私は貴方を“駒”として扱った。貴方を巻き込んだ事も……償いべき私の“罪”です。だから……これで良いのですよ、ラムダさん」
ノアはこれまでの俺の戦いを『全て私の“罪”だ』と笑って受け入れていた。最初から全ての“罪”を一身に受け入れるつもりだったのだろう。
ラムダ=エンシェントはノア=ラストアークに利用されただけ、だから罰せられる必要はないのだと。そんなノアの自己犠牲的な精神に、アートマンは柔らかな笑みを見せていた。
「ノア=ラストアークさんの言う通り……あなたの行動は全て、彼女の存在から始まっている。家臣の行動の責任は……全て主君であるノア=ラストアークさんにある」
「だけど……」
「ラムダ=エンシェント卿……あなたが“罪”を共に背負おうとする覚悟を持っているからこそ、ノア=ラストアークさんはあなたを護りたいと思っているのです。それが“王”としての彼女の在り方なのです」
ノアはこれまでの出来事の全ての“罪”を背負う覚悟をして、そしてアートマンはノアの決意を讃えた。
さながら古代文明の名高き“救世主”のように、ノアはラムダ=エンシェントの“罪”の十字架を背負ったのだ。
「ノア=ラストアークさんの意志を尊重し……わたしはあなただけを裁きます。ラムダ=エンシェント卿はただ主君に仕えた……それで良いですね?」
「ありがとうございます……アートマンさん」
「美しい主従関係ですね……驚嘆に値します。あなたは良い騎士に巡り逢えた……そして、ラムダ=エンシェント卿は素晴らしき主君に出逢えた」
“罰”を受けるのはノアただ一人、それがアートマンの決定だった。トネリコも女神アーカーシャもその決定に納得しているのか、アートマンの裁定に異を唱える事はしなかった。
俺は何も言えなかった。
ここで強く反発すれば、俺はノアの決意を踏みにじる事になる。それは“ノアの騎士”として恥ずべき行為だった。俺は我が王が決めた事に従うほかはなかった。
「如何なる“罰”をも受け入れます。だからどうか、私を…………ッ!? うっ……あ、かはっ……!!?」
「――――っ!? ノア=ラストアークさん……?」
「い、息が……出来ない……!? あ、あが……だ、誰が……うぅ、あぁぁ……!! あぁぁぁ…………」
だが、アートマンの決定を不服に思う者が一人だけ存在していた。ノアがアートマンに裁きを求めようとした瞬間、ノアは急に苦しみだしてその場に膝をついて蹲ってしまった。
気道を塞がれて息が出来なくなったのだろう。ノアは両手で首を必死に抑えて、口部から涎をぼたぼたと溢しながら苦しんでいた。
「まさか……ヴァルゴお姉様ァァ!!」
その光景には見覚えがあった。ヴァルゴⅤⅢが妹であるリブラⅠⅩを責め立てる際に使っていた魔法と同じ苦しみ方をノアはしていた。
俺とリブラⅠⅩが同時に視線を向ければ、ヴァルゴⅤⅢが俯きながらもノアに向けて右手を向けて魔法を発動していた。
「ヴァルゴⅤⅢ……君は何を……!!」
「黙っていなさい、トネリコ=アルカンシェル……この裏切り者が!! あなたを検察に任せたわたしが馬鹿だったわ……下らない信念で我が“神”を侮辱した不届き者め」
「ヴァルゴⅤⅢ……我が王を解放しろ!!」
「するわけないでしょう!? 我が“神”を……女神アーカーシャ様を侮辱したこいつだけはわたしが粛清します! 認めない、わたしは認めない!! わたしを救ってくださった女神アーカーシャ様が間違った存在だなんて……わたしは絶対に認めない!!」
法廷に居る全員が動揺する中で、ヴァルゴⅤⅢの絶叫が木霊する。彼女は女神アーカーシャの無謬を剥がしたノアに対して怒りを露わにして、停戦協定を無視して攻撃を仕掛けてきた。
「アクエリアス、カプリコーン!! ノア=ラストアークは我等を欺き、我等が“神”の威光を失墜させようとしました! 粛清を……我等がアーカーシャ様に逆らう反逆者に粛清を!!」
「あ、ぐぅぅ……ヴ、ヴァルゴ……さん…………」
「聖堂騎士団よ……ラストアーク騎士団を粛清なさい! この『世界』の秩序を乱す反逆者たちを残さず罰しなさい!! 聖堂騎士団……粛清開始!!」
ヴァルゴⅤⅢの目的はハッキリとしている。ノアや俺たちラストアーク騎士団を亡き者にして口封じを行ない、それで女神アーカーシャの無謬を守り通すつもりなのだろう。
「ギヒヒ、ギヒヒヒヒヒ……やっと出番かぁ? 待ちくたびれたぜぇ……やっと殺せる! やっと潰せる! やっと刻める……“神”の敵をなァァ!!」
「カプリコーンさん……!!」
「うふふ……ごめんなさいねぇ、ラムダちゃん。本当は穏便に済ませたかったけど……あたしにも理由があんのよ。悪いけど敵対させて貰うわね……せいぜい恨んで頂戴♡」
ヴァルゴⅤⅢの合図を待っていたかのように大法廷の扉が勢いよく吹き飛んで、武装したアクエリアスⅠとカプリコーンⅩⅡが乱入してきた。
二人の背後には聖堂騎士たちも武装した状態で揃い踏みしている。最初から聖堂騎士団は裁判の結果に関わらず俺たちを攻撃するつもりだったのだと察した。
「これは……!? 我が母よ、騎士団を諌め……」
「アーカーシャ様ァ! 我々聖堂騎士団はあなた様の敵を粛清し、世界の秩序を護ります! どうかご裁定を……彷徨える子羊である我等をお導きください……アーカーシャ様、我が“神”よ!!」
「アーカーシャ様、お姉様の言葉に耳を貸しては……」
「…………それが我が使命だと言うのなら、私は“神”を最後まで演じましょう。聖堂騎士団よ……ラストアーク騎士団を粛清なさい。我が子アートマンが導く『新世界』を永遠の楽園とするべく……“神”の敵を排除なさい!」
「アーカーシャ様!? お止めくさい……アーカーシャ様!!」
狂信するヴァルゴⅤⅢの言葉を受け入れて、一度は“罪”を認めた女神アーカーシャは再び“神”を演じる事を決めた。聖堂騎士団には自分が必要なのだと、諦念にも似た哀しげな表情をして。
そして、女神アーカーシャはアートマンやリブラⅠⅩの制止を振り切って聖堂騎士団に攻撃を宣言、“神”の啓示を受けた聖堂騎士団が一斉に俺たちに向かって攻撃を開始し始めたのだった。




