第935話:神の証明⑤ / 真実を明かす場
「この映像を捏造と言うのですか、ヴァルゴさん?」
「ええ、そうよ……そんな映像、信じるに値しません」
――――俺たちが提示した古代文明滅亡時の映像記録、それをヴァルゴⅤⅢは『捏造されたに偽物の証拠だ』と主張してきた。大法廷の雰囲気が彼女の発言で一気に懐疑的なものに変わっていく。
「そんな手の込んだ虚偽の証拠を作ってまで、女神アーカーシャ様を貶めたいのですか? なんと浅ましい……ノア=ラストアーク、あなたはとんだ“詐欺師”のようですね」
「この映像はフェイクでは……」
「なら、その映像が真実である証明をして頂けますか? 女神アーカーシャ様を“悪”に仕立て上げようとするあなたの事など信用できません……さぁ、早くわたしを納得させてください」
ヴァルゴⅤⅢはノアに対して『映像が真実である証明をせよ』と要求している。おそらく、彼女はノアがなにを言っても同じような問答を繰り返すだろう。
(ノアの予想通り、厄介な展開に持ち込んできたな。映像が真実である事を証明せよだって……あんな難癖がましい態度の奴を納得させれると?)
これはノアも予想していた、こちら側としてはもっとも使われたくない一手だ。ヴァルゴⅤⅢの発言のせいで、俺たちが提示した映像そのものの“真贋”が問われる事になってしまった。
「そのような映像技術は簡単に偽造できると聞いています。そして……この世界はそもそも映像技術がまだ発展途上、騙そうと思えばいくらでも騙せます」
(ヴァルゴの言う通り、この時代はまだ……)
「映像を出せば誰も彼をも騙せると思っているのですか? わたしは騙されませんよ……女神アーカーシャ様があのような苦痛を与えるような真似をする筈がないのです」
ヴァルゴⅤⅢの指摘通り、映像は簡単に捏造する事ができる。ノア曰く、古代文明でも捏造した映像による『ディープフェイク』が問題視された程だ。
加えて、これまた指摘通り、現在の文明ではそもそも映像技術の分野が未発達である。かろうじてアロガンティア帝国と複合企業アルバート・インダストリーが映像技術に取り組んでいるぐらい、そもそも『映像』が証拠としては弱い。
「お、お待ちくださいお姉様! それなら……ノアさんが嘘の映像を提出したかを調べれば良いでしょう! 私の“天秤”ならノアさんが嘘をついているか判別できます!」
(リブラがそう言うのも織り込み済みだが……)
「ラストアーク騎士団に肩入れするあなたの“天秤”なんて当てにはできませんよ、リブラ。あなたの“天秤”はすでに傾いている……どうせ稚拙なトリックでわたし達を騙すつもりなんでしょう」
見かねたリブラⅠⅩが“天秤”を用いた嘘発見で真実を明かすと提案したが、ヴァルゴⅤⅢは妹の提案すら『騙すつもりのトリックだ』と一蹴してきた。
ヴァルゴⅤⅢはこちらの証拠を全て『捏造』だと主張して、こちら側の主張を潰すつもりなのだろう。残念だが、そのような流れに持ち込まれては俺たちにはどうする事もできない。
「さぁ、早くわたしを納得させなさい。その映像が、あなた達の主張が真実である事を証明しなさい。出来ないのなら……あなた達の主張は証拠にはなり得ません」
「…………」
「どうしたのですか、ノア=ラストアーク……だんまりを決め込んで? ふふっ、やはり映像は捏造された物のようですね……まったく、女神アーカーシャ様を侮辱しようとして、こんな映像まで仕込んでくるなんて……」
ヴァルゴⅤⅢには俺たちがなにを言っても無駄だろう。ノアは黙ってヴァルゴⅤⅢを見つめ続けていた。
そして、俺も映像を黙って流し続けていた。古代文明が滅びた映像が真実である事を断定できる人物が発言する事を信じて。
そして、大法廷が静まりかえった瞬間だった――――
「その映像は真実だ……間違いない」
――――大法廷に少女のか細い一言が響いた。
大法廷に居た全員がその発言者へと視線を向ける。その声の主はアーカーシャ教団側の席に座っていた少女、トネリコ=アルカンシェルから発せらてたものだった。
女神アーカーシャとヴァルゴⅤⅢは驚いた表情をした。当然だろう、味方だと思っていたトネリコから『映像は真実だ』と告発されたのだから。
「トネリコさん……な、なにを言って……!?」
動揺したヴァルゴⅤⅢの声を無視して、トネリコは流されている古代文明の映像を見つめている……大粒の涙を流しながら。
トネリコの表情を見た全員が再度、スクリーンに映し出された映像へと視線を向けた。そこには……ある惨劇の映像が映し出されていた。
『全区画、制圧完了。次のフェイズに以降します』
映像には、複数機の機械天使のによって制圧された教室の様子が映し出されていた。武装した機械天使たちの視線の先には、血塗れになった六名の少年少女たちが折り重なるように倒れていた。
『い、痛いよ……痛いよぉ……誰か……助けて……』
『トネリコ先生……どこに居るんですか? 助けて……助けて……先生、先生…………』
『なんにも悪いこと……してないのに……』
倒れた少年たちは痛みに悶えながら、必死にトネリコの名を呟いて助けを求めていた。そして、一人、また一人と力尽きて息を引き取っていった。
あまりにもショッキングな光景に、リブラⅠⅩは思わず映像から目を背けてしまった。そして、それを見たヴァルゴⅤⅢはなぜトネリコが映像を真実だと言ったのかを悟った。
「映像に映っているのは……僕の教え子たちだ! 僕が……救えなかった子どもたちだ……!! 死に方も、場所も一致する……僕が教鞭を執っていた教室だ……」
「えっ……そ、そんな……まさか……!?」
「そ、そうか……みんな、そうやって死んでいったのか。うぅ、うぅぅ……くそ、くそくそくそ! ノア…… お前は最初から僕に証言させる気だったんだな!」
「…………」
「あの子たちは……次期官僚候補に挙がっていた優秀な子どもたちだ。だから僕が教鞭を任された……みんな、本当なら次代を担う人物になっていた。なのに……みんな何者にもなれず、雛鳥のまま死んでいってしまった……」
映像に映っている子どもたちは、トネリコがかつて教鞭を執っていた教え子だった。
映像の通り、子どもたちは子どものまま、女神アーカーシャによる滅亡の犠牲者になってしまった。トネリコの願いも虚しく、何者にもなれなかった雛鳥のまま。
「この映像は真実だ……あの子たちの“死”を捏造だなんて、僕には言えない。あの子たちが精一杯生きようとした事実を……嘘だなんて言わせない。嘘にしてたまるものか……!!」
「トネリコ……あなたはどっちの味方なんですか!」
「法廷は! 真実を明かす場だ……誰かの都合の良いように真実を捻じ曲げる場所じゃない。あの子たちの為にも僕は認めよう……ノア=ラストアークが提示した映像は真実であり、確たる証拠である事を」
「なっ……そんな……嘘でしょう……!?」
「トネリコさんの主張、分かりました。リブラさん……あなたの“天秤”でトネリコさんの発言が真実である事を証明してあげてください。それを以って、わたしはノア=ラストアークさんが提示した映像を証拠として認定します」
トネリコの告発を受けたアートマンはリブラⅠⅩに“天秤”による真実の確認を要請し、そしてリブラⅠⅩによる検証でトネリコが真実を語っている事が事実として確定した。
こうして、自分の立場を危ぶめても発言したトネリコの勇気ある一言によって、ノアが提示した映像は真実だと認められたのだった。




