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第932話:神の証明② / 犠牲に正当性は存在しうるのか?


「私が観測した人類の末路……それを語りましょう」



 ――――女神アーカーシャは静かに語り始める。彼女が観測したという『滅亡しなかった場合の古代文明の行く末』を。自分が古代文明を滅ぼしたのは正当な行為だったと誇示する為に。



「古代文明は疲弊した地球を捨て、別惑星への集団移民を計画していました。ラストアークお母様なら知っている筈です……古代文明の連合政府が超巨大な移民船“方舟アーク”の製造を計画していたことを……」


「この惑星ほしを捨てる気だったのか……」


「たしかに……古代文明は惑星移民計画を打ち立てていました。しかし、その計画は()()()()()()()()()()()()。超巨大移民船“方舟アーク”の建造も設計図が引かれただけ……どの惑星から建造資源を採掘するかも不明瞭なままでした」


「ふむ……その話が本当なら……」


「はい、アートマンさん……女神アーカーシャが観測したという“未来”は、ただの未来予測に過ぎません。何の根拠も無い……あくまでも“可能性”の一つ、確定した“事実”ではありません。それに……実際の出来事は古代文明の滅亡、彼女の言うことは所詮“たられば”よ」


「可能性の一つ……」


「だとしても……人類存亡の危機が迫っていた事が明白です。私が観測した範囲では……地球から旅立った人類は他の星系への侵略戦争を仕掛けていました。結果がどうなったかまでは観測出来ませんでしたが……観測が途切れた以上、侵略には失敗して人類は絶滅したと考えるべきでしょう」


「だから、貴女の行為は正しかったと……?」


「その通りです、お母様……人類の進歩の行く末は、過信した科学力による自滅のみ。だから私は人類を初期化し、完璧な管理体制の下で新人類を設計したのです」



 女神アーカーシャ曰く、滅亡しなかった古代文明はいずれ地球を捨てて外宇宙へと飛び出し、住処を求めて侵略戦争を行なうらしい。

 それが事実かは分からない、そもそも古代文明は滅ぼされたのだから。けど、その未来が観測できたから、女神アーカーシャは人類の行く末を憂いて新人類の設計へと至ったのだという。



「なんて……なんて素晴らしい判断なのでしょうか! 女神アーカーシャ様のお慈悲のおかげでわたしたちは生まれた……愚かな古代文明など滅亡して当然だったのです!」


「お姉様……滅亡して当然だなんて言い方は……」


「ヴァルゴさん、貴女の言い分は“結果論”に過ぎません……今の人類が平和だから、古代文明は滅びて良かったとでも? ふざけないでください……百億の人命が奪われた滅亡を『当然の末路』だと言うのですか!!」


「ノア=ラストアークさん、落ちついてください」


「なら……古代文明の方が良かったとでも言うのですか? それはわたしたちの『世界』への侮辱ですよ、ノア=ラストアーク。まったく愚かだわ……あなたが真に女神アーカーシャ様の母だと言うのなら、この『世界』の“聖母”になれたと言うのに……」


「ノアが“聖母”……ふっ、馬鹿馬鹿しい……」


「トネリコの言う通りですね……私は“聖母”なんかには興味はありません。ただ……愛する人の横で“母親”になれるだけで十分に幸せですので」


「ノア……」


「女神アーカーシャの“無謬性”の焦点は『古代文明の滅亡は正当であるか否か』に絞られそうですね。わたしとしてはもう少し、この議題について審議をしたいのですが如何でしょうか?」



 ヴァルゴⅤⅢ(エイト)は古代文明の滅亡は当然の帰結、女神アーカーシャの判断は正しいものだと主張している。これはアーカーシャ教団側の意見の総意と見做して良いだろう。

 反面、ノアは古代文明の滅亡は過剰な虐殺行為だと主張している。その意見に対してアートマンは興味を示している。畳み掛けるなら今しかないだろう。



「そもそも古代文明人は……そして私も、女神アーカーシャによる人類の初期化など歓迎してはいませんでした。女神アーカーシャによる人類殲滅が宣言された瞬間……古代文明はパニックに陥りました」


「では……滅亡は悪意ある行為だとお考えで?」


「当然でしょう……誰が好きこのんで滅亡したいと思うのですか? 女神アーカーシャによってあらゆる兵器が支配され、人類に対して攻撃を開始しました。機械兵ドロイド機械天使ティタノマキナ、戦艦……人類を護るはずの守護者たちが一斉に牙を剥き始めたのです」


「…………」


「全世界が阿鼻叫喚の地獄と化しました……そんな滅亡を『正しい行為』だとは断じて言わせません!! 仮に行く末が自滅だったとしても、古代文明にも『生きる権利』はあった! それを無視し、古代文明の人々の尊い人命を一方的に奪った時点で……女神アーカーシャにはなんの正当性もありません!」


「ふむ……一理ある主張ですね」


「騙されてはいけません、アートマン様! ノア=ラストアークは古代文明の亡霊の()()()()()()()()を利用して女神アーカーシャ様への反逆を正当化しようとしているだけです! ここで我々が女神アーカーシャ様の加護を失えば……それこそ世界は古代文明と同じ末路を辿ります! 裁くべきはノア=ラストアークとその従僕ラムダ=エンシェントです!」


「ヴァルゴお姉様、それは議論のすり替えです!」


「私が女神アーカーシャの解体を考えているのは……あくまでも“設計者”としての管理責任を果たす為です。決して復讐ではありません……これは私なりの“懺悔”です。女神アーカーシャには重大な不具合がある……それを正すのが私の責任です」


「重大な不具合……ですか?」


「はい、アートマンさん……実は、女神アーカーシャには外部から改竄を受けた疑惑があります。古代文明時代、何者かが思惑を持って女神アーカーシャを改造し、その結果として女神アーカーシャは暴走してしまったのだと……私は疑惑を抱いています」



 そして、ノアはいよいよ口火を切った。女神アーカーシャによる古代文明の殲滅には、何者かの意図が隠れている事を暴露したのだ。

 その瞬間、リブラⅠⅩ(ナイン)、ヴァルゴⅤⅢ(エイト)、そしてトネリコの表情が驚愕のものへと変わった。女神アーカーシャの背後に何者かの意志が潜んでいる事を彼女たちはいま知ったのだから。



「な、なにを馬鹿な事を言うんだ、ノア! 女神アーカーシャの暴走はお前の設計ミスが原因だろう! この期に及んで他責か……見苦しいぞ!」


「違います、トネリコ。私は真実を明らかに……」


「誰かが意図して古代文明を滅ぼしたと? そんな事をして誰が得をするんだ!? そもそも、ボクたち以外は死んでいる……じゃあ何か? その黒幕とやらはボクか君か、ホープの三人の誰かだと言うのか!?」


「そんな事を言っているんじゃ……」


「じゃあ誰だって言うんだ!? アーカーシャ、答えろ……君を改竄した人物がいるって言うのなら、そいつは誰だ!? 答えろ、アーカーシャ!!」


「トネリコ=アルカンシェルさん、お静かに……」


「女神アーカーシャ様に第三者の意図が組み込まれていると? ふふふっ、なんて馬鹿馬鹿しい……幼稚で滑稽な理論ですね、ノア=ラストアーク。そもそも、女神アーカーシャ様は完璧な存在です……そこに一切の瑕疵は存在していません。そもそも前提から破綻しています……論議をする価値もありませんわ」



 トネリコは激しく激昂した、彼女は女神アーカーシャの暴走はノアの設計ミスが原因だと考えていたからだ。黒幕の示唆はトネリコの推理を覆すものだ、到底容認はできないだろう。

 女神アーカーシャを信奉するヴァルゴⅤⅢ(エイト)も黒幕の存在を否定的に見ている。当然だろう……古代文明の滅亡が女神アーカーシャの意志なら彼女はそれを『正義』だと主張できるが、滅亡が別の誰かの意志なら『正義』だとは言えなくなってしまうのだから。



「トネリコさん……ええ、ヴァルゴさんの言う通りです。ラストアークお母様の主張はただの戯言に過ぎません……私は私の意志で古代文明を初期化しました。そこに第三者の意思など介入はしていません……」


「ほう……」


「そして……私はノア=ラストアーク博士によって完璧に設計された『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』です。私の存在に一切の綻びは存在しません……私は完璧にして、絶対の『正義』の象徴なのですから」



 ヴァルゴⅤⅢ(エイト)の擁護を肯定するように、女神アーカーシャは黒幕による介入を否定した。

 そして、ノアの設計ミスすら否定して、女神アーカーシャは自らの“無謬性”を再度謳ったのだった。古代文明の滅亡を『正しい行為だった』と主張する為に。

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