第931話:神の証明① / 機械仕掛けの神は微笑み、旧き世界は終わりを迎えた
「ではこれより、ノア=ラストアーク及びラムダ=エンシェント、そして……女神アーカーシャに対する審議を執り行います。被告はそれぞれ証言台へと……」
――――アートマンの極めて冷静な一言で法廷は幕を上げた。俺とノアはアートマンに正対する位置に在る証言台へ、教皇ヴェーダに憑依した女神アーカーシャは俺たちの正面に急造された証言台に着いた。
俺とノアは『被告にして原告』であり、
女神アーカーシャも『被告にして原告』だ。
お互いがお互いを告訴し合う異例の裁判だ。女神アーカーシャは俺たちを『神に逆らう反逆者』として裁こうとし、俺とノアは女神アーカーシャを『神を騙る無謬なき悪』だと告発している。
「ノア=ラストアーク、及びラムダ=エンシェント……二人には『世界』に動乱を齎し、“創造神”アーカーシャに逆らった嫌疑が掛けられています。その事実を認め、この法廷で真実を明かすことを望みますか?」
「はい、事実を認め、真実を明かすことを望みます」
「“創造神”アーカーシャよ……あなたには“神”として相応しくない、その無謬性を疑問視する告発がなされています。その告発を受け止め、自らの無謬性をこの法廷で証明することを望みますか?」
「ええ、望みます……アートマン」
「では……これより審議を始めます。弁護人及び検察は挙手の上、わたしの使命を以って発言をお願いします」
これは法廷で行われる、“裁判”という体裁を借りた『決闘』だ。俺とノア、そして弁護人であるリブラⅠⅩは女神アーカーシャの無謬を崩さねば勝てない。掛けられた反逆罪で有罪になって終わりだろう。
対する女神アーカーシャは俺たちを言い負かし、自らの無謬性を証明できれば勝ちだ。この裁判は明らかに俺たちの不利だ。
「では……まずは僕から発言しようか。ノア=ラストアーク、そしてラムダ=エンシェントは唯一神である女神アーカーシャの抹殺を図った……これは重大な反逆行為である。唯一神の消滅が齎す被害を鑑みない極めて悪意ある行為である」
「異議あり! ノア=ラストアーク、ラムダ=エンシェントは当初、冒険者あるいは王立ダモクレス騎士団の一員として魔王グラトニス率いる魔王軍との抗争に関わっていました。女神アーカーシャ様の解体を目論んでいたというのは誤りです」
「それこそ誤りだよ、リブラⅠⅩ……魔王グラトニスとの抗争はラムダ=エンシェントの都合だ。ノア=ラストアークはラムダ=エンシェントを“駒”にして、最初から女神アーカーシャの抹殺を目論んでいた……違うかい、ノア?」
最初に発言したのはトネリコ。彼女は俺とノアが女神アーカーシャの解体を目論んことを争点とし、それに対してリブラⅠⅩは『魔王グラトニスとの抗争』が最初の行動理由であることを強調した。
しかし、トネリコはリブラⅠⅩの主張する『魔王グラトニスとの抗争はグランティアーゼ王国所属のラムダ=エンシェントの都合である』と一蹴した。それは間違っていない、魔王グラトニスとの因縁は俺だけのものだ。
「ノア=ラストアークさん……あなたに問います。あなたは長い眠りから目覚めた瞬間から、“創造神”アーカーシャへの反逆を考えていたのですか?」
「我が王……」
「はい……私は冷凍睡眠から目覚めた瞬間から女神アーカーシャの解体を考えて、ラムダ=エンシェントを“騎士”として選任しました」
「ほら、やっぱりそうだ」
「トネリコさん……余計な発言は控えて、発言の際は挙手をお願いします。さて、それではノア=ラストアーク……なぜあなたは“創造神”の解体を目論んだのですか?」
ノアは自身が『女神アーカーシャの解体』を目論んでいたことを、その為に俺を“ノアの騎士”に任命したことを認めた。それは今回の裁判での“罪”を一手に引き受けた事になりかねないことだ。
そして、ノアの告発を受けたアートマンは、ノアに対して女神アーカーシャの解体を考えた理由を問うた。
「私が開発した『機械仕掛けの神』……女神アーカーシャは古代文明を滅亡に追い込み、当時の人類を一人残さずに抹殺しました。そのような大虐殺を看過し、現在の世界をいつでも崩壊させれるアーカーシャを“神”として据えることを私は良しとはしません」
「無礼者! あなたは女神アーカーシャ様を世界をいつでも壊せる“終末装置”だと愚弄するのですか!? 女神アーカーシャ様は世界の……我ら人類の守護神であらせられると言うのに!」
「落ち着きなさい、ヴァルゴさん」
「では女神アーカーシャ……今のノア=ラストアークの告発に対するあなたの主張を聞きたい。あなたはなぜ古代文明を崩壊させ、そこに住まう人類を滅亡させたのか……その理由を答えてください」
ノアは古代文明を滅亡させた女神アーカーシャを危険視し、故に解体を考えた。一つの文明を容易く滅亡させてる女神アーカーシャを“神”とするのは危険だと考えたのだろう。
そんなノアの主張に対し、女神アーカーシャの敬虔な信徒であるヴァルゴⅤⅢは激しく激昂し、彼女の隣りでトネリコは苦虫を噛み潰したようような表情をしていた。
「私が『機械仕掛けの神』として開発された時から……古代文明はすでに滅亡への道をひた走っていました。核戦争で地上はボロボロ、度重なる『終末装置《アル・フィーネ』の襲撃で人類は希望を失い、旧世界の人類はそれまで信じていた“神”を尽く否定した……」
「だから滅ぼしたのですか、我が母よ……?」
「ラストアークお母様の理想とする『新世界』を実現するには……荒廃した地球環境の改善、そして文明の再構成が必要でした。故に私は古代文明の抹消を実行しました……必要な犠牲だったのです」
「必要な犠牲……! なにを世迷い言を……!!」
「黙りなさい、ノア=ラストアーク! 女神アーカーシャ様の英断あってこそ、わたしたち新人類は繁栄を手に出来たのですよ! 女神アーカーシャ様は荒廃した世界の復活を成し遂げ、わたしたちの文明を護ってくださっている……そんな女神アーカーシャ様の慈悲を“悪”だと罵るのですか?」
「お姉様……それは私たち新人類の都合! ノア=ラストアークが主張しているのは『古代文明の犠牲』の話です! 私たちの繁栄の為に犠牲になった人々を『必要な犠牲だった』と言うのですか、お姉様は!?」
「古代文明が滅亡しなければ我々は生まれてすらいない! 古代文明と現文明……“天秤”に乗ったどちらかの『世界』を女神アーカーシャ様はお選びになって、そしてわたしたちが選ばれたのです! あなたも古代文明の犠牲を享受する立場ですよ、リブラ」
(古代文明が滅亡しなければ……俺たちは生まれていない)
「女神アーカーシャ様……では教えてください。もし、あなた様が古代文明を滅ぼしていなければ……この世界はどのような末路を辿っていたと思いますか? それが分かれば、女神アーカーシャ様の行ないに正当性が出る」
「そのような“たられば”に何の意味が……!」
古代文明が女神アーカーシャに滅ぼされていなければ、そもそも俺たちの『世界』は生まれてすらいない。それがヴァルゴⅤⅢの主張だった。彼女の言い分は多分正しい。
黒幕の意志が混入しているとは言え、女神アーカーシャが古代文明を滅ぼさなければ、俺たちは生まれてすらいなかったであろう。つまり、俺やリブラⅠⅩ、そしてこの『世界』に生きる全ての人間は『古代文明の滅亡』が無ければ存在できない。
「ヴァルゴⅤⅢさんの主張はたしかに“たられば”ですが……語ることには意味はあるでしょう。では……当時の私が予測した古代文明の行く末を語りましょうか」
女神アーカーシャはヴァルゴⅤⅢの主張に答えるべく口を開き始める。古代文明の滅亡は正しい行為だったのかを証明する為に。
俺たちの命運を決する裁判は始まったばかり。果たして、俺たちは女神アーカーシャの無謬を打ち崩すことはできるのだろうか。