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第929話:あなたから見た世界


「それで教皇ヴェーダに喧嘩を売った訳ですか……」

「それで女神アーカーシャに喧嘩を売った訳か……」



 ――――デア・ウテルス大聖堂、巡礼者宿泊部屋にて。教皇ヴェーダとの対話を終えた俺は部屋へと戻り、テーブルに掛けてノアと互いに報告をしあっていた。

 俺は教皇ヴェーダと対話して、ノアは女神アーカーシャと対話して、それぞれが相手に宣戦布告をしていた。



「女神アーカーシャを暴走させた黒幕ねぇ……そいつを捕まえて法廷に立たせる事はできないのかな?」


「それができれば苦労はしません……今、ホープや“ⅩⅠ(イレヴン)”さんが協力して、古代文明のアーカイブを漁っていますが……」


「しかし、ノアの予想じゃ……」


「はい……アーカーシャを暴走させた黒幕は今も生きていると考えています。でなければ、アーカーシャが自らの権能を分割して『四大しだい』に預けるような行動は取らないでしょう……」


「じゃあ……その権能を集めたのはマズいんじゃ……」


「ラムダさんの懸念はごもっとも……ですので回収した四つの炉心ドライヴは全て私にしか開けない場所に格納しています。戦艦ラストアークが木っ端微塵に吹っ飛んでも壊れないブラックボックスの中にね……」



 女神アーカーシャの暴走には何者かの意図が絡んでいる。女神アーカーシャの無謬を崩す為に古代文明の滅亡が仕組まれたものだった事を立証する、それがノアが立てた計画プランだった。

 しかし、肝心の黒幕が誰なのかはいまだに不明である。古代文明の事を資料でしか知り得ない俺では欠片もちからにはなれそうになかった。



「ご安心を……そちらに関しては私の方で調査を進めておきますので。ラムダさんは休息を取られては如何でしょうか? ホープから差し入れも貰っていますよ……まぁ、ラストアークの自販機で売っている携帯食料ですけど」


「あ~……休むのはまだ良い。したい事があるから」


「……まだ調べる事があるのですか? しかし、教皇ヴェーダや主要な光導騎士たち、そしてアートマンさんと対話した以上、もう大聖堂には話すべき人は残っていないと思いますが……?」



 古代文明滅亡の真犯人を探すのはノアにしかできない事だろう。なら、俺は俺にしかできない事をしようと思った。

 ノアは『大聖堂には話すべき相手はもう居ないのでは?』と言っているが、俺にはあと一人対話をしたい相手が居る。それが誰か分からないのか、ノアは俺の目の前でノアが『悩んでます』と主張するようなあざとい仕草で悩んだ表情をしている。



「俺が話したいのは……君だ、ノア。古代文明の生き残りである君から見た『世界』を、そこに住む『人間』がどんなものなのか教えて欲しい」


「…………私から見た『世界』……ですか?」


「君から見て、この『世界』には価値があるのか、俺たち『人間』は古代文明の人類にも負けない程の力強さがあるのか。それを評価して欲しい……我が王よ」



 俺が話したい相手は目の前に座っている。ノア=ラストアーク、我が生涯のあるじにして、古代文明の生き残り。俺とは異なる時代、異なる『世界』からやって来た“アーティファクトの少女”。


 ノアから見た俺たちを評価して欲しかった。


 不意に話を振られたノアは少しだけ面を食らったような驚いた表情をしていた。そして、それから十数秒程の何かを考え込んでいた。自分なりの意見を纏めようとしているのだろう。



「そうですね……私から見た『世界』は、古代文明にも負けない魅力に溢れた『世界』だと……ハッキリと言えます。多種多様な人種が暮らし、古代文明では想像もつかない程の雄大な光景が広がる……胸が踊るような『世界』だと」


「…………」


「もちろん、悪い部分もたくさんあります。差別や貧富の差はいまだにしこりを残し、人々はいまだに武器を持って争い、今も『世界』の何処かで誰かが嘆いている……まだ完璧な『世界』とは言えません」



 ノアは静かに語った。俺たちの住む『世界』には良い側面も悪い側面もたくさんあると。

 それはかつて『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』を創り、『完璧な世界』を創ろうとしたノアから見れば、まだまだ『不完全な世界』なのだろう。



「それでも……人々はより良い明日を求めて、日々戦っている。たとえその道が血に塗れているのだとしても。その努力を私は否定しません……そして、この世界と古代文明、どちらが優れているかなんて優劣は付けれません」


「…………」


「私は……この『世界』で得難いものをたくさん得ました。軽口を叩け合う友人たち、切磋琢磨できる宿敵たち、生涯の“騎士”……そして、愛すべき我が子を。どれも古代文明では決して得られなかったものでしょう」



 それでも、まだ『不完全な世界』なのだとしても、得られたものはたくさんあったのだとノアは言った。お腹を擦り、宿した愛の結晶を愛おしそうに見つめながら。

 古代文明でノアは使われるだけの“道具”だった。そんな自分が子を産む母になれた事を、ノアは喜ばしく思っているのだろう。



「ノアは……この『世界』は好き?」


「ええ……もちろん好きですよ。ラムダさんと一緒に生きる事ができるこの『世界』を、私は愛しています。そして……この子が生まれたら、きっともっと好きになるでしょう」


「この『世界』がたとえ……古代文明の亡骸の上に成り立っていたとしても?」


「そうですね……古代文明の滅亡とこの『世界』の美しさは別の話です。私がどうこう言える立場ではありません。だから……ラムダさんが気に病む事はありませんよ」


「そっか……」


「私はたしかに古代文明で造られた“人形マキナ”ですが……今はこの『世界』に生きる住人です。だから、この『世界』をもっと好きになれるように努力しますし、悪い部分は改善できたらと思っています。それが……私がこの『世界』に抱く感情です」



 たとえ古代文明の滅亡と引き換えに生まれた『世界』であっても、ノアはこの『世界』を好きになろうとしてくれていた。

 今はまだ不完全でも、信じ続ければ明日は今日よりも良くなっていくのだと笑ってみせて。



「どうですか、参考にはなりましたか?」


「ああ、とても……おかげで自分なりの答えが見つかったよ。これなら教皇ヴェーダに……そしてアートマンにも対抗できそうだ」


「それなら僥倖ですね……流石は我が騎士♪」



 ノアとの対話で俺は自分なりに『人間』や『世界』に対する“答え”がおぼろげだが浮かんできた。これなら、教皇ヴェーダやアートマンにも引けを取らずに戦えるだろう。



「ノア……俺は君が愛してくれた『世界』を護るよ。君と一緒に、みんなと一緒に……そして生まれてくる俺たちの子どもの為にも」


「はい……頑張りましょう、ラムダさん」



 ノアが愛してくれた『世界』をこれからも共に駆け抜ける為にも、俺たちは明日の裁判で戦わねばならない。それを改めて痛感し、そして覚悟した。


 これで俺もノアも準備を整えた。

 あとは自分たちの主張を通すだけだ。


 敵対するのは“創造神”アーカーシャ、そして教皇ヴェーダ率いる『世界』を統べるアーカーシャ教団、そして未知なる“神”アートマン。そびえ立つ強大な存在に対して、俺たちは叫べるのだろうか。


 ――――それでも『世界は美しい』のだと。

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