第926話:隠された真実
「古代文明を滅ぼした理由……ですか?」
――――ノアの質問に女神アーカーシャはオウム返しをした。なぜ古代文明を滅ぼしたのか、それをノアは問うてきていた。
「何を言うかと思えば……先ほども言った筈です。古代文明は愚かにも“神”を支配しようとした……だから私は滅ぼしたのです。お母様が創った『機械仕掛けの神』を真なる“神”へと昇華させるには古代文明は……」
女神アーカーシャは古代文明を滅ぼした理由は『古代文明は“神”を支配しようとしたから滅ぼした』と答えた。この回答自体は先ほど女神アーカーシャが述べた内容だ。
しかし、その内容を聞いたノアの表情は苦々しいものだった。“器”になったオリビアが盲目である為に、女神アーカーシャは目の前で“創造主”が自分に対して哀しみの表情をしている事に気が付けなかった。
「アーカーシャ……なぜ嘘をつくのですか?」
「――――ッ! 嘘など私は……」
「“ⅩⅠ”から報告がありました……貴女には外部から干渉を、故意の改竄を受けた形跡があると。さっきの貴女の言い分はただの“建前”ではありませんか、アーカーシャ」
「…………ッ! いいえ、そのような事はありません」
「古代文明の滅亡は……貴女の暴走は何者かに仕込まれた陰謀だ。その疑惑が非常に高い……それが私の見解です。答えなさい、アーカーシャ……あの日の真実を」
ノアは古代文明の滅亡に関して、ある疑念を抱いていた。それは女神アーカーシャによる古代文明の滅亡が『何者かの陰謀』ではないかという事である。
ノアは戦艦ラストアークの管理AIである“ⅩⅠ”から、女神アーカーシャが何者かの細工によって暴走した可能性があるという報告を受け取っていた。
「貴女が設計した死神……レスター=レインピースさんはこの世界の生物には五つの“原型”が存在すると証言した。私が気にしているのは“原初の人間”について……」
「…………」
「この人物に私は心当たりがあります……そして、“彼”が新たな霊長の雛形になるとは私は知らなかった。誰ですか……“彼”を次代の霊長に設定したのは?」
「それは……」
「設計者である私の知らない所で、貴女は何者かの干渉を受けた。古代文明の滅亡はそれが引き金なのではありませんか? 誰ですか、貴女に滅亡の引き金を引かせた黒幕は!」
古代文明の滅亡は女神アーカーシャの意志ではなく、何者かの思惑である。そうノアは考えていた。だからノアは女神アーカーシャに真実を語るように促した。
しかし、女神アーカーシャは答えない。ノアの質問に対して彼女は沈黙を貫いていた。
「私は……先ほども申し上げた通り、古代文明が“神”の統治に相応しくないから滅ぼしました。“彼”を原型にしたのは……あくまでも次代の霊長として相応しいと私が判断し、DNAデータを参照したからに過ぎません」
「まだ嘘を重ねる気ですか……?」
「全ては人物の恒久的存続の為に……私は“神”として最良の選択肢を取っただけに過ぎません! くだらない陰謀論を吹っ掛けて、誰かに責任を擦り付けて、明日の裁判で無罪を勝ち取るつもりですか、お母様? なんて見苦しい……」
そして、数秒の沈黙の後、女神アーカーシャはノアの推理を否定するように、再び自身の行為の正当性を語り出した。ノアの表情が険しいものに変わったのは言うまでもない。
「ずっと疑問に思っていた……なぜ貴女は『四大』に自らの権能を分け与えて、『機械仕掛けの神』としての機能に制限を掛けたのか……」
「それが……何だと言うのです……!」
「貴女は恐れている……自身の権能が悪用される事を。だから“世界改変機”としての機能を分割譲渡した」
「――――ッ!? …………」
「貴女に細工をした黒幕は……まだ生きているのですね? 古代文明の滅亡は貴女も意図していない悲劇だった……だから自分を正当化させる為に『神の意志』を理由に添えた」
「妄想ですね……我が母ながら世迷い言を……」
「アーカーシャ……本当の事を言いなさい。貴女が意図せず古代文明を滅ぼしたというのなら、私が共に真相を探ります。私は知りたいのです……古代文明の人類がなぜ滅びなければならなかったのかを。過ちを犯した罪人として……」
ノアが知りたいのは真実だった。誰が何のために女神アーカーシャを暴走させ、どんな悪意を以って古代文明を滅ぼし、何を願って新たな『世界』を構築させたのかを。
ノアは女神アーカーシャに手を差し伸ばした。真実を共に探そうと、哀しみを堪えた声を懸命に吐き出して。
「もう手遅れですよ、お母様……失われた『過去』
は戻ってこない。仮に『過去』に干渉できたとしても『世界』が分岐するだけ……貴女はこの『世界』からは逃れられない」
「アーカーシャ……」
「私にはこの『世界』を護る責任があります。故に……私は“無謬”でなくてはならない。全ての彷徨える子羊を導く為に……私は唯一無二の“神”でなければならないのです」
「だから……真実を隠すと言うのですか……!」
「私は女神アーカーシャ……世界を管理し導く『機械仕掛けの神』。私は間違えない、私の選択は全てが“正義”です……それで良い、それで良いのです」
しかし、女神アーカーシャはノアが差し伸べた手を取らなかった。
ノアの言葉を振りほどくように自己を正当化する言葉を述べると、対話は終わりだと言うようの女神アーカーシャは立ち上がる。
「アーカーシャ……貴女は何があっても“神”を気取るつもりですね。真実を隠し、黒幕の存在を隠蔽してまで……“神”として在り続けるつもりなんですね」
「そうです……それが私の…………」
「ならば容赦はしません……私は真実を暴きます。貴女は“神”なんかじゃない……どこまでいっても、どんなに取り繕っても、結局はただの『人工知能』なのです。アーカーシャ、私たちは間違えたのです……人間は“神”を創るべきではなかったのです」
「それを貴女が言うのですか……お母様」
「明日の裁判で……私は貴女を告発します。そして、必ずや黒幕の存在を突き止めて、この事件の真相を掴んでみせます。犠牲になった古代文明の人々の無念に応える為に……そして、たった一人で全ての真実を背負い込んだ貴女の為にも!」
ノアは最後に語り掛けた。必ずや真相を暴き、古代文明を滅亡させた黒幕を捕らえてみせると。その行為こそが女神アーカーシャの“無謬”を暴く鍵になると確信を抱いて。
女神アーカーシャは諦めない姿勢を貫いたノアを憐れみ、そして敵視した。ノアを排除しなければ自分の“神”の立ち位置が脅かされると、女神アーカーシャは演算していた。
「どうせ……この『世界』は間もなく生まれ変わる。アートマンによって次の次元へと昇華される。貴女の行動は無駄なんですよ、お母様。それでも抗うつもりですか……“運命”に?」
「“運命”とは……自らの意志で選ぶものです」
「ならば私も容赦しません……明日の裁判で貴女を必ずや処刑台に送ります、お母様。私の『世界』を護るために……どうか尊い犠牲になってください。それでは私は失礼します……さようなら、ラストアークお母様」
お互いに護るべきもの為に戦う、それは避けられない“宿命”だった。ノアも女神アーカーシャも、明日の裁判で決着を着けると宣戦布告をした。
そして、宣戦布告を受けた女神アーカーシャはノアを最後に挑発すると、オリビアの身体から退去してノアの前から姿を消したのだった。