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第94話:忘れ去られた遺構


迷宮ダンジョンに潜る前にひとつだけ注意点があるのだ! この迷宮ダンジョンに夜明けまで滞在してはいけない――――必ず夜が明けるまでには戻ってくる事……さもないと、二度と迷宮ダンジョンから出られなくなるのだ……!』



 ――――逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】、迷宮ダンジョン区画。


 アウラが在中している白亜の聖堂と同じく真っ白に整備された荘厳そうごんたる回廊かいろう、地下にも関わらず真昼間の宮殿よりも明るく照らされた聖なる迷宮ダンジョン――――アウラの忠告を背に、そんな世界に名だたる迷宮に足を踏み入れた俺たちを待ち受けていたのは、想像を絶する光景だった。



「あぁ……あぁああ……出して……此処から出してぇ……!!」

「あぁああ……帰りたい……帰りたいよぉ……!!」

「あぁ……連れて行って……俺たちを連れて行ってぇ……」



 行く手を阻むは『帰りたい』とうわ言のように呟きながら徘徊する黒い『人の影』――――巫女の忠告を無視し欲をかいた結果、この迷宮ダンジョンの持つ不可解な性質のせいで()()()()()になった亡者たちの末路。


 あてもなく彷徨い、俺たちを見つけるやいなやすがるよう手を伸ばしながら近付いてくる影。



「これ……どうしたらいいの……?」

「斬り捨てなさい、ラムダ……! それが彷徨える者へのせめてもの手向けよ……」

「うげぇ……こいつら尻尾で刺しても体液啜れない……むしろ体力が減る感じ……」

「自業自得とは言え、同情を禁じ得ませんね……」



 亡者たちは助からない――――既に長い年月を彷徨っているのか、既に肉体は損なわれ、魂だけが“希望”を求めて藻掻もがくだけの死者のなり損ない。


 俺も、ツヴァイ姉さんも、リリィも、レティシアも、憐憫れんびんの想いを込めて亡者たちを斬り捨てて行く。


 死の救済――――あまり考えたくないが、それが亡者たちを救う唯一の手だという事を俺は痛感させられた。ゾンビ化が完全に進行してしまえば、ノアたちも“死”を以て救済する他無くなる……急がないと。



「はぁ……はぁ……ゲホッゲホッ…………!!」

「姉さん、大丈夫!? 聖水を飲まないと……!!」

「分かってる……大丈夫だから……!!」

「ぐぇ〜……しんどい……! レイズのじじいめ、遭ったらギッタギタにしてやるんだから!!」

「うぎぎ……! このわたくしがゾンビ化如きに屈する訳にはいきませんわ……あっ、ちょっとごめん遊ばせ……オェーーッ!!」



 俺に同行している3人も同じ――――無理をおして迷宮ダンジョンを駆けている分、症状の進行も深刻だ。あとレティシアは聖堂に残した方が良かったんじゃないかと後悔している……王女の威厳が損なわれている。



「アァ……アァ……!」

「悪いな――――ちょっと退いてろ、“流星斬り”!」

「【七天の王冠(イリス・コロナム)】――――闇の双刃、“暗天殺界あんてんさっかい”!!」

「【吸血搾精ヴァンピーレ・オスクルム】――――血刺針けっしばり櫓立やぐらだち”!!」

「【抜刀術・一閃ストリクト・ルーチェス】――――“ジグザグに曲がりながら斬り抜ける抜刀”!!」

「姉さん……ネーミングセンス……」



 黒い影に混じって徘徊している光と化した亡者も流星剣メテオザンバーで斬り捨てて、レティシアは闇属性の双刃ダブル・ブレードを操って、リリィは敵の足下に出現させた魔法陣から伸ばした血の槍で、姉さんはなんとも言えないネーミングのジグザグ軌道の抜刀で敵を倒していく。


 どれぐらい走っただろうか……無限に続くと錯覚するような緩やかに地下へと続く装飾そうしょく華美(かび)な回廊を4人は走り続ける。



 白亜の回廊かいろうたむろうのは、救いを求める無数の亡者の影、ただ呆然ぼうぜんとこちらに視線だけを向ける光る人影、そして――――


「敵性反応、確認――――光学検知式自動機銃(セントリーガン)……発射!」

「姉さん、危ないッ!!」

「――――ッ、きゃあ!?」


 ――――行く手を阻むように壁や天井に配備された、この世界には似つかわしく無い兵器の数々。



 赤い照準で姉さんの胸元に標的は定めて無数の銃弾を発射したのは、『セントリーガン』と呼ばれる無人の兵器――――いつぞやの日に、ノアが俺に語り聴かせた古代文明の兵器にあった防衛用の機銃。


 右眼カレイドスコープの【行動予測】で姉さんへの攻撃を事前に察知し、なんとか攻撃を障壁シールドで防いだが、床や壁一面に大量に設置された機銃の掃射を受けて俺たちの足は完全に止まってしまう。



「“氷壁”……って、なんですかこの攻撃は!? 激し過ぎてまったく持って動けませんーーッ!!」

血華盾けっかじゅん……“しがらみ”!! こ、この攻撃……御主人様ダーリンのアーティファクトとよく似ている……!?」



 氷の障壁と血の盾を展開して同じく防御姿勢を取るレティシアとリリィ。ふたりとも機銃の攻撃を防ぐのに精一杯なのか、脇目も振らずに盾へと魔力を注ぎ続けている。


 周囲には大量の死体の山、記憶を再現しているのか機銃の弾丸に貫かれて倒れていく素振りを見せる亡者たち。


 無機質に、機械的に、無感情で、侵入者を排除し続ける防衛機構――――なるほど、不死たる【死の商人】がアーティファクトを入れ食いに出来たわけだ。この防衛機構が咄嗟に攻撃を仕掛けてきたらそのまま殺されるか撤退を余儀なくされるだけだ……激しすぎる。



「ラムダ……ありがとう……///」

「姉さん、怪我は無い? 俺が反撃の隙を窺うから、このまま俺の後ろに隠れてて!」

「………………」

「姉さん……?」

「いつの間にか……私が護られる立場になったんだ……」

「…………感傷かんしょうに浸るのは後――――こんな所で時間は掛けれない……すぐさま決着を!」



 尻もちをつきながら俺の背中を見つめる姉さん――――今までは護られる立場だったが今は違う。


 そのことに俺も思う所はあるが、今はこの状況を打破するのが先決だ。



「とは言え……姉さんの盾になりながらだと障壁シールドの解除もままならないし……いっそのこと【オーバードライヴ】で一気に薙ぎ払うか……?」

「ラムダ……もう少しだけ耐えてて――――私がすぐに終わらせてあげるから……!!」

「ダ、御主人様ダーリン……ツヴァイが大技を使うわ!」

「ラムダ卿、絶対にその場から動いてはなりませんよ!」



 そんな状況下で動きを見せたのはツヴァイ姉さん――――ゆらりと立ち上がり俺の後ろで姿勢を低くして『抜刀』の姿勢へと移行した姉さんは静かに息を整える。


 その姉さんの姿を見て怯えた表情を見せるレティシアリリィ――――おそらく、レティシアは間近で、リリィは“敵”としてその恐ろしさを知っているのだろう……姉さんが今からするであろう大技の威力を。



「ツヴァイ卿を第二師団の長たらしめている所以ゆえん――――周囲一帯を瞬きの間に斬り裂く斬撃の嵐……!!」

「一度の抜刀で無数の斬撃を発生させる亜光速の早業――――半年前に私の部下だったハーピィやエンプーサたちを纏めて葬った忌々しい大技……!!」

「アインス卿が名付けたその技の名は……“竜の息吹”!!」



 ツヴァイ姉さんから溢れるピンク色に煌めく魔力の輝き、鞘の中で金切り声をあげて荒ぶる刀身、張り詰める空気――――俺が見たことの無い姉さんの“本気”の一撃が、まもなく放たれる。



「――――抜刀」

「えっ……消え……」



 小さく『抜刀』とだけ呟き、鞘に納めた剣を僅かに動かした瞬間――――ツヴァイ=エンシェントは忽然こつぜんと姿を消し去った。


 キーラ=バンデッドの時のような『瞬間移動』とも違う、()()()()()。俺の右眼カレイドスコープですら姿を捉えること叶わぬ抜刀術。



 それこそが――――


「――――奥義……“ツヴァイ☆すぺしゃる”……!」

「「「相変わらず名前がダサい……」」」


 ――――ツヴァイ=エンシェントの奥義、『竜の息吹(ドラゴン・ブレス)(※アインス=エンシェント命名)』。



 消失から3秒後に眼前の自動機銃セントリーガンのさらに向こう側に現れた姉さん。そして、その瞬間に嵐とも思えるような斬撃の猛襲もうしゅうによって瞬く間に斬り裂かれていく機銃たち。


 あっという間の出来事だった……俺たちをその場に釘付けにしていた無数の機銃は姉さんの抜刀によって残骸と化して沈黙している。



「一度の抜刀で無数の斬撃を繰り出すツヴァイ=エンシェントの奥義……ダサい名前……! これのせいでうちはかわいい女の子の下僕しもべを全員真っ二つにされて、ゴブリンとかオークみたいなのを魔王様に借りる羽目になったのよ……!」

「むむむ……相変わらず凄まじい斬撃ですわ……名前ダサいけど……! アインス卿が『あっはっはっは……名前ダサい』と笑顔で『竜の息吹(ドラゴン・ブレス)』と命名するだけはありますね……!」

「ツヴァイ姉さんは昔から絵心とネーミングセンスは壊滅的なんだよなぁ……相棒の飛竜ワイバーンの名前も『ワサビくん(しかもメス)』だし、愛用の剣の名前も『10万ティア(※購入時の値札をそのまま名前にした)』だし……」



 まぁ、センスが無いのが絵心とネーミングだけで良かったとは思う――――代わりに技と技量のセンスは抜群。


 鉄くずに変えられた機銃を背に手にした剣を再び鞘に納め、姉さんはため息まじりに肩の力を抜く。



「さあ、障害は全て排除した! 急ぎましょう!」

「ツヴァイ卿……手足のゾンビ化が進んでいますわ……! 相当な量の魔力を消費したようね……」

「お気遣い無く、レティシア様……これも【王の剣】たる私の務めですから……!」

「ふ~ん……味方側で見ると案外、無鉄砲なのね……」

「姉さん……あまり無理はしないで……」

「まだ平気……辛かったら、ちゃんと言うからね」



 額に浮かんだ汗を拭って、姉さんは微笑む。

 自らの身命を賭してでも道を拓く気高き騎士――――我が理想の騎士【王の剣】の体現者。


 そんな姉さんの先導されて、俺たちは白亜の神殿をさらに深く潜っていく。



「防衛機構――――損壊。敵性個体、『旗艦きかん』へと接近――――【ジブリール】、起動せよ、起動……せ…………よ――――」



 唯一、気掛かりなのは――――姉さんが破壊した機銃の一基が残した音声メッセージ


 何かが俺たちの行く先で目覚めようとしている。そんな言いようの無い“不安”を胸に、俺は姉さんたちと共に駆けていくのだった。

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


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